「おい、被害者のそばにいたんだから、本当は犯人が分かってんだろ?」
うす暗い取調室で40代と思われる警察官は、怯えながら椅子で丸くなっている僕に怒鳴った。
「わからないんです、本当に」
「嘘をつくんじゃないよ! 何ならお前がやったんじゃないか?」
「常識で考えてください。僕がやれるわけないです」
「うるさい、お前だろ!」
「なに言ってるんですか。僕はダイイングメッセージですよ?」
自己紹介が遅れたが、僕は完全な密室で殺害された弁護士のダイイングメッセージだ。犯人逮捕のお手伝いが主な役割になる。被害者の血を用いて一筆書きされた、ありきたりのアレだ。【ハンニンハタナ――】と途中で終わってる。中途半端な所が実に僕らしい。警察官が犯人を捕まえたい気持ちはわかるが、被害者の血液生まれセンシティブ育ちの僕だって犯人が憎い。だからといって、あんなに死に際に苦しんでた弁護士に「頑張って! もし名前が田中だったらあと一文字!」なんて言えるはずもない。
しかし噂には聞いていたが警察官の強引な態度はさすがにドン引きした。警察官の【犯人はお前だろハラスメント】は三分に一度襲い掛かってくる。アラームのスヌーズ機能でもあんなにしつこくない。警官の背中に【犯人はお前だろハラスメント】のオフスイッチがあるんじゃないかって覗いてみたが、40代特有の哀愁以外は何もなかった。
突然、取調室にマスク姿の人が入ってきた。
「警部、勝手にダイイングメッセージを連れてかないでください。まだ鑑識終わってませんから」
「一秒でも早く犯人を突き止めないとまずいだろ」
「そのための現場保存なんですよ」
警察官に強気な態度を見せている鑑識官は僕の頭の【ハ】の端っこを手袋をつけた手で丁寧に掴んだ。
「現場に戻りますよ」
そういうと慣れた手つきで僕をビニール袋に入れた。
犯行現場はドラマで見たことのある規制線や数字の書かれた標識みたいなグッズが置かれていた。鑑識官は僕をビニールから取り出すと、元々メッセージが書かれていた位置に僕を置こうとした。
「え?」
鑑識官は彼氏の浮気現場をみてしまったような声を上げた。
「誰? ここにダイイングメッセージ置いたの?」
既に亡くなっている弁護士の右手辺りに、別のダイイングメッセージが書かれていた。
【鵺が嗤う卯月を嘆く夜に】
僕が書かれた時にはこんなものは無かった。一体誰がこんないたずらをしたのだろうか。
突然、黒いロングコートでシルクハットを被った英国紳士風の人物が現れて、その新しいダイイングメッセージをまじまじと見つめた。
「美しい。この世にこんな詩的なダイイングメッセージがあったなんて。解きたい、今すぐこの名探偵シェルフにダイイングメッセージの謎を解かせてくれ」
男はそう言うと、どこからか取り出したパイプをくわえて、窓から外を眺め始めた。
僕は鑑識官に質問した。
「誰ですか?」
「たぶん名探偵よ。警察が封鎖している殺人現場に入る職業なんて名探偵と迷惑系動画配信者くらいだからね」
鑑識官は諦めたようにため息をついた。おそらく何度も名探偵と呼ばれる手柄を横取りされる職業に嫌な目に遭わされたのだろう。
「そんな事より、あなた。私をだましたのね。偽ダイイングメッセージ君」
僕は袋から取り出されると、ゴミ箱へ捨てられそうになった。
「ちょ、ちょっと待って」
「何?」
「よく見てくださいよ、死体の周り」
鑑識官は僕の言葉を聞いて、動かなくなった死体を再度見た。
「なにこれ?」
被害者の右手の先に書かれているダイイングメッセージだけじゃなく、左手の先にもダイイングメッセージが書かれていた。
【23478902587】
「暗号ですかね」
「暗号?」
名探偵が再びこちらに近づいてきた。
「名探偵シェルフへの挑戦状だな。両手で同時に書かれたダイイングメッセージの謎。絶対に解いてみせるぞ、怪盗ラパンめ!」
僕は鑑識官に尋ねた。
「怪盗って人殺しとかやらなさそうなんですが」
「さぁ、私は鑑識なので...ラパンってフランス語でウサギだし」
名探偵は更に大きな声をあげた。
「こんなところにもダイイングメッセージが!」
更に泥だらけの右足の先にも泥で書かれたダイイングメッセージがあった。
【□◯=晴れた△】
