目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第16話 大事な遠さ

 そして次の日の朝早く。ときことあかりは直人に案内されて、目的地であるコンビニに向かっていた。まだ日が昇ったばかりの肌寒さを感じながら、あかりは直人と世間話をしつつ情報を集めていく。


「コンビニとのことですが、他にバイトはどの程度いらっしゃるのですか?」

「合計10人程度でシフトを組んで、基本的には二人一組で対応してもらっていますね。美宇さんは、高校の頃から、かれこれ五年ほどは働いているでしょうか」


 五年も一緒ならば、それはある程度親しくなるだろう。直人が美宇を心配していることに、あかりは納得していた。居心地の悪い職場で若い学生が五年も働くことは想像しづらい。直人と美宇は、相応に良好な関係を築けているのだろう。あかりはそう判断した。


「その間は、ずっと金髪だったんですかっ」

「ええ。三ヶ月ほど前でしょうか。急に髪を黒に戻す前までは、ずっと」

「それは、確かに突然ですね。何か大きな事があったと考えるのが、自然でしょうか」

「まだ分かりませんよっ。金髪に飽きた可能性もありますからねっ」


 ときこの視点はどこかズレているが、だからこそ探偵として成立するのだろう。自分は素直に考えすぎているのかもしれない。あかりはそう感じていた。


 無論、金髪に飽きただけだと思うのなら、直人は探偵に依頼などしない。だから低い可能性ではあるが、それでもあらゆる仮説を想定することは大事だと、あかりはこれまでの日々で思い知っていた。


 直人は目を伏せながら話を聞いている。おそらく、美宇のことを気にしているのだろう。ならば、できるだけ早期に解決したいものだ。あかりはそう考えていた。


「真実を知るためにも、しっかりと情報を集めないといけませんね。この時間に呼ぶということは、美宇さんがいらっしゃるんですか?」

「そうです。やはり、本人から話を聞くことも大切でしょうから」

「私としては、あんなにマズいジュースを飲んで平気なのかが気になりますねっ」

「さて、どうでしょうか。彼女はよくジュースを買っていますが、私の知っていることはそれだけです」


 直人はときこの言動にも普通に対応している。声も落ち着いているし、表情も穏やかなものだ。あかりはひとまず安心していた。


 ときこは独特の態度を取るため、人によっては合わないこともある。そんな形で依頼が崩壊する可能性は低いと、あかりは見ていた。


 そのままコンビニに向けて歩き続け、ついにたどり着く。そして、入口から中に入っていった。すると、商品を棚に並べている店員が直人の方を向く。彼女は、長い黒髪をポニーテールのようにまとめている。


「いらっしゃいませー! あっ、てんちょー! 女の人を二人も連れて、いいご身分ですねー」

「おはようございます、美宇さん。こちらのふたりには、コンビニの様子を見てもらおうと思いまして。探偵として、改善点を見つけてくださるかと」


 直人の嘘に、あかりは良いごまかし方だと考えた。いきなりお前を調査していると言って、素直に回答することはないだろう。ただ、ときこが事実を言って台無しにする可能性がある。あかりはときこの方を見て、唇に人差し指を当てた。ときこは、にんまりとしながら頷いた。


「直人さんに依頼を受けた宗心探偵事務所のものです。美宇さんと言いましたか。よろしくお願いします」

「そうですねっ。色々と面白いものを見つけたいですっ」


 ときこの言葉は、間違いなく本音でもあるのだろう。ときこが探偵をしているのは、謎解きに興味があるからでもあるのだろうから。あかりは、ときこが想いを解き明かす時に楽しそうにしている姿を何度も見ていた。


 だからこそ、ときこは探偵として仕事をこなせているのだろう。良くも悪くも、興味に忠実な人間だとあかりは考えていた。


 美宇は含み笑いをしながら、直人に話を続けていく。


「てんちょーってば、実は経営状態を気にしてたんですかー? 順調だって言ってたのに、潰れたら困りますよー?」

「そこは大丈夫ですよ。実は赤字ということはありませんし、黒字だって減っていません」


 明るい様子で美宇は話している。にもかかわらず、直人は美宇が沈んでいると感じていた。つまり、親しい間柄でだけ分かる何かがあったのだろう。


 可能性としては、細かい表情や仕草が違うこと。あるいは、ときこやあかりが居るからよそ行きの態度を取っていること。いずれにせよ、まずは美宇と距離を縮めるのが定石だろう。そう考えて、あかりは美宇に話しかけた。


