「で、あるから先ほどから何度も申した通り、かの娘さんとはただよき友人でありその外に一切心はなきものであって」
「あなたそう言いますけどもね。ではなぜ昼の休みに私ではなくあの娘をお誘いになられたんですの」
「あれは私の本望ではない」
「割にずいぶんとまあ愉快そうに見えましたけどもね」
「ここのみの話、あれは我が先生殿のご指示なのだ」
「はら、どのような?」
「どうにもかの娘さんは近頃とんと元気がないようで、高尚なる先生方々がいくらお声をかけてもうんともすんとも応じてはくれぬと。どうしたものかとはたはた困り果てたころ折よく僕が眼中を横切ったものだから『小僧や、この娘をどうにか外に連れ出してやってはくれんか』と頼み込んできた次第でね。いやまいった」
「それで否応仕方がなく、この私めを逢瀬の場所とあい決めたキリンの裏に置きんぼにして娘を口説いたと?まあずいぶんと色男だこと」
「そのような言い様はよしてくれ。僕とて決して君を忘れていたわけではないのだ」
「ならば堂々としていればよかったんですわあなた。そうすれば現状いくばくかはましになっていたでしょうに。あなたときたらまるで私に見つかるまいとするようにキリンとは対角に位置する象の一角を陣取りあの娘とのお遊びに興じてられいたように私には見受けられましたもので」
「悪かった。もう許しておくれよ」
「あらあらまあまあ何故謝られますの?あなたは何も悪いことはしていないんではなくて?そうなのでしょう?ねえどうして謝られますの?」
「無論謝る道理は無いが君は腹を立てているじゃあないか」
「まあ素敵な方。私が腹を立てていたらどのようないつ何時どのような状態においてもその大きな頭を下げてくれますのね」
「揚げ足を取るのはよさないか」
「おあいにくさま。私は謝ってほしいわけではございませんの。あなたとあの娘との関係を聞いているだけですのよ」
「だから、先刻より申している通り……」
「ならば、なぜ私に声をおかけにならなんで?私とあなたとその娘の三人でケンケン遊びでも縄跳び遊びでも存分に楽しめば万事問題なかったんじゃあありませんこと?」
「本当にそのように試みればきっと君は腹を立てただろう」
「あら、あなたにはこの私がそのように矮小な女に見えていますのね」
「ちがう」
「なにが違いますやら。あなたにとってこの私は、この関係に他の娘の介入をいちとも許さぬ嫉妬深くて癇癪持ちのしちめんどうくさい女に見えていたからお声をかけなかったのでありましょう?そこへいくとあの娘っ子はずいぶんと聞き分けがよろしいようですものね?いつも下を向いて首をウンウンと頷くことしかしていらっしゃらないもの。大方、色男のあなたのこと『どら、本日はていよく先生方のお指示も入ったので、そいつを大義にこの従順なる娘っ子とちちくりあってみようか。あの癇癪持ちの騒がしい古女房なんぞ忘れて今日はこの娘っ子と愉快にしようか』とでも思ってらしたんでしょう?ねえ?きっとそうでしょう?」
「そのようなことは思っていない」
「ねえあなた。いま現在とてもとてもめんどうくさいなあと、このように思っておいででしょう?ああ早く愛しの母君ないし父君は来ないかと、そしてこのやかましい女から哀れな息子の身を解き放ってくれやしないかとそう思っているんでしょうね。ええ、わかりますとも。先ほどからちらちらと壁時計ばかりを気にしてらっしゃるものね。読めもしないくせに」
「お前がそんなだから僕はねえ」
「僕は?なんですの?どうぞ続きを言ってごらんなさいな」
「もうよい」
「ねえあなた、あの娘とどのように遊んだのかしら」
「別によいだろう」
「あらまあやらしい。よほど私に聞かれては困るような助平なお遊びを興じてらしたんですねえ」
「ああもうわかったわかった。ケンケンパなりかくれんぼうなりそのようなものだ」
「あらまあかくれんぼう!」
「なに問題もないだろう。みな毎日のように興じておるじゃあないか」
「そういえばあなた、私と初めて遊びなさったときもかくれんぼうをしましたものねえ。娘を口説き落とすときはかくれんぼうと決めていらっしゃるのね」
「そんなことはない」