泥、しかも足で書いたとは思えない達筆な文字だった。名探偵は興奮しながらその泥ダイイングメッセージにレンズが顔より大きい拡大鏡を向けていた。
「おい、畠中。こんな所にもメッセージがあるぞ」
作業をしていた他の鑑識官が叫んだ。テーブルの上に置かれているパソコンのキーボードに血痕が残っていた。血のついているキーを並べるとこうだった。
【あなたはもうおわり】
「これは?」
「タイピングメッセージね」
「鑑識官! こちらにも!」
弁護士は食事中だったのか、テーブルの上に料理が並んでいた。アスパラガスとベーコンのソテーだった。
「アスパラガスをよく見てください!」
アスパラガスがまるで文字を書くように並んでいた。
【コロサレル】
「これは?」
「食卓だから、ダイニングメッセージ?」
鑑識官達はその他にも沢山のメッセージを見つけた。
ミシンでYシャツに文字を縫いつけている、ソーイングメッセージ。
カレンダーにみかんの汁であぶり出された、バーニングメッセージ。
被害者の背中にペンキで書かれたボディペインティングメッセージ。
「被害者はダイイングメッセージを何個残しているんだ」
鑑識官は嘆いた。すると名探偵シェルフは部屋の中央に仁王立ちした。そして、不敵な笑いを浮かべた。
「この部屋にいる全てのダイイングメッセージさん。そこを動かないでくださいね。私、わかっちゃったんです。今この部屋の中に一つだけ、本当のダイニングメッセージがいます」
部屋の空気が凍りついた。メッセージ達はまさかというお互いの文字を見合わせた。
「なに言ってるんだ、俺は本当のダイイングメッセージだよ」
「嘘つけ、お前の鵺だか蝿だかのメッセージが本物なわけないだろ。難しい漢字使えば、本格ミステリの香りがすると思ったら大間違いだからな!」
「お前なんかただの暗号だろ? 死ぬ間際に暗号を考える奴がどこにいるんだよ」
「犯人に解読されないようにする必要があるんだよ」
「7387426」
「数字しかしゃべれない奴は黙ってろ」
「まあまあ、みんな落ち着いて」
「定番ダイイングは黙ってろ。何が【ハンニンハタナ――】だよ。名前も最後まで書けてないし。ダイイングメッセージ初級すら受からないわ」
「僕だって立派なダイイングメッセージだよ! 多様性の時代なんだから色々なダイイングメッセージがあったって構わないじゃないか」
「SDGsのDはダイイングメッセージのDだから!」
「違うわ!」
「387208726842」
「だから数字でしゃべるなって言ってんだろ!」
名探偵はどこからか取り出した洋風の杖を床にドンと突きつけた。
「皆さん、落ち着いてください。皆様の中で魔女狩りしても仕方がありません。混乱するのも無理はありません。どれもダイイングメッセージとして相応しいものばかりですから。ただ、被害者は死ぬ間際に残せるメッセージは一つだけ。ダイイングメッセージとは、死ぬ間際の言葉だからです」
空気が静まった。名探偵は一つのダイイングメッセージをゆっくりと杖で指した。
「あなたが、本当のダイイングメッセージです」
僕は小さく頷いた。鑑識官は不思議そうに名探偵へ聞いた。
「なんで、わかったんですか?」
「他のメッセージは矛盾点が色々あるのですが、そこは触れないでおきましょう。あなたが本当のダイイングメッセージだった確固たる証拠があります。それは――」
メッセージ達はゴクリと文字を飲んだ。
「やめておきましょう。真実は苦い美酒と同じですから」
僕を尋問していた警察官が拍手しながら現れた。
「さすが名探偵。これが本当のダイイングメッセージですか」
袋の中の僕を冷ややかな視線を向けてきた。
「友達の友達の遠い親戚の名にかけて間違いありません。名探偵シェルフ、本名田那はじめが導き出した真の結論です」
「では」
警察官は名探偵に手錠をかけた。
「もう逃げられないぞ、田那」
名探偵はあっけに取られた顔をしていた。
【ハンニンハタナ――】
僕はダイイングメッセージ。中途半端な僕だけど、犯人逮捕のお手伝いが僕の役割だ。名前が途中までしか書かれていないと勘違いしてたのも、ある意味僕らしい。
僕の目にチラリと鑑識官の名札が目に入ったが、もう犯人は捕まったから大丈夫だ。