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エイプリルフール
エイプリルフール
杉村行俊
現実世界現代ドラマ
2024年11月30日
公開日
3,327字
連載中
 第一話 家を勘当された主人公が、姉から父が危篤だという電報で呼び出しを受ける。しかし今日は4月1日のエイプリルフールだった。
 第二話 鏡にお前は誰だと言い続けると発狂するという都市伝説を実際にやってみた主人公。ある日自分の姿が消えていた。
 第三話 アンガーマネジメントの講師がある人物から相談を受けていた。その人物はどうしても怒りを抑えることができないようで、講師はあの手この手で男をなだめようとするのだった。

エイプリルフール

“チチキトク スグカエレ”

 姉から電報が来たのは4月1日の午前中だった。

「なんだよこれ」

 ぼくが後藤家を勘当されてから、すでに10年が経過していた。こともあろうに今日はエイプリルフールではないか。

「ふざけるなよ」

 ぼくは姉の美憂みゆに電話をかけた。

“はい”

「もしもし、おれだけど」

拓海たくみ?いまどこよ”

「家だけど」

“あんた、携帯電話の番号変えたでしょ。番号教えてこないから電報を打っちゃったじゃない”

「なに危篤って。本当かよ。エイプリルフールだからって、おれをかついでるんじゃないだろうな」

“なに言ってんのよ!今すぐ帰って来なさい。こっちは大変なことになっているんですからね”

 一方的に通話が切れた。なるほど、どうやら尋常じんじょうな状況ではないらしい。


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 ぼくは父が苦手である。

 父は会社を経営しており、仕事以外に興味がなく、家庭のことなどかえりみるような男ではなかった。ぼくは幼少の頃から父に可愛がられたという記憶がない。本当に実の子供なのか疑いたくなる時もあったぐらいだ。

 ぼくが大学卒業の時に進路のことで衝突して父に勘当された。それ以降一度も後藤家の敷居をまたいでいないのだ。


 実家の玄関を開けると、おふくろが黒い着物を着て出て来た。間に合わなかったか・・・・・・ぼくが一瞬そう思ったとき、モーニング姿の父が現れた。

「なんだ拓海か。帰って来たのか」

 父はピンピンしていた。くそ!だまされた。

「あら、ちょうど今出かけるところなの。お姉ちゃんと待っててね」と母は優しく言う。

「どこへ?」

「お父さんの授章式じゃない。お父さん緑綬褒章りょくじゅほうしょうをいただいたのよ」


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「どういうことだよ」

 ぼくは煎餅せんべいをつまみながら、姉をにらんだ。

「お父さん、引退してから社会奉仕活動に熱心だったでしょう」

「へえ、そうだっけ。知らない」

「ボランティア活動のボスみたいなことやっていたのよ。強引に政治家を動かしたりして」

「ふうん。でも姉貴、いくらエイプリルフールだからってひどいじゃないか。“チチキトク”なんて電報送ってきたりして」

 わたしは姉の顔の前に電報を突きつけた。

「嘘じゃないわよ」

 姉はその電報をひったくって、ボールペンで文章を書いてよこした。

「はいこれ。あたしは“父奇特きとく、すぐ帰れ”って打ったのよ」

「なに“奇特”って」

「父の言動が優れていてめられたってことよ」

「なんだそれ」

 その時ふいに電話が鳴りだした。 姉が出る。

「え、本当ですか」姉が受話器をてのひらで覆った。

「拓海、母さんが倒れたって!」


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 病院につくと、母はベッドに横たわり顔に白い布が掛けられていた。急性脳溢血のういっけつだという。

 姉はベッドにすがりついて泣き崩れた。ベッドの脇で、モーニング姿の父がうつむいて立っていた。父はぼくに目を移すと、小さな声で言った。

「すまなかった・・・・・・」

 ぼくは父の前で、かつて一度もしたことがないことをしてしまった。

 ぼくは父の胸の中で泣いた。


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 余談になるが、この時母はベッドの上でこう思っていたのだそうだ。

 いつ起き上がろうかしら・・・・・・。

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