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霊能者
森江賢二
文芸・その他ショートショート
2024年11月30日
公開日
3,456文字
連載中
「最近おかしなことが続くので、霊能者に来てもらうことにした」と、実家から電話がかかってきた。
気になったおれは立ち会うことにするのだが……。

霊能者

 大学の授業を終えて、バイトに向かっていると、めずらしく母さんから電話がかかってきた。

「ねえ、雅人。週末、こっちに帰ってこれない?」

「いいけど、どうしたの?」

 うちから実家までは、新幹線と在来線で片道二時間以上かかるので、長期休みのときぐらいしか帰らない。

今年は、先月のお盆の時期に帰ったばかりだった。

「霊能者がくるのよ」

「……へ?」

 一瞬、思考がフリーズする。

「霊能者って、あの幽霊が見えたりする霊能者?」

「そう、その霊能者」

「なんで? うちって、別に事故物件じゃないよね?」

 いまの家は、おれが生まれたときに新築で引っ越してきたので、過去に事故や事件で死人が出たことはない。それに、二年前に高校を卒業するまで、ずっとその家に住んでいたけど、特におかしな気配を感じたことはなかった。

「それがね……」

 母さんの話によると、最近父さんも母さんも体調が悪かったり、庭の木が枯れたりと、おかしなことが続くので、姉ちゃんに相談したところ、

「それは、もしかしたら悪い霊がついてるのかも」

 といわれたらしい。

 五歳年上の姉ちゃんは、去年、仕事で知り合った男性と結婚した。相手は十歳近く年上で、小さなインテリア会社を経営している。

 その仕事の関係で、風水とかにも詳しくて、霊能者の知り合いを紹介してくれたのだそうだ。

その霊能者が週末に来るんだけど、姉ちゃんは都合が悪いので、おれに立ち会ってほしいということだった。

 あの家のどこに霊がとりついているんだろうと首をひねりながら、週末に帰ることを約束して、おれは電話を切った。



 週末。

 家が住宅街の中の、少しわかりにくい場所にあるので、準備をしている両親の代わりに、おれが迎えに出ると、ちょうど目の前にタクシーが停まった。

黒の作務衣にサングラスをかけて、ぼさぼさの髪を肩までのばした男性がおりてくる。

「ヨシさんですか?」

 おれが事前に聞いていた名前で呼びかけると、ヨシさんは無言でおれの後ろにある家を見上げて、

「これはまずい」

といった。

「完全に、悪霊にとりつかれています」

「え? 本当ですか?」

 おれはおどろいて聞き返した。

「間違いありません。家全体から、禍々しい気配を感じます」

 重々しくうなずくヨシさんに、

「そこは、よその家なんですけど。うちは、この奥です」

おれはそういって、実家の方を指さした。

ヨシさんは、一瞬言葉に詰まると、

「……近所にも影響するほどの、禍々しい気配を感じます」

 言い訳しながら、おれの後をついてきた。

 この人、大丈夫かな?

