そして次の日。雨の音が響く中、あかりはときこを起こし、用意した朝ご飯を共に食べる。それから、再び学校へと向かった。祐介と、もう一度話をするために。
ときことあかりの顔を見た祐介は、即座に目をそらした。そして、足早に通り過ぎようとする。その姿を見て、あかりは思わず声をかけていた。
「祐介君、あなたの考えていることを、聞かせてください。私達は他人ですが、だからこそ話せることもあると思います」
祐介は、あかりの言葉を受けてうつむく。そしてしばらく視線をさまよわせた後、ため息をついて、あかりに向き合った。
「なら、空き教室で話をするっす。他の人には聞かれたくないっすから。いいっすよね?」
「もちろんです。話を聞かせてくれる気になっていただけたのは、嬉しいです」
「結局は、依頼を取り下げるのが正しいのか、ずっと迷っていたっすから。情けないっすよね」
そう言いながら、祐介は頬をかいた。おそらくは、勢いで取り下げを口に出したのだろう。あかりにとって、よく分かる気持ちだった。
恋というのは、自分では制御できない感情なのだ。だからこそ、何度も間違いを犯してしまう。捨てられたら良いと、何度感じたか分からない。ただ、祐介の恋の結末は、少しでも未来につながるものであってほしい。あかりはそう祈っていた。
そして、空き教室で祐介とふたりは向き合う。祐介は何度か口を開いては閉じて、そしてあかりの方をじっと見ながら言葉を発した。
「本当は、分かってたんっす。茜が好きなのは、結城だって。でも、俺にもチャンスがあるかもって……!」
最初は弱々しく、だんだんと声の音量が上がっていった。その様子を見て、あかりは強く共感した。届かないと知っていても、その現実を否定したくなる。あかり自身も、抱えたことのある気持ちだった。その思いを込めて、祐介と目を合わせながら、あかりは深く頷いた。
「分かります、その気持ち。好きな人のことは、諦めたくないですよね。でも、まだ答えが決まった訳じゃないです。変な希望を持たせるつもりはありませんが、まだ推測ですよね」
「そうですねっ。まだ、真実は分かりませんっ。どうして茜ちゃんが手紙を捨てたのか」
「例えば、結城君への気持ちを諦めようとしているとか、あり得ると思いませんか?」
あかりの言葉を受けて、祐介は目を見開く。そして、あごに手を当てて考え始めた。しばらくして、もう一度あかりの方を見る。
「そうっすよね。どうせなら、せめて告白して玉砕したいものっす。そういえば、ときこさん。もう、茜の気持ちは分かっていたっすか?」
「十分な手がかりはありましたよっ。あかりちゃんは、どれだと思いますかっ」
無邪気な笑顔で、ときこは問いかける。それに対して、あかりは素直に答えた。
「手紙を捨てるだけでは、分かりませんよね。手紙を書いているという情報だけでも。いえ、