それからときこは、まず外に出かけるために着替えを探す。
「そもそも、タンスってどこにあるんでしょうかっ」
ときこは手紙がある部屋を探して、起きた部屋を探して、次いでトイレや風呂も探していく。あちらこちらを掘り返していくが、何も見つからない。扉を開けっ放しにして、ときこは動き続ける。
「あかりちゃんが用意してくれていたってことは、あかりちゃんの部屋ですかねっ」
ときこがあかりの部屋に向かうと、タンスが三つあった。その片方を開けると、スーツが丁寧に吊るされている。シワもなく、ピンと張っていた。
「これは、あかりちゃんの服ですねっ。なら、別のものですねっ」
続いて別のタンスを開けると、パジャマが複数、そしてカジュアルな服がいくつか入っていた。どれもあかりのものだ。ときこは興味なさそうな様子ですぐに閉め、最後のタンスへと移る。
そこには、いくつものワンピースが飾られていた。ときこは一着を取り出し、ハンガーから取り外す。そしてハンガーを床において、ワンピースに着替えていった。パジャマはたたまずに、床に放り出されていた。
「さて、出かけましょうっ。とりあえず、誰か知り合いに会いたいですねっ」
そしてときこは、玄関から出ていく。財布も持たないまま、鍵だけを閉めて。ときこが空を見上げると、太陽の光が届く。同時に、そのすぐ近くに雲が見えた。ときこは目を細めて、前を向いて歩き出す。
ときこはそのまままっすぐに進み、縁近高校へとたどり着く。そこには、登校してきた様子の男女が居た。かつて空白の絵馬について依頼をした愛花と、その幼馴染で恋人の剛だ。
ふたりは手を繋いでおり、ときこの方を見て一礼した。愛花は腰から、剛は頭を軽く下げて。ときこは笑顔で二人に話しかけていく。
「あっ、ちょうど良いところにっ。あれから、あかりちゃんに会いましたかっ」
「あかりさんですか? この前、学校帰りに会いましたね。改めて、お礼を言わせてもらいました。ときこさんも、ありがとうございます」
「ふたりが居なかったら、もう少しギクシャクしていただろうな。いま思えば、愛花には悪いことをしたよ」
愛花は花開くような笑顔で頭を下げ、剛はポケットから手を出してぶっきらぼうに頭を下げた。ふたりの礼を特に気にした様子もなく、いつも通りの笑顔でときこは話を続ける。
「その時、なにか言っていましたかっ。お出かけしたいとかっ」
「もうちょっと深刻な話なら、あるぞ。幸せってなんでしょうかとか言ってたな。もしかして、あの人なにか悩んでたのか?」
「そういえば、あかりさんは一緒じゃないんですね……。あっ、ごめんなさい。気になることといえば、分かり合うことは難しいと言っていたことでしょうか」
剛は首を傾げながら語り、愛花は目を伏せながら質問に答える。ときこは少しだけ上を見た後、横を振り向いて話そうとして、黙り込む。まるであかりに話しかけようとしたかのように。
その姿を見た愛花は、何かを察した様子でときこを心配そうに見ていた。剛はその様子を見て顔を引き締めた。対して愛花は、そっと手を握って微笑みかける。手を取られた相手は、まっすぐに目を見て頷いた。ふたりの姿には、しっかりと手を取り合う意思が映っていた。
そんな様子を見ながら、ときこはにこやかに頭を下げる。
「ありがとうございますっ。とりあえず、もう少し情報を集めてみますねっ」
「もうですか? あっ、お急ぎなんですね。頑張ってください」
ときこは愛花の言葉を最後まで聞かずに、振り向いて去っていく。それから少しだけ周囲を歩き回りながら言葉を残す。
「分かり合いたいなら、次は分かりあった人でしょうかっ。とりあえず、テストの人に聞いてみましょうっ」
ときこは立ち止まることなく状況を整理し、今度は縁近学園に向かっていった。
校門に真っすぐ進んでいったときこは、教師に止められる。不思議そうな顔をするときこに、教師は怪訝そうな顔で問いかけた。
「いったい、何のご用件でしょうか。ご覧の通り、こちらは学校です。関係の無い方には、ご遠慮いただければと」
「あっ、連絡をしていないんでしたっ。私は、宗心探偵事務所の宗心ときこといいますっ。今からだと、許可は出ませんかっ」
「……ふむ。確か、以前にいらしたのが、宗心探偵事務所の方でしたね。ならば、関係者にうかがってみます」
ときこに応対した教員は、近くの事務員らしき相手に何かしらを告げ、そのまま校舎へと向かっていく。事務員は校門の前で、ときこをじっと見ていた。
しばらくして、別の教員が校門へとやってきた。そしてときこの顔を見て、納得したように頷いた。
「ああ、助手さんではないのですね。今回は構いませんが、次回からは事前に連絡をいただければと」
「分かりましたっ。ところで、亜子ちゃんや亮太くん、美佳ちゃんはいらっしゃいますかっ」