「美宇さんは、直人さんと長いそうですね。あなたから見て、直人さんはどうですか?」

「まー、いい店長なんじゃないですかー? そこまで厳しい要求はしてこないですしー」

「美味しくないジュースも、入荷できるくらいですもんねっ」

「あー、聞いたんですねー。他の店なら、まず無理ですもんねー」


 どこかバツが悪そうに、頬をかきながら美宇は語る。その姿に、あかりはほんのわずかな暗さを感じた気がした。もしかしたら、思い込みなのかもしれない。それでも、あかりが美宇の心に寄り添おうと考えるには十分だった。


 しっかりと、美宇の表情を見ていこう。そう決意して、あかりは会話に集中していた。


「実は好物だったりするんですかっ」

「それはないですねー。というか、あんなにマズいもの、誰も好きにならないでしょー」


 眉をひそめながら言っていた。つまり、美宇はジュースが嫌いだということ。それでも、直人にジュースを入荷するように頼んだ。そこに大きな問題が隠れている。あらためて、あかりは確信した。


「なるほどっ。確かに、吐き出しそうになるくらいマズかったですからねっ」


 美宇は頷いて、ときこは笑顔のまま美宇の様子をじっと見ていた。その姿を見た直人は、ときこに問いかける。


「どうでしたか。何か、分かることはありましたか?」

「そうですねっ。強いて言うのなら、ジュースの味は美宇さんも嫌いだってことですっ。つまり、好きでもないものを入荷してほしいと頼んでいるんですねっ」

「もー、てんちょーってば私に興味津々ですねー。ダメですよ? こんな年下に恋をしちゃー」


 からかうような口調で、美宇は言う。そこにあかりは、確かな親しみを見ていた。関係が良好だからこそ、直人は美宇の暗い顔が気になったのだろう。なら、自分たちが解決するだけだ。あかりはそう考えていた。


「いくらなんでも、娘くらいの歳の子を異性としては見れませんよ。とはいえ、大事だと思っていることは事実ですが」

「てんちょーと私の付き合いも、長いですもんねー。もう一人の娘みたいなー?」

「そんなところですかね。健やかに育ってほしいものです」

「本当に親みたいな目で見るの、やめてくださいー。私だって、成人なんですからー」

「成人だからこそ、悩みを抱え込んじゃうんですかっ。そういう話、よく聞きますよねっ」


 ときこの言葉に、美宇は目をそらす。そしてしばらく黙り、直人に目を向けた。


「てんちょーも、気づいてたりしてたんですかー?」

「何か悩みを抱えていることくらいは。ですが、無理に言う必要はありません。私達はあくまで店長とバイト。言いたいことだけ言うくらいで、ちょうどいいんですよ」


 その言葉に、あかりは確かな親愛を感じた。本当は、美宇が心配なのだろう。それでも、自分からは踏み込まない。そうすることで、美宇の心を守ろうとしている。そのように見えていた。


 だからこそ、他人が踏み込む必要があったのだろう。美宇と直人に、ある程度の距離を保ったまま問題を解決する。それこそが、ふたりの今後にとって必要なこと。あかりは、そう信じていた。


「分かりましたー。あ、そろそろ大学の時間ですねー。てんちょー、ではまたー」

「はい。お疲れ様でした。では、お二方。他のバイトにも、話を聞かれますか?」

「そうですねっ。あ、そこの人。美宇さんが髪の色を変えたきっかけって、何か思いつきますかっ」

「思いつくことと言えば、最近恋人の話をしないことですかね。ほら、浮かれてた時期、あったじゃないですか」

「ああ、確かに。そのあたりは、直接聞くことは難しいですからね」


 直人としては、あまり他人に話したいことではなかったのだろうか。そこまで考えて、あかりはとある可能性に思い至った。娘のような関係だと思っているのならば、恋人の有無について深く聞くのも難しいのだろう。昨今では、セクハラだと捉えられてもおかしくはない。


 いくら直人と美宇が親しくても、配慮するべきこと。おそらく直人は、そう判断したのだろう。実際、初対面の時に恋人について直人から聞いていれば、下世話な話だと判断したかもしれない。あかりはそう振り返っていた。


