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期末試験
森江賢二
文芸・その他ショートショート
2024年11月30日
公開日
3,321文字
連載中
歴史教諭のおれは、期末試験の答案用紙を利用して、同僚の先生に告白しようとするが……。

期末試験

「できた!」

 誰もいない夜の職員室で、おれはガッツポーズをして歓声をあげた。

 二学期の期末テストの試験問題が、ついに完成したのだ。

 おれは中高一貫の私立校で、中学校の歴史を担当している。

 進学校なので、勉強が進むペースも速く、二年生の二学期で、すでに中学校の範囲をほとんど終えていた。

 それだけに、問題を作るのも大変だ。

 そんなおれには、ある計画があった。

 それは、今年中に古文担当の清水先生に告白して、クリスマスをいっしょにすごすというものだ。

 清水先生は、おれより三つ下の二十五歳。

 今年の四月に赴任してきた清水先生の姿を一目見て、おれはハートを撃ち抜かれた。

 まさに、好みのどまんなかだったのだ。

 おれはゆっくりと時間をかけて、清水先生との距離を縮めていった。

 そして、今現在彼氏はいないことや、職場恋愛がNGではないこと、サプライズが好きなことを聞き出した。

 そこでおれは、テスト問題を利用して、サプライズで告白をすることを思いついたのだ。

 二年生の期末試験は百点満点で、大問が【1】から【3】までの三問ある。おれは、それぞれの配点を三十点、三十点、四十点にして、最後の【3】を、一問二点×二十問の選択式にしたのだ。

選択式というのは、たとえば「織田信長は(①)の戦いで今川義元を破り……」のように、問題文の途中を穴埋めにして、あとに並べた選択肢から、そこに入る記号を選ぶ問題だ。

普通、選択肢は(ア)から、多くてもタ行とかナ行くらいまでなのだが、おれは、(ア)~(ン)はもちろん、小さな(ャ)~(ッ)に、濁音と半濁音の(ガ)~(ポ)までふくめて、全部で75の選択肢をつくったのだ。

さらに、「※同じ記号を何回使ってもかまいません」と書き加えた。

これで、解答欄に自分の好きな文章をつくらせることができるわけだ。

もちろん、問題もちゃんとつくってある。

最初の問題は、

「推古天皇の甥である(①)は、蘇我馬子と協力して政治改革を行い」

で、答えは(シ)の〈聖徳太子〉となる。

小学校までなら、聖徳太子といえば十七条の憲法や冠位十二階をヒントにするところを、やや難しくしたわけだ。

また、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏をほろぼした645年の出来事を答える問題では、あえて問題文を「645年の(②)の変において」としてある。

正解は選択肢(マ)の「大化」ではなく、(ミ)の「乙巳」だ。

一般的には「大化の改新」が有名だが、これははこの後進められた一連の改革をすべてひっくるめたものなので、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を襲った事件に限定すると「乙巳の変」が正解となる。