 とはいえ、おれも霊感がないから、本物かどうかわからない。

 とりあえず家に案内すると、父さんと母さんが神妙な面持ちで待っていた。

客間に通して、簡単なあいさつを交わすと、まずは母さんが切り出した。

「実は、最近体調が悪くて……」

「それは、霊のせいですね」

ヨシさんは食い気味に即答した。

「やっぱり、そうなんですか?」

「はい、霊です。それも、かなり強い霊です」

「あの……実はわたしも腰が痛くて……」

父さんが口をはさむと、

「それも霊のせいですね」

 ヨシさんは、またすぐに言い切った。

「それじゃあ、庭の木が急に枯れたのも、霊のせいなんでしょうか」

 母さんの言葉に、ヨシさんはうなずく。

「霊です」

「最近、洗濯物の乾きが悪いのも……」

「霊です」

「テレビのリモコンが見つからないのも……」

「霊のしわざです」

「あの、ちょっと……」

 がまんできずにおれくは横から声をかけた。

「霊です」

「まだなにもいってません」

 おれは顔をしかめた。

「さっきから、霊のせいっていってますけど、どういう霊がとりついてるんですか?」

「よくない霊です」

「なにかあるでしょ。恨みを残して死んだとか……だいたい、いままでなにもなかったのに、どうして急に霊がとりついたりするんですか」

 ヨシさんは部屋の中を見回すと、床の間の壺に目をとめた。

「あの壺は、昔からあったものですか?」

 それは高さ五十センチほどの、緑と茶色が混ざったような、ずんぐりとした壺だった。

「いえ、あれは先月、フリーマーケットで買ったものです」

 父さんは壺を見て、首を振った。

「あれが原因です」

ヨシさんは断言した。

「あの壺は、戦国時代に討ち取った武将の首をいれるのに使われていた壺です」

 そういわれると、とたんに不吉なものに見えてくる。

「持って帰って、お祓いします」

ヨシさんは、懐から取り出した風呂敷で、壺を手早く包んだ。

「お願いします」

 父さんと母さんは、そろって頭をさげた。

「これで大丈夫でしょうか」

 母さんの言葉に、ヨシさんはふたたび床の間に目を向けて、

「あの掛け軸も、よくありません」

 山と川が書かれた水墨画の掛け軸を指さした。

「平安時代に無名の画家によって描かれたものですが、その画家の怨念がとりついています」

 掛け軸をおろして丸めると、また風呂敷を取り出して包む。

「こちらも、持って帰ってお祓いをいたします」

「あの……」

 おれは口をはさんだ。

「お祓いが終わったら、返してくれるんですよね?」

 しかし、ヨシさんは難しい顔をした。

「大変強力な霊がついておりますので、壺はお祓いののちに叩き割り、掛け軸は燃やさないといけません」

 ほんとかな、と思っていると、

「ところで、あのゴルフセットは、最近買われたものですか?」

 ヨシさんは、客間の隅に置いてあったゴルフバッグを見ながらいった。

「はい、二週間ほど前に」

 父さんが答える。

「あれもだめです。悪霊です。持って帰ります」

「ちょっと待った」

 おれは慌てて止めた。

「あんた、さっきから全部持って帰ろうとしてるだろ。ゴルフクラブは戻ってくるのか?」

「いえ、強力な霊なので、お祓いをしたあとグネグネに折り曲げないと」

「そんなわけないだろ。ゴルフクラブがたたるかよ」

「でも、本当に最近、おかしなことが続くのよ」

 という母さんに、

「だいたい、体調が悪いって、どこが悪いんだよ」

おれは聞いた。

「スマホでソシャゲをやってると、目がしょぼしょぼするのよ」

「ソジャゲって……どれくらいやってるんだよ」

「一日十二時間くらいかしら。起きてる間は、ずっとやってるから」

「それだよ。そのせいで、目が疲れてるんだよ」

「だけど、お父さんも腰が痛いって。毎日、ゴルフの素振りを千回してるだけなのに」

「それが原因。っていうか、毎日千回できるんだから、めちゃくちゃ健康だよ」

「それじゃあ、これは?」

 母さんは、通帳を開いて見せた。

「壺と掛け軸とゴルフセットを買って、ソシャゲに課金しただけなのに、通帳の残高がどんどん減っていくんだよ」

「壺と掛け軸とゴルフセット買って、ソシャゲに課金してるからだろ」

「ちょっと、その通帳を見せていただけますか?」

ヨシさんが、ぐいっと身を乗り出してきた。

「わたしが持って帰ってお祓いを……」

「しなくていいです」

おれが押し返すと、ヨシさんの耳からワイヤレスイヤホンがぽろりと落ちた。

 すばやく拾って耳に当てる。

「ヨシさん、どうしたの?」

 姉ちゃんの声だ。

「なあ、母さん。最近、姉ちゃんがなにかいってこなかったか?」

 おれは母さんに聞いた。

「そういえば、最近、旦那さんの会社がつぶれて投資も失敗したから、お金を貸してほしいっていってきたけど……」

「それだ」

「でも、親子といえども、お金の貸し借りはよくないから、断ったの」

「なんでそんなとこだけしっかりしてるんだよ」

 おれは頭を抱えた。



姉ちゃんを呼び出すと、すぐにやってきた。

 近くに停めた車の中で、ヨシさんに指示を出していたらしい。

 旦那の会社がつぶれて相談に来たとき、床の間の壺と掛け軸に気がついたそうだ。

もしかして高価なものかもと思い、こっそり写真を撮って調べたら、本当に高価なものだった。

 おそらく、売った人も父さんも、価値を知らなかったのだろう。

 そこで、知り合いを雇って持ち出そうとしたのだ。

 姉ちゃんがいっしょに来なかったのは、となりで何かいうよりも、離れたところからイヤホンで指示を出す方がばれにくいと考えたからだったけど、それが裏目に出たわけだ。

 とりあえず、黒幕は姉ちゃんだったので、ヨシさんには帰ってもらうことにした。

「どうも、ご迷惑をおかけいたしました」

 深々と頭を下げて帰ろうとするヨシさんに、おれは声をかけた。

「ヨシさん、本業はなにをやってるんですか?」

「あ、霊能者です」

 ヨシさんはそういって、スマホの画面を差し出した。SNSのフォロワーが100万人を超えている。

「本物じゃん」

 おれが目を丸くしていると、ヨシさんはにっこり笑っていった。

「大丈夫。壺と掛け軸とゴルフセットには、なにもついてませんから」

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