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第22話 想いのかけら

 そのままときこはドアを開け、玄関から出ていく。あかりは慌てて一礼して、ときこを追いかける。そしてときこは、周囲を見回して、道路を一直線に歩いていった。あかりが駆け足で着いていくと、しばらくしてときこは立ち止まる。そして、近くにあった電柱に隠れた。


「見つけたんですか、ときこさん」

「はいっ。この調子で、どの病院に向かうかを突き止めましょうっ」


 ときことあかりは、カバンから帽子と上着を取り出して着る。そして、帽子の向きを変えたり上着のボタンを開け閉めしたりしながら花子に着いていった。背後を振り返られても、ときことあかりだと気づかれにくいように。


 そして、時々近づいたり遠ざかったりしつつ花子を追いかけ、病院に入る花子の姿を見送った。そのまま、花子が入っていった病院の看板を見る。


「縁近レディースクリニック……。産婦人科でしょうか」

「それなら、いくつかに候補を絞れますねっ」

「命に関わることではないと言っていることを信じると、ガンのような病気は弾けますね」

「思いつくのは、性病や堕胎、あるいは不妊でしょうかっ」


 ハッキリと言うものだとあかりは思ったが、可能性を列挙するのは大事なことだ。性病だとすると、セックスレスと繋がりはする。花子が拓郎と性交渉してしまえば、感染する可能性もあるからだ。


 堕胎は、流石にないだろう。浮気をして妊娠までしているのなら、花子を信じることなどできなくなる。自分が悪いと言っていた姿とは、符合はするものの。


 後は不妊だが、あかりには一番可能性の高いものだと思えていた。それなら、セックスレスとも一致するし、花子が自分が悪いと言っていることとも一致する。通帳を見ながらため息をついていたことも、医療費の問題か、あるいは金銭でも解決できない悩みだったからだと考えれば納得がいく。


 とはいえ、可能性が高いというだけだ。まずは、ときこの意見を聞こう。そう考えた。


「ときこさんは、どう思われますか?」

「そうですねっ。不妊だと思いますよっ」

「いったい、なぜ?」

「縁近神社に通っていると言っていましたよね。あそこは、縁結びの神社ですっ。そこと関連があるとすれば、安産祈願のお守りではないでしょうかっ」


 ときこは笑顔で語る。健康長寿や交通安全に合格祈願は、縁結びとは関係が薄い。ときこの言っていることには、十分な妥当性があるとあかりには思えた。実際、縁近神社に以前に通った時には、安産祈願のお守りを売っている姿を見たことがあった。かつての依頼でも、買ったという人が居た。


 それならば、不妊が原因だという方向性で推理を進めていけばいいだろうか。ただ、あかりは花子を追いかける気になれなかった。病院にも守秘義務があるし、何より不躾がすぎるからだ。いくら探偵だとしても、人の悩みにズケズケと踏み込むのは避けるべきだ。そう考えていた。


 とはいえ、花子のいない場所で報告するのも気が引ける。拓郎に真実を伝えるにしても、コソコソとしたものであってはならない。


 確実に状況を整理するためにも、いったん事務所に帰るべきだとあかりは判断した。曇りがかった空を見ながら。


「ときこさん、一度事務所に帰りましょう。明日は日曜日ですから、そこで報告しましょうか」

「分かりましたっ。どんな想いを抱えているのか、ちゃんと知りたいですからねっ」


 そこであかりは拓郎に電話で状況を伝え、ふたりは事務所に戻る。そこであかりがメモを確認していると、ときこがボロボロのハンカチを使っている姿が目についた。ポケットから取り出していたので、依頼の際にも持って行っていたのだろう。そう考えて、注意をする。


「そんなボロボロのハンカチ、捨てちゃってください!」

「でも、これはあかりちゃんがお礼にって渡してきたものですよっ」


 ときこの言葉は、あかりの渡した事実に愛着を持っているからだろうか。それとも、単なる知識として、捨ててはいけないと知っているだけだろうか。あかりは、ときこを疑う自分が嫌いになりそうだった。


 ただ、ときこの気持ちを無駄にしたくはない。そう考えて、返事をする。


「だからといって、外出先でボロボロのハンカチを使ってはいけませんよ。大事にしてくれるのなら、しまっておいてください」

「そういうものなんですねっ。分かりましたっ」


 ときこの言葉に、思わずうつむきそうになったあかり。ただの常識として、ハンカチを持っている可能性が高くなったからだ。ただ、沈んでいる場合ではない。拓郎と花子の未来が、自分たちにかかっている。そう考えて、ときこの前で情報を整理していく。


「拓郎さん夫妻は、セックスレスという問題を抱えていました。そして、原因は花子さんの不妊である可能性が高いです」

「そうですねっ。どうして不妊だと、セックスレスになるのでしょうっ。そこも大事ですよっ」


 やはり、ときこには分からないのか。そんな悲しみを笑顔で隠しながら、あかりは推測する。


「夫婦の愛の結晶を残せないのは、苦しいんだと思いますよ」

「愛した人の証って、共に作ったメダルじゃダメなんでしょうかっ」


 ときこはどうしてもズレているのに、それでも感情を解き明かしてしまう。その事実が、あかりとときこの距離を示しているように思えてならない。あかりは、背中に隠した拳を握った。笑顔の仮面を被りながら。


「私なら、一緒に子の成長を見守りたいですね」

「子供を作れば幸せになれるのなら、子供を作れば相手を好きになるのでしょうかっ」

「少なくとも私は、好きでもない相手の子供は作りたくないですけどね」


 きっと、好きでない人と子供を作ったとしても、苦しいだけなのだろう。あかりはそんな想像をしていた。だからこそ、花子の苦しみがよく分かる気がしていた。愛する人の子供を残せないのは、胸を引き裂かれるほどに苦しいはずだ。間違いのない感情だと、あかりは袖を握りながら感じていた。


 花子の真実を明らかにするのは、心苦しい。それでも、答えを知らないままでは、拓郎は折り合いをつけられないだろう。だからこそ、花子の心を少しでも知るべきなのだろう。ときこに頼って。そんな割り切りとともに、あかりは話を続けた。


「どうせ子供なんてできない。だから、セックスのことなんて考えたくなかったんでしょうか」

「ちょっと違うと思いますよっ。なら、花子さんの枕元にコンドームはないはずです」


 確かに、わずかな矛盾と言える。ときこなら、答えが分かるのだろうか。そう考えながら、あかりはときこを見つめる。ときこは明るい顔をして、推理を続ける。


「ただ、あかりちゃんの考えで、八割くらいは合っていると思うんですよね。残りの二割は、もうちょっとで分かりそうですっ」


 そう言いながら、ときこはあごに手を当てる。そのまま、思考をまとめるように語りだす。


「ボロボロになった道具を、人前に出すのは良くないこと。だったら……」


 自分とのやり取りが、推理に使われている。あかりは助手として、確かな達成感を覚えていた。今のときこは、間違いなく答えにたどり着く。そう信じて見守る。するとしばらくして、ときこは笑顔で前を向く。そして胸に両手を当てながら、力強く宣言した。


「鈴木花子さん。あなたの想い、届きましたよっ」


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