 こんな感じで、二十問すべてに正解すると、解答欄はこうなるはずだ。


「シミズセンセイスキデスツキアッテクダサイ」


「清水先生、好きです。付き合って下さい。」


 生徒たちは優秀なので、二百名の二年生のうち、三割くらいは全問正解するだろう。

さらに、途中でこのメッセージに気づけば、歴史の知識がなくても問題は解ける仕組みになっている。

 意味のない文字列に比べて、採点するのも楽なので、一石三鳥にも四鳥にもなる、素晴らしいアイデアだ。

 ただ、一問でもミスがあったら水の泡なので、おれはあらためて問題を見直した。

 一文字間違えるだけで、


「シミズセンセイスキデスツギアッテクダサイ(清水先生、好きです。次会って下さい。)」


 になってしまう。

 これくらいなら、大きな影響はないけど、そこに誤答も加わって、数文字変わってしまうと、


「シミズセンセイスキデスハリアッテクダサイ(清水先生、好きです。張り合って下さい。)」」


「シミズセンセイスキデスオレフッテクダサイ(清水先生、好きです。俺振って下さい。)」」


 なんてことにもなりかねない。

 もっと最悪なのは、名前を間違えることで、


「シオタセンセイキデスツキアッテクダサイ(塩田先生、好きです。付き会って下さい。)」


 になると、おれは来年定年をむかえる校長と付き合うことになってしまう。

「うーん、これだと難しいかな」

 おれはもう一度、問題の難易度を見直すことにした。

聖徳太子の問題は、「推古天皇の甥」だけだと、分かりにくいかもしれない。

やっぱり、「十七条の憲法を制定した(①)は」にしよう。

「乙巳の変」も、「大化の改新」にした方がいいだろうか。

 「古今和歌集」も「(⑤)天皇の命による編纂された」よりも、「醍醐天皇の命により編纂された(⑤)和歌集」の方が、正答率はあがるかもしれない。

 そうなると、選択肢の方も変えないと……。

おれは告白を成功させるべく、さらに深夜まで見直しを重ねた。



 一週間後。

 期末試験が終わって、すべての答案用紙が返ってきた。

「さあ、やるぞ」

 おれが赤ペンを手にしたとき、

「いまから採点ですか?」

 ちょうど後ろを通りかかった清水先生に、声をかけられた。

「あ、はい。そうなんです」

 おれは答えながら、さりげなく答案用紙を隠した。

 一枚だけ見られてもしょうがない。

 おれの作戦はこうだ。

 清水先生が席を外したすきに、先生の机の上に、採点を終えた答案用紙を置いておく。

 それはすべて、【3】が全問正解だった答案で、先生がなにげなく答案を見ると、そこには自分への告白が、何十枚にもわたって書いてあるのだ。

 インパクトが大事なので、全問正解の枚数が多ければ多いほどいい。

かなり難易度をさげたので、この学校の生徒なら、かなりの人数が全問正解できているはずだ。

(頼むぞ)

 おれは祈るような思いで、一枚目の採点にとりかかった。

 【1】と【2】は飛ばして、まず【3】から採点する。

 一人目は一組の相沢だ。

 こいつは普段のテストでも九十点以上をとっているので、期待ができる。

まず、第一問。

正解は(シ)だけど……。

「あれ?」

相沢の解答は(コ)の〈飛鳥〉だった。

なにか勘違いしたのだろうか。

続く二問目は、シミズセンセイの(ミ)が正解だが、解答欄は(ン)だ。

難易度をかなりさげたはずなのにな……と思いながら採点をすすめると、思っていたのとはまったく違う文章があらわれてきた。


「コンナクダラナイコトニツキアッテラレルカ」


 こんなくだらないことに付き合ってられるか――これは偶然じゃない。完全にわざとやっている。

 こいつ、試験をなんだと思ってるんだ。

 腹が立ったが、もっともと全員が正解するとは思っていない。

 最終的に何十人かが全問正解してくれれば、サプライズは成功なのだ。

 おれは気をとりなおして、二人目の答案の採点をはじめた。

 一問目の解答は、やっぱり(コ)の〈飛鳥〉だ。

こいつも相沢と同じか、と思っていると、二問目は(ク)と答えていた。

もしかして、本当に間違えたのか、と思いながら採点をしていくと――


「コクハクスルナラゴジブンデデシテクダサイ」


 おれへのクレームを、きっちり二十文字におさめてある。

 おれは赤ペンを握りしめて、三枚目の採点をはじめた。


「フザケルナチャントキョウシノシゴトヲシロ」

「マジメニシケンベンキョウシタジカンカエセ

「ヤリカタマチガッテマスコクハクハゼロテン」


 全問正解どころか、全員一問もあっていない。

「ふざけるな!」

 おれが赤ペンを机に放り投げたとき、

「――くん、ちょっといいかな」

 学年主任の高木先生が、おれを手招きした。

応接室で向かい合うと、

「これはどういうことかな?」

 先生はそういって、歴史の問題用紙をテーブルに置いた。

「そうなんです。全員、ふざけた解答ばかり……」

「そうじゃなくて、この問題だよ」

先生は険しい表情で、コンコン、と問題用紙をたたいた。

「一問目が、『十七条の憲法や冠位十二階を決めた(①)太子は』って、こんなもの、小学生でも(シ)の〈聖徳〉を選ぶぞ」

 おれは首をすくめた。

 さすがに簡単すぎただろうか。

「ほかの問題もそうだ。『醍醐天皇が命じて編集された古今和歌(⑤)』で答えが(ン)の〈集〉とか、『1185年に開かれた鎌(⑧)幕府』で答えが(ス)の〈倉〉とか、生徒をばかにしてるのか」

「いえ、これは生徒たちに達成感を感じてほしいと思いまして……」

「もういい。処分は校長からあらためて伝えるから、今日のところは帰りなさい」

 なんでこんなことに……。

 おれが呆然と席に戻ると、机の上の解答欄が目に入った。


「コンナコトシテタラキョウシヲクビニナルゾ」

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