 とりあえずは、推理を進める必要がある。そのためにも、今の情報に対する分析を言ってみよう。そう考えて、あかりは言葉を続ける。


「フラれてしまったから、腹いせにジュースを買ったんでしょうか」

「マズくて飲みたくないようジュースを買う理由としては、足りなくないですか?」

「ですが、他に思い当たることはありません」

「なら、情報が足りないってことですよっ。もう少し、調べてみましょうっ」


 あかりは元気いっぱいの笑顔で語る。その様子を見て、あかりは頼りがいを感じていた。ときこならば、必ず答えにたどり着いてくれる。そう信じて、ときこの目を見た。


 ときこはにこやかな顔で、直人の方を見る。そのまま、明るい口調で質問をしていく。


「美宇さんは、どれくらいの頻度でジュースを買っているんですかっ」

「週に一度ほどでしょうか。必ず、夕方に買っていましたね」


 つまり、時間が重要になる何かがある。そういうことだろう。あかりには、特に理由は思い浮かばなかったが。


 美宇にとっては、夕方にマズいジュースを買いたくなる理由がある。そして、週に一度ほどということは、定期的に買う理由もある。あかりに分かったのは、そこまでだった。


 ときこはいつも通りの笑顔で、直人の言葉に反応する。


「失恋って、週に一回思い出すものなんですかねっ」

「人によると思いますね。それこそ、毎日思い出す人も居るでしょう」

「私の記憶だと、ふとした瞬間に思い出すものでしたね。とはいえ、美宇さんは女性ですし世代も違います。同じとは限りませんが」


 あかりの感覚だと、定期的に失恋を思い出すというのは違和感があった。恋の悩みを抱えていたとしても、きっかけに触れるかどうかの影響も大きいからだ。少なくとも、自分は違う。あかりは、そう考えていた。


 ときこは笑顔のまま頷き、質問を続ける。


「ジュースは店の近くで飲んでいるんですかっ」

「どうでしょうか。少なくとも、店の中ではないと思いますね」

「袋を遠くに持って行くの、見たことありますよ。どこに行ったのかは、知りませんけど」


 レジで待機している店員の言葉に、ときこは頷く。あかりに分かったのは、その場で飲まないということだけ。ならば、家に持ち帰ったのだろうか。そこまで考えて、自分で飲むとは限らないのだと思い至った。


「そうなると、飲ませたい相手でも居たのでしょうか」

「嫌いなジュースを飲ませるのなら、嫌がらせでしょうかっ」

「美宇さんは、そんな人ではありませんよ。それだけは、確かです」


 あかりの疑問に答えたときこに、直人はきっぱりと答える。そう言い切れるあたり、バイトとして真面目に働いていたのだろう。あかりには手に取るように分かった。


 やはり、直人と美宇の間には強い信頼関係がある。ならば、そこから攻めるのも一つの手だろうか。あかりは検討して、すぐに捨てた。謎解きが目的なのではない。謎解きを通して、美宇の問題を解決することが目的なのだ。それを見失う訳にはいかない。あかりは拳を握って、再度決意した。


「やっぱり、元気になってほしいですよね。そうなると、もう少し情報を知りたいところですね」

「後は、彼氏さんの情報ですねっ。どんな人とか、分かりますかっ」

「おとなしそうな人でしたよ。とても仲が良い姿を、一度見たことがあります」


 店員の言葉に、ときこは笑顔のまま首を傾げる。あかりは、また変な言葉が飛び出すのだと感じていた。


「仲が良い相手って、どうやって判断するんでしょうっ。見た目ですかねっ」

「お互いの態度からです。きっと、素敵な笑顔を浮かべていたのでしょうね」

「そうですね。あのふたりが別れるなんて、今でも想像できませんよ」


 それならば、よほどのことがあったのだろう。それが何かは、想像がつかないが。だからこそ、美宇は傷ついていたのだろう。傍から見ても明確に仲が良い恋人の話をしなくなったのだから。あかりは胸に手を当てながら、美宇の心を推測していた。


 ときこはにこやかに頷き、あかりの方を向く。


「ここで手に入れられる情報は、もう少なそうですよねっ。一回、戻りましょうかっ」

「そうですね、ときこさん。まずは、今ある情報を整理しましょう」

「お疲れさまでした、お二人とも。また、よろしくお願いします」


 直人は頭を下げ、あかりも礼を返す。ときこは軽く手を振りながら去っていき、あかりはときこを追いかけていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?