「もしもし、オレだけど」
「おぉ、オレか。オレもオレだ」
「まあ、そうだろうけど。オレが言ってるオレはオレだ」
「こいつは困ったぞ。オレが二人いちゃ、ややこしくてかなわんぞ」
「オレがオレって 呼ぶのはオレのことだけだから」
「勝手にオレからオレを奪って行っちゃいかん。オレってのはオレだ」
「なんだか面倒なところに電話しちまったなあ」
「はぁ? 何か言ったか?」
「いや、何も言ってねえよ」
「そんで、あんたは誰なんだっけ?」
「だからオレだって。オレ」
「おぉ。オレか! 久しぶりだな」
「まあそうかな? オレ的にはさっき会ったばかりにも思えるけどな」
「なんだそのオレ的っていうのは?」
「いや、こっちの話だ。そうだった、いい感じに久しぶりだ」
「いや待てよ。オレがオレに久しぶりってのは変じゃないか?」
「大丈夫だよ。オレが久しぶりって言ってんだから」
「いや、変だ。やっぱりオレがオレに久しぶりって言うのは変だ」
「そうなんだけどさ。オレのオレはオレだからよぉ」
「ちょっと待ってくれ。あんたのオレがオレなら、あんたのあんたは誰なんだい?」
「いや、オレが言うオレはオレってことだ」
「おいおい。黙って聞いていれば、いい加減なことを言ってるなあ。あんた、オレを煙に巻いて何か悪巧みでもしようとしてるんじゃないよな」
「ま、まさか。そんなわけねえよ。なあ兄弟」
「兄弟だって? オレとオレが兄弟なわけはねえだろう」
「そ、そうだな。兄弟じゃねえ」
「いよいよ、怪しいな」
「怪しいところなんてねえよ」
「あっ! そうか! おめえ、腹違いの弟だ。そうか! そうなんだな。弟よぉ」
「違うって言ってんだろ」
「隠さなくてもいいよ。親父も隅に置けないねえ」
「だから、違うって」
「あっ。遺産か。遺産の分け前をよこせっていうんだな」
「えっ? なんだよ。そういうことじゃあなかったんだが、そういうことなら、そういう話にも乗らないこともねえぞ」
「だけど残念だったな。遺産はない」
「へっ?」
「借金を返したら全部なくなった」
「誰がこしらえた借金なんだ?」
「オレ」
「飲む打つ買うかい?」
「そう。ヤクルト飲んでな。バッティングセンターに通い詰めよ」
「買うは?」
「焼き肉だ。三日にあげずロースだスペアリブだって食いまくった」
「それが買うか?」
「牛肉だけにカウだ」
「なんだか知らねえけど、無いなら無いで、最初から余計な期待を持たせるんじゃねえよ」
「期待したか?」
「ちょっとな」
「そりゃ、悪いことしたな」
「なに、良いってことよ」
「そんで、何だっけ? 弟よ」
「弟じゃねえって言ってんだろ」
「えっ? これは失礼をしました。お兄さんでしたか」
「だから、兄でも弟でもねえよ」
「あぁ。今流行のあれか」
「たぶん誤解したな。嫌な予感しかしねえ」
「言わなくてもいい。全部わかったから。ジェンガだなっ? ジェンガ」
「それは、積み木を組み上げて崩したほうが負けってゲームだろ」
「違うのか? ジェンじゃないなら、あれか。ジョンだ。ジョン万次郎」
「幕末に活躍した通訳といえばジョンだ。って、違う」
「ジョンではなかったか」
「あぁ。うっとうしい。ジェンダーレスって言いてえんだろ」
「そうだ。それだ。なんだっけ?」
「ジェンダーレス」
「それそれ。これからは男だとか女だとか言っている場合じゃないよな」
「だから、何の話しだよ」
「そいつはこっちが聞きたい。電話をかけてきたのはそっちだからな」
「じゃあ、最初からやり直していいかい?」
「あぁ。勝手にやってくれよ」
「ありがとよ。 じゃあ、電話をかけるところからだ」
「一回、電話を切ったほうがいいかい」
「そこまではいらねえ。あんたが電話を取るところからな」
「わかった。はい、電話を取った。もしもし?」
「もしもし、あー、オレ、オレだよ、オレ」
「おぉ。オレか。オレもオレだ」
「またそこからかよ」
「いいから。いいから」
「めんどくさくなったきたなぁ」
「早くやりなよ」
「わかったよ。オッホン。オレがオレだよぉ」
「ちょっと待ってくれ。やっぱり釈然としないな。オレな。オレを半世紀以上やってるんだよ。あんたのキャリアは?」
「キャリアって、オレにキャリアもクソもねえと思うんだけども。満で五十年だ」
「五十年と何ヶ月だ? オレは十カ月だ」
「オレは六カ月ってぇところか」