「なるほど、以前の依頼の件ですか。昼休みでしたら、呼び出すこともできますが」
「お願いしますっ。話を聞かせてもらいますねっ」
それから教員に案内され、空き教室で待つときこ。その間ずっと、ときこは時計だけを見ていた。まるで、一秒ですら惜しんでいるような姿で。部屋の中では、時計の音だけが鳴っていた。
しばらくして、三人がやってくる。破られたテストについての関わりがあった人たちだ。仲良くなった亮太と美佳はお互いに笑いながら話していて、その姿を亜子は嬉しそうに見ていた。
ときこの顔を見て、亜子は首をひねる。そして、すぐに疑問を言葉にした。
「私達に質問とのことですけど、あかりさんは居ないんですね。経過を見るってことではないんですか?」
「えっと、あかりちゃんから何か聞いていませんかっ。クイズの問題が解けたとかっ」
亜子は首を横に振り、美佳は亮太の方を見た。亮太は、少しだけ悩んだ様子を見せた後、ゆっくりと話し始める。
「解けてないって話はしてたよ。自分が成長できない苦しみって、分からない人には分からないって言ってたよ。その相手が誰かまでは、言ってなかったけどな」
「それって、私と同じ……」
美佳は軽く目を伏せ、亮太は美佳の手を握る。それを受けて、美佳は手を両手で包みこんだ。そして落ち着いた笑顔を浮かべる。その姿は、二人の手を取り合うという意思が形になったようだった。亜子は安心したように二人を見ていた。
そしてときこは、にっこりとしながら立ち上がる。そのまま、教室から去っていった。
「ときこさん、さようなら」
ときこはそんな言葉に一度だけ振り返り、軽く手を振ってから早足で歩き出す。そしてベンチに座り、下を見ながら軽くつぶやく。
「成長ですかっ。なら、何かに打ち込んでいる人とか、ちょうど良いんじゃないでしょうかっ。なら、部活ですねっ」
そしてときこは、スマートフォンをいじりだす。あれこれ検索した後、通話していく。
「今から行きたいんですけど、良いですかっ。あっ、名前ですかっ。宗心探偵事務所の、宗心ときこですっ。あ、分かりましたっ」
次の目的地に許可を取ったときこは、スマートフォンを見ながら歩いていく。そしてしばらくして、また別の学校にたどり着いた。縁近西高校だ。
部活を終えて帰ろうとしている生徒たちがおり、ときこは野球部に向けてまっすぐ歩いていく。そして目的の人物を見つけて、笑顔で話しかける。
「あっ、いましたっ。茜ちゃん、結城くん、いま良いですかっ」
ユニフォームを着た男子生徒と、その汗を拭いている女子生徒は同時に振り向く。そして、二人は顔を見合わせた。そんな様子を気にすることもなく、ときこは話を続ける。
「あかりちゃんと、あれから何か話しましたかっ。身長が伸びたとかっ」
「もう伸びない年なんじゃないですか? 聞いたことといえば、届かない想いを抱えるのは、やはり苦しいと」
「悪かったよ。いま思えば、分からないはずないもんな。それは傷つくはずだ」
「ううん、良いの。私はちゃんと幸せだから。まっすぐなあなたが、好きなんだから」
茜は結城を愛おしそうに見つめ、結城は茜の肩を抱いた。そこには、言葉にせずとも伝わっている感情があった。
そしてときこは、ふたりを見ずに去っていく。もう用はないというような姿で。それを見た茜と結城は、もう一度顔を見合わせていた。
暗くなった空を見て、ときこは事務所へと歩いていく。しばらくして、たどり着いた建物の中に入り、服を脱ぎ捨ててパジャマに着替える。それから、冷蔵庫の中身を電子レンジに放り込んだ。
破裂音が聞こえても気にすることなく、ときこは完了の音声だけを聞いて食事を取り出す。そして、中身を見て顔をしかめた。
「なんですかこれっ。カレーが固まっていますよっ」
汁気の無くなったカレーを見ながら、ときこは首を傾げる。それから、皿に手を伸ばして触れ、勢いよく引っ込める。
「熱いですっ! やけどしちゃうかと思いましたよっ。もう、なんなんですかっ」
それからときこはカレーが覚めるまで待ち、取り出した箸を突き立てて食べていった。いかにもマズいという様子で、眉をひそめながら。
ずっと無言で食べ進めた後、ときこは時計を見ながらこぼす。
「あかりちゃんがいないと、私は何もできないんですねっ。やっぱり、あかりちゃんに帰ってきてもらわないと……」
胸のあたりを強く握った後、ときこは仕事場へと向かう。そこで、事務所の資料を漁っていた。紙をいくつか放り出し、やがて目的のものを見つけて、何度か読み返す。そして、強く頷いた。
「よし、決めましたっ。後は、明日にしましょうっ。私も、探すべきなんですっ」
ときこはその日の活動を終え、風呂や歯磨きなどの身支度をした後、布団に入る。そしてすぐに、眠りについた。