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第14話 新たな一歩を踏み出して

 しばらくして、昼休み。あかりは教室に向かい、3人に声を掛ける。そして、ときこのいる空き教室に連れていった。


 雨音が響く中、祐介は不安をにじませるように目をさまよわせて、茜はどこか期待感を覚えるような顔で結城をじっと見つめて、結城は茜の様子に疑問を抱いているかのように首を傾げていた。


 そして、3人が揃った段階で、ときこは堂々と宣言する。


「茜ちゃん。あなたは、本当は手紙を見てほしかったんじゃないですかっ」


 その言葉を受けて、祐介はうつむき、茜は目を見開き、結城は茜の顔を見ながらゆっくりと首を傾げた。


「どうして、そう思ったんですか……? 私は、手紙を捨てているのに……」

「いくつか、根拠がありますっ。まずは、茜ちゃんが心を整理しているって言ったことですねっ」


 察するに、学校で手紙を書いているという事実そのものが、茜の心の発露だったのだろう。諦めるというのは単なる理性で、本心は別のところに隠れていた。それが、見てほしいという気持ちだったのかもしれない。


「そして、あかりちゃんは書きたい想いがあると言っていましたっ。それは、結城君と過ごした時間の直後に書かれていますっ。つまり、結城君への想いがあふれて止まらなかった。そんなところじゃないですかっ」


 茜は図星を突かれたかのように固まる。つまり、ときこの推理は正解だったのだろう。あかりがつい祐介を見ると、顔を青ざめていた。そんな様子も気にせず、ときこは言葉を続けていく。


「私の話なんですけど、図書館で借りた本は、捨てられなかったんですよねっ。内容は、分かっていたんですけどっ。それって、別の意味があるからですよねっ」


 図書館に返さなければいけない。おそらくは、その事実と内容に感じている価値は関係のないものだという話なのだろう。


 つまり、捨てるからといって価値がないわけではない。むしろ、茜にとっては大きな価値があったのだ。そういうことだとあかりは解釈した。


「最後に、カリギュラ効果の話をしましょうっ。見てはいけないという気持ちがあるほど、見たくなるものですっ。そんな風に、手紙を気にしてほしかったんですよねっ」


 茜はがっくりとうなだれ、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。まるで、罪の告白かのように。


「最初は、本当に応援していただけだったの。結城君は頑張っているから、少しでも支えになれたらって」

「ああ。茜には、とても助けられたよ。俺にプロになる可能性があるのは、茜のおかげだ。とても優しい気づかいに、何度も助けられたよ」


 結城は穏やかな顔で茜を見ていた。だからきっと、茜の気持ちは伝わったのだろう。ただ、茜は結城の顔すら見れないようだった。あかりには、茜の心の痛みが届いたような気がした。


「でも、それだけじゃ満足できなくなっちゃったの。だから私は、想いを書いた。でも、そんなの渡せるはずないじゃん! 結城君は、本気でプロを目指しているんだから! 私が邪魔をするなんて、できない!」


 茜は、血を吐き出すかのように叫んでいた。それこそが、茜の感じる罪だったのだろう。プロを本気で目指す夢を、自分が妨害しようとした。そんな感情で、満たされていたのだろう。あかりには、そう見えた。


 だが、結城はどこか優しげな顔をしている。だからこそ、茜の感じている罪は偽物だ。あかりは、そう確信できていた。祐介は、ずっとうつむいている。それだけは、気がかりではあったが。


「私は、結城君が好き。だからこそ、身を引こうと思ったの! だって、本当に好きな人の夢を応援するのが、本物の気持ちでしょ? そりゃあ苦しいよ。泣きたいくらいに。でも、仕方ないじゃん!」


 頭を振り乱しながら叫ぶ茜の肩に、結城はそっと手を置いた。そして、柔らかい笑顔で言葉を紡いでいく。


「いや、今だから分かる。俺は、お前に支えてもらったからこそ強くなれたんだ。だから、お前が必要なんだよ。他の誰でもない、お前が」

「結城君……。 それって……!」


 茜は満面の笑みを浮かべて、結城の胸に飛び込む。そして結城は、強く抱きしめていた。その姿を見て、祐介は目元を拭う。そして、笑顔でふたりに声をかけていた。


「おめでとう、ふたりとも。良かったよ。これで、一件落着っすね」

「目元が……むぐっ」

「ときこさん、黙っていてください。今は大事な話をしているんです」


 あかりはときこの口をふさぎ、耳元でささやく。ときこは、数秒してから頷いた。そのまま、ふたりは話を聞いていく。


「祐介君が、探偵さんに依頼してくれたんでしょ? おかげで、うまくいったよ。ありがとう」

「そうだな。お前のおかげだ。それで、大切なことに気づけたんだ」

「良かったっすよ。ちょっと、じれったかったっすから」


 それは本心でもあり、嘘でもあるのだろう。茜の気持ちに、自分なら応えるのに。そんな気持ちが隠れていたに違いない。にもかかわらず、祐介はふたりを祝福している。その想いを、あかりは強く褒めたかった。


「依頼料、お前が払うんだろ? 俺が出すよ」

「いや、俺が勝手に決めたことっすからね。これはケジメっすよ」

「いいのよ。私達に、感謝させて」

「そこまで言うのなら、任せるっす。俺の依頼なのに、悪いっすね」


 結城と茜は、笑顔で向き合う。祐介が震えるほど強く拳を握っていることに、あかりは気づいていた。


 祐介はふたりが去っていくのを見送り、ぽつりとこぼす。


「あーあ、チャンスがあると思ったんっすけどね。でも、ありがとうございました。はっきり答えが分かって、ちょっとだけスッキリしたっすよ」

「なら、良かったです。祐介君の未来を、私は応援していますからね。今だけは、泣いていいですよ」


 あかりの言葉を受けて、祐介は涙をこぼしていく。そんな祐介の頭を、あかりは優しくなでていた。


「皆さん、素敵な想いでしたよっ」


 ときこは最後に、笑顔で告げた。泣き止んだ祐介は空を見上げる。合わせてあかりも空を見ると、虹がかかっていた。ほんの少しだけ、祐介は笑った。


 そして依頼を終え、ときことあかりは事務所に戻っていた。


「祐介君も、新しい恋を見つけられると良いんですけどね。あんなに素敵な子なんですから、幸せになってほしいです」

「それにしても、届かなくていい想いなんてあるんですねっ」

「違いますよ。誰だって、本当は届いてほしいんです。状況が、邪魔をしてしまうだけで」


 その気持ちは、誰よりも分かる。無邪気な笑顔を浮かべるときこの姿を見ながら、あかりは胸を抑えていた。

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