「ねえあなた。あの娘っ子とのかくれんぼうはどのようになさったの?今ここでやってごらんなさいな」
「なぜそのような真似をする必要が」
「あらまあ!私の前ではあの娘っ子とやったようなかくれんぼうはできませんか!ずいぶんと助平なかくれんぼうをしていたんですねえ!まあそうですか!」
「そんなことはしていない。ただ尋常にいわゆる世間一般で言うところのかくれんぼうを行っただけだ」
「ならよいではありませんか!ほら私が隠れる娘をやりますんで今日のように見つけでくださいまし。ほらどうぞ!」
「……舞ちゃんみっけ」
「舞は私の名前ですってよ?あの娘の名前で呼んでくださいまし。ほら今日のように愉快そうにほらほら」
「……玲奈ちゃんみっけ」
「あらあら何故そのように不機嫌に言われるのですか?昼ごろはそれはそれは愉快そうに名前を呼んでいたではありませんか」
「もうやめよう」
「そして嬉しそうに娘の体に手を触れておりましたねえ」
「それは仕方がないではないか。かくれんぼうとは鬼が見つけて体に触れて」
「触れなくてもよろしいのでは?私の認識によりますと見つけた時点で鬼さんの仕事は終わりだったはずであった気がいたしますがね」
「すまなかった」
「ねえあなた?何度も申し上げた通り私はあなたに謝ってほしいなどとは露も思っておりませんのよ?ただ、この純なる心であなたがあの娘っ子になにをしたのか伺っているだけですのよ」
「一体君はなんなのだ。僕にどうしてほしいのか要求を言ってくれんことにはこの話は堂々巡りを終えられないではないか」
「ええそうですわね。なられば金輪際いついかなる時にあってもこの私を優先すると、そう誓っておくんだまし」
「ならば誓おう。僕は金輪際、先んじて君を誘うと」
「指切りを」
「ああ、これでよいか」
「えぇ、ゆびきりげんまんうそついたら……ウッ……ウッ……」
「おいどうした。腹か?腹の具合がよくないのか」
「いいえ違いますわ。己の醜さ愚かしさがただただ悲しくて」
「なんのことだどうしたのだ」
「ああごめんなさいあなた。私たらばまた妬き餅であなたの喉をつかえさせるような真似をしてしまいましたわ。ああどうして私はいつもいつも。そうですものね、あなたはとてもお優しい方ですもの。東に憂いの子あれば駆けて寄り、西に腹空かしあればパンを施すのがあなたですもの。それに比べて私ときたらまたまたまたもや他の娘に嫉妬をし、あまつさえあなたを罵り困らせるような真似を」
「よいから。もうよいから泣くでない」
「ああでもこうして泣いて喚くほどあなたの目に私は醜く、あの娘は淑やかに映って……ああいけませんは私ときたらまたヤキモチを………ウッ……ウッ……」
「大丈夫だ。大丈夫だから……あっ、おい貴様ら騒ぐでない。泣かしていない。僕は舞ちゃんを泣かしてなどおらん。いいから騒ぐでない。やめろ。先生に言うな。ほら君や、顔を上げて彼らに万事を説明をしてやってはくれんか」
「ウッ……ウッ……」
「ああもう」
「あら、舞ちゃんどうしたのー」「先生ー健太くんがー」「違う。違います」「ウワアアアアアアアン!!!」「ほら、健太くんなにしたの!」「何も」「健太くんなーかした」「アアアアアアアアン!!」「何もやってないならどうして舞ちゃんが泣いてるの」「いやだからこれは」「謝りなさい」「泣かしたー」「僕は……何も……やっ………ウッ……ウアアアアアアアア!!」
「なんだ健太。今、先生から聞いたがまた舞ちゃんと喧嘩したらしいな」
「父上…………」
「ほら、鼻水を拭きなさい」
「この世に生を受けて六年と少し経ちましたが、もう僕には女子というものがよくわかりません」
「大丈夫だ。三十年と少し経った父さんにもわからんからな」
「窓を開けてもらってもよろしいですか」
「いいけど走ってる時は顔を出すなよ。危ないからな」
「ありがとうございます。風が涼しいです」
「まあでも、喧嘩するほど仲がいいっていうしな。きっとお前らは仲良しなんだよ」
「そうでしょうか」
「ところで舞ちゃんとは今日はどんな喧嘩をしたんだ」
「父上と母上がよくやっているようなものです」
「……そりゃあ大変だったな」