「ほらみろ。オレのほうが先輩だろう」
「先輩ったって、学年でいったら同じじゃねえか」
「そういうのは屁理屈って言うんだ」
「何が屁理屈だよ。学年は学年。会社でも同期は同期だろ」
「一日でも先輩なら先輩。年長者はちゃんと敬え」
「なにを偉そうに言ってやんでい」
「偉そうなのはどっちだ。何様のつもり?」
「オレ様だよ」
「なんだと。オレはオレは呼び捨てで、おまえのオレには様がつくのかよ」
「オレ様だからオレ様で何が悪い」
「へへ~ん。言ったな。オレはオレで、あんたはオレ様。これで区別がついた」
「し、しまった。元締めからもらった詐欺マニュアルでは自分のことをオレ以外で呼ぶことは厳禁となっていたんだった」
「何をゴニョゴニョ言ってるんだ?」
「何も言ってねえよ。とにかくオレはオレなんでい」
「だから、そいつは変じゃねえかって言ってるんだ」
「しかたねえだろ。一人称なんだからよ」
「
「おっ! それでいいじゃねえか。あんたがウォーでオレはオレ」
「なんでオレが中国語で、おまえが日本語のままなんだ? いくら国民総生産が中国に抜かれたからって、そんな弱腰外交だから日本は舐められるんじゃないのか?」
「いや、政治外交のことはどうでもいいんだよ」
「どうでもよくないな。オレはノーと言える日本人だからな」
「石原慎太郎かよ?」
「でもなあ。考えてみればノーってのは英語だな。日本人なら日本語を使うべきだよな。英語を使った時点で弱腰だ」
「それも、そうだなあ。って、そんなこたぁどうでもいいんだ」
「じゃあなんだ?」
「こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだからよ、オレはオレってことで頼むよ」
「そうはいかないな。おまえさんの言いなりばかりだと最後に一杯食わされそうだ」
「そんなことはねえよ」
「おっと、忘れるところだった。おまえさんがここに電話してきた用件はなんだったんだい」
「あれ? あれ? 何だったけな」
「白ヤギさんに手紙出したみたいだな」
「白ヤギさんってのは何だ?」
「白ヤギさんが受け取った手紙をすぐに食べちゃって」
「なんで食べるんだよ」
「ヤギは紙を食べるってのが定番なの。紙を食べるのはヤギ。首が長いのはキリン」
「鼻が長いのはゾウで、鼻の下が長いのはスケベってな。ハハハッ」
「そいつはいいや。ハハハッ」
「いや、笑ってる場合じゃねえんだ」
「そうだった。おまえさんの電話の用事は何なんだ?」
「そうだそうだ。事故起こしちまって、金がいるから振り込んでくれ」
「いくら必要なんだ?」
「五千円」
「はぁ?」
「いや、五万円だ」
「五万円の事故か? 安いな」
「あれ? 安かったかい? じゃあ、五十万、五十万だった」
「じゃあ、ってのは何だ?」
「細けえこたあ気にすんな」
「それにしても五十万円かよ。それっぽちか」
「えっ? 五十万でも少なかったか?。そ、そうだ。じゃああれだ。会社の金を電話ボックスに置き忘れちまって、今すぐに二百万円立て替えないと会社がやばいんだ」
「電話ボックスなんて、まだあるのかい」
「そ、そりゃあ。なくなったらスーパーマンが変身できなくなるじゃねえか」
「スーパーマンのために電話ボックスは残されているのか」
「そいういうこともあらあな」
「まあいいや。二百万円ならなんとかしてやる」
「えっ? すぐ出せるのかい?」
「そのくらいならな。夕方までになんとかするから」
「よかった。頼むよ」
「金ができたら、どうやっておまえに渡すんだ?」
「会社の若い者を家まで行かせるから」
「その人の名前は?」
「えっ? あっ? あれ? う、受け子」
「ウケコ?」
「あ、そうそう。珍しい名字なんだけどさ。宇宙のウに毛虫のケにコナカのコ。紳士服のコナカ」
「え? コナカのコはカタカナじゃないか?」
「そ、そうだけど、けっこういるぜ、カタカナが入っている名字。照ノ富士とか琴ノ若とか」
「それは相撲取りの四股名だろ」
「し、四股名も名字の一つだろ。横綱の曙は名字で下の名前は太郎だろ」
「あぁ、そうか。四股名も名字か」
「そ、そうだよ」
「ところでな。おまえ誰だっけ?」
「えぇ? オレだよオレ」
「おぉ、おまえもオレか。オレもオレだ」
「あんた、オレだっけ? じゃあ、ここにいるオレは一体どこのどいつだ?」