「カッコ可愛い~。やっぱ『ケイ』が最強だよね!」
「何だよ、俺といるときまで他の男の動画かよ」
「え~、
ファンサって。ただカメラ目線で笑ってるだけだろ。これで喜ぶんだから
「フラッガー」は、アイドルグループ「
「『フラッガー』なのはもちろん知ってたけど──」
「ケイは推しで、彰は彼氏。全然別なの!」
そこはちゃんと理解してる。
ただのクラスメイトだった頃から、美咲は「フラッガー」仲間の女の子と教室でよく盛り上がってたし。
俺だって本気でそのケイを気にしてなんかいねえよ。実際、そいつに夢中で俺に対して冷たいとか扱いがテキトーとかじゃないし、美咲が俺の前で動画観るのだって今日が初めてだ。ただ、なんとなく面白くない。
付き合いだして一ヶ月。
高校に入って同じクラスで出会った美咲は、ものすごい美少女! ってわけじゃないけど表情豊かで明るくて、一瞬で惹きつけられた。こういうの、一目惚れっていうのかもしれない。
陽気でフレンドリーな子だから、
「誰にでも」親し気に気軽に接する美咲。そういうところもいいなと思ったのは確かだけど、俺だけ見て欲しかった。
会えなかった夏休みが辛くて、秋に決死の覚悟で「付き合ってくれ」と告げた俺に「……いいよ」と笑ってくれた彼女に有頂天になったな。あれが俺の人生のピークになるかもってくらいに。
でももしかしたら、美咲はそこまでの気持ちじゃなかったのか? 「別に嫌いじゃないし、『友達』で一緒にいて楽しかったからまあいっか~」程度だった、とか。
前にスマホの画像で見せられたケイは、さすがにアイドルしてるだけあって顔立ちも整っててスタイルもいいし、でも愛嬌もあって「カッコ可愛い」がピッタリ来る感じだったよ。
だけど俺も中学んときは、「彰先輩、カッコいい!」って一部では騒がれてたって噂で聞いてた。その頃は全然興味なかったけど、「ホンモノのアイドル」には敵わなくても俺だってそれなりに素材はいいんじゃねえか!?
「なあ、美咲。ケイだけじゃなくて、俺のことも推してくれよ」
いきなり切り出した俺に、彼女はぽかんと口を開けてすぐに笑い出した。
「な、何言ってんのぉ? 『推して』って、いや意味わかんないよ!」
「俺、ダンスはやったことないけど運藤は得意だし、歌は結構イケるぜ! あと、何がある?」
早口でまくしたてる俺に、冗談言ってるわけじゃないのが伝わったみたいで美咲が今度は不安そうな表情になる。
「あの、……あたし彰とケイを比べてるんじゃないよ? さっきも言ったけど別カテゴリっていうかぁ」
「それはわかってる! 『フラッガー』とか『ケイ推し』をやめろなんて言う気もない。ただその横に俺も並べてくれ! そうだ、名前も『アキ』ってどうだ!?」
「え、っと」
困ってるような彼女に、実際にやって見せればわかるだろ、と覚悟決める。
「他の男を見るな!」なんてセコイこと言いたくない。キラキラ世界にいるアイドルと張り合うなんてバカらしい。
だけど、やっぱり何か悔しいじゃん。
──だったら俺が美咲の興味を「独占」すりゃいいんだ。ケイより俺を「推して」もらえば勝手にそうなる!
その日から俺は、動画サイトで「FLAGS」のライブ映像や配信を観て回った。
さすが魅せるプロだけあって、全然興味なんかない俺でも飽きさせないあたりはすげえ。ただ「顔がいい」だけじゃないんだよな……。
家で妹に頼んで、ケイのソロパートのライブパフォーマンスの練習もした。
最初は胡散臭そうにしてたくせに、いざ始めると向こうの方がノリノリで「あきらちゃん、服!
