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漫画家さん自作内に転生し路頭に迷う
三毛狐
異世界ファンタジースローライフ
2024年11月30日
公開日
3,335文字
完結
過労で倒れたら自作のモブに転生していた。
でもちょっとまって、このモブ、このあと命を落とす話にしていたよね。
うおおお、どうしよう。そうだ、主人公を追いかけよう。
ヤツならどうにかしてくれるはずだ!

第1話

「先生、ここの処理ってこれで良いですか?」

「ああ、それで。ありがとう」


「せんせー、珈琲こぼしましたー! 見開きおじゃんですぅー!」

「ああああ、描き直すからこっちに……これも画面効果の方向で調整しちゃおうか」

「きゃー、せんせー、かっこいー!」


「先生、ここのモブって先週村に置いてきませんでしたっけ」

「えっ、ほんとだ。誰も気が付いてなかったね。ありがとー!」

「スケジュールを埋めすぎなんですよ。いつか倒れちゃいますよ」

「あははー」


 私達はいま締切りに追われている。

 毎週のことではあるが、毎日のことでもあるのは目を瞑りたい。


 しかし我々は完璧なチームである。

 どんな困難も乗り切ってみせるだろう。


 深夜2時。

 アシスタントはみんな帰ったが、次の展開が浮かんでしまいメモの手が止まらない。

 みんな過労気味だったが、私もそろそろ限界だ。休もうと思うが……


「先週の村は滅んだことにして、あのモブは魂が最後の挨拶にきていた事にするか~」


 軽い気持ちだった。


 展開を決定し、寝る準備に入る。

 すると、歯を磨きながらフラリときた。


 貧血のような眩暈は次第に強くなり、私は床に倒れた。


 記憶はそこで閉じる。


 ・


 意識を取り戻すと、積んである藁に倒れていた。

 まだ夢だろうと横になり直すが、近くの馬の嘶きに驚いて覚醒する。


「えっ、あれっ、夢じゃない!?」


 周りにはいろいろな農具が置いてあった。

 ここは馬小屋を兼ねた納屋のようだ。


 まぁうちに納屋はないから、よその家だろう。

 寝ぼけてなんてことを。


「いや、馬がいる家なんて近所にないし……」


 声も変だった。

 あーあーと発声を繰り返す。


 手足も細い、地面も近い、まさかと思って馬の瞳を覗き込む。


 綺麗な黒曜に映った姿は可愛らしい少女の姿だった。


「若!」


 あと私が男だったらTSだった。おしい。


「ヒョヒィィィン……」


 私の挙動に怯えたのか馬が変な鳴き方をしている。


「大丈夫だから。何もしないから」


 そう言いながらじりじり近づくと私から馬は後ずさって距離を取った。


「……まぁいいか。状況を確認しよう。所謂、転生したのなら元の私は過労とかで倒れたのだろう」


 最後の記憶が歯磨き中の転倒だから、その可能性が高いと思う。


 納屋の近くで大勢の人が動く気配を感じ、私は顔を出す。

 村の英雄を送り出すらしい。英雄がいたのか。


 こっそり混ざって見送りに参加する。


「じゃあな、みんな! 元気で!」


 5人組が馬上から手を振り去っていく。


「うわ」


 私はドン引きしながら集団からはけた。

 そして嫌な予感に襲われる。


「あのビジュアル、私が連載中だった作品の主人公だよ……」


 近くの窓ガラスに顔を映し、嫌な予感を確定させる。


「そして私、よく見たらあのモブじゃん。倒れる直前に追記したキャラじゃん。村に置いてきて霊魂になっちゃう何かがある役!」


 うわああああああああああ。

 前世の自分を殴りたい。


 創作の中だからって命は軽く扱うな!


 辺りを見渡す、みんな平和になった村で今日と同じ明日が来ると信じている。


「私は何をメモした? これからそれが起きるのか?」


 何で魂になった!?

 村は全滅したとか雑なメモを残した気がする!


「こんなところにいられるか!」


 犠牲者みたいな言葉を吐き捨て、私は村を飛び出した。


 あの英雄を追おう。

 簡単な話だ。何が起こるにしても、主人公さえこっちに呼び戻せば対抗策になるはずだ。


 だって主人公だし!


「はっ……はっ……、くぅ、馬かー! 馬の速度かー!」


 走ったがすぐに息は切れた。

 英雄たちの後ろ姿すら見えない。


 空が曇って来た。

 少しパラついたあと、ダーッと降ってくる。

 土砂降りだった。


「ああ~~~、すずしい~~~」


 私は大歓迎した。

 両手に雨を溜めて飲みすらする。


「うめー! 天然物たすかる!」


 笑顔で余裕をかましていたがすぐに寒くなるのは判っている。

 木陰で雨宿りしないと。


「道の横がちょうど良い森だ。入ろう」


 草叢を掻き分けて踏み入ると、豊富な枝葉が少しは雨を和らげてくれていた。


「いやー、助かった。でも、どうやって英雄を追ったら良いかなぁ」


 そう思ってさらに草を手でどかすと、大きな動物と目が合った。


「あー、私が描いていたのはファンタジーだけれど、普通の動物もいるんだよね。描いてたから知ってるー」


 二度目だからだろうか。

 そもそもまだ現実味が薄かったのだろうか。


 私はどこか達観した気持ちで野生の熊に襲われて事切れた。


 ・


「あれ?」

「どうした?」


 野営の食事中、珈琲を飲んでいたリーダーのヤマトが気配を感じて振り向くと、そこには見覚えのある少女の姿があった。

 指さすと副リーダーのタケルも気が付く。


「さっきの村の子じゃん。どうやって付いてきたんだ」


 ふたりの目の前で少女の姿はスゥーッと消えていった。


「!」


 ふたりは顔を見合わせる。


「あの村に何かがあったんだ」

「急いで戻ろう!」


 他3名にも情報は伝達され、全力で駆け抜けた。


 私が命を失った森の横も颯爽と通り過ぎた。


 5名の英雄が村に着いたとき、村はまさに襲われていた。

 形容しがたい何かが触手で屋根を叩き割っているところだった。


「なんだあれー!」

「判らん。いくぞ!」


 5名の英雄は獅子奮迅の活躍をし、村は再び救われた。

 英雄から村の少女の話を聞くと、村長は驚き皆を集める。


 ひとりだけ姿がなかった。


 私の肉体は既に熊の胃袋の中だから姿がないのは当然なんだけれど。

 沈痛な面持ちになる英雄たち、6人目の英雄として私を祀り上げていく村人たち。


 すまねぇ、私が変なメモ書きをしたばっかりに!


 私はおいおい泣くと、納屋に戻った。

 戻る必要はなかったが、何となくいたたまれなかったのだ。


「ヒョヒィィィン……!」


 馬が後ずさっている。


 なんだよ。もう誰にも見えない存在になったと思っていたのに、見えてるのか。


 私は笑顔で近づいていく。

 馬は後ずさる。


 馬がバッと前足で十字を切ると、私は光に包まれた。


 えっ、成仏?

 この流れで!?


 だいぶアンデットだったのかもしれない。


 私は雑な除霊で天へ昇った。


 痕跡は何一つ残らなかった。

 いや解釈によっては村人に笑顔を残せたとはいえるか。

 そうかそうか。


 って納得できるかぁーーー!!!


 パァァァァと光が消えると、その場に私は蹲っていた。


 顔を上げるとやはり馬が怯える。

 どうやら未練があったので成仏できなかったようだ。


 そりゃそうだ。


 これから何をしたもんかな。

 もう判らないや。


 試しに藁を掴んでみると、持ち上げることができた。


 なんだ。

 それなら漫画が描けるじゃん。


 いったん殺伐とした現実は横においておく。


 よし私の第三の人生?は旅をしながらあちこちに漫画を残そう。

 締切りもないしね。気楽なものだ。


 そう考えると、少しは楽しくなってきた。


 今はそれで良い。


 そう思いながら、落ちていた枝を拾い、今日のできごとを地面に描いていく。

 清書は別にしても、いちどネームにしておくと思考もまとまり易いから。


 紙が欲しいな。

 アシスタントも……


「ヒィン……ヒィン……」


 ん?

 絵に興味あるのかい。


「ぶるるるる」


 さっきまで怯えていた馬が寄って来て、私のネームに蹄で背景を描き足していく。

 ええっ!?


 私の絵をみて何かに気が付いたようだ。

 見てきたように省いたはずの背景がパズルのようにはめられていく。


 まるで一度描いたことがあるかのように。


 私はまじまじと馬を見た。


 栗毛の牝馬。

 ファンタジー世界で生きているだけあって体格もガッチリしている。


 まさか、こっちの世界でもアシスタントがみつかるとは。人間ではないけれど。

 というか、モブを村に置いてきたはずだって気が付いた子の作風によく似ている。


「ぷしゅー」


 まさかね。でも。

 一緒に来るかい。


「ぶるるるる」


 馬は特に繋がれているわけでもなく、ただ納屋にいた。

 最初から妙に理知的な気はしていたが、明確な意志があるようだ。


 ならば共に行こう。


 私は地面に描いた絵はそのままに納屋から出ていく。

 馬も付いてくる。


 思えば主人公たちの旅も私は完成させていなかった。

 顛末は頭にあるけれど、形にしてないし、彼らはどうなるのだろう。心配だ。


 先回りしてヒントを漫画で描いていくか。

 そうしよう。


 私達にしかできないことみつけちゃったなー。


 月明かりの下、幽霊と野良馬の旅がぶらぶらと始まる。

 まるで前世からの繋がりでもあるかのように以心伝心の大冒険へ。


 その旅は実にうまのあったものになるであろう。


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