我ながら頑張った甲斐あって上手くできたと思うんだよ。
スマホ構えた妹からは「足違う! 撮り直しだね」とかダメ出しの嵐だったけど、最後は「おっけー。『ケイ
「なあ、
「あ、うん。──まあ、もしあたしがクラスの男子からこんなイタい動画送られたら、友達と笑いもんにするけど。あきらちゃんと付き合える人なら大丈夫なんじゃない?」
妹が頷くのに安心した俺はそのあと結が何か言ってるのも耳に入らず、調子に乗ってパフォ動画をいくつも美咲に送りつけた。
なのに肝心の美咲の反応は今ひとつだったんだ。
「動画見た!? なかなかイイだろ? どうよ、俺」
「あのね彰、あたしはそういうのが欲しいんじゃないから……」
だったら何だよ。これ以上何すればいい? あと、なんで「アキ」って呼んでくれないんだろ。
「ちょっと
「え、え……、っと。同じオタクでも、美咲と違って彼なんていない私にはちょっとそういうのは──。あと、あんまり人には言わないほうがいいんじゃない、かな」
美咲の「フラッガー」友達にも訊いてみたけど、ドン引かれたのは気のせいか? なんでだよ!
「彰。ちょっと話があるんだ」
放課後、二人で帰るために正門を出たところで美咲が口にした。やけに真面目な様子に、理由はわからんなりに緊張が走る。
「な、なんだい?」
「もうそれやめて。──あたしは『彼氏』にアイドル性なんて求めてないのよ」
動画の中のケイっぽく作り笑顔で答えた俺に、彼女は真顔で続けた。
「え、でも……」
「確かにあたしは『ケイ推し』だけど、『
途中に笑みも交じる美咲の台詞に、俺はこの子の何も見えてなかったって気づいた。
美咲。そりゃ人間なんだから、機嫌悪くてブスッとしてたいときもあるよな。たしかに美咲は、俺といるときみんなの前とはちょっと違ってた。
そうだ。いくら「大事なゲリラ配信」だって、「いつもの美咲」なら多分観たいとすら言わないんじゃねえか?
「友達やってて、彰とは自然でいられると思えたから
俺が一方的に好きなだけだから気を抜いてんのかと思ってたけど、ほんとに「自然体で楽」だと思ってくれてたんだ。
「つまりケイは違う世界にいる『推し』で、彰はこうして一緒にいられる『彼氏』。全然別物だってこと。今もケイはあたしの『アイドル』だけど、もし会ったら絶対『素』なんて出せない。でも彰の前なら、『ダラダラぐったり美咲』も晒せそうな気がするんだ~」
今になって、ここまで説明してもらってようやく美咲の言葉の意味が理解できた。
──結局、表向きはどうでも俺はケイに嫉妬してたんだ。どうにかしてヤツの上に立ちたかった。もうそこから間違ってたんだよな。
俺、一人で
うわ、情けねえしすげー恥ずかしい。送った動画全部、今すぐ消してくれぇぇぇ!
内心パニックの俺に構わず、美咲は隣を歩く俺の左手に右手を重ねて繋ぎ、笑いながら話し出した。
「だから『推し』とかもういいじゃん。あたしは彰とは、『推す』んじゃなくて『付き合いたい』んだから」
必死で練習したパフォーマンスがキマったときより、彼女のこの言葉の方がよっぽど嬉しい。
そういや「手を繋ぐ」のも初めてなんだ、と彼女の温かい手をぎゅっと握り返しながら、俺は幸せをかみしめた。
俺は美咲にとって「推し」じゃなくて「
心のなかでガッツポーズを決めた俺に、美咲の冷静なツッコミが飛んで来た。
「で? 彰。あの『動画』、二人の記念に取っとく? 十年後には黒歴史になってるよ、きっと」
いや、黒歴史なんてもう今でも十分すぎるくらいだろ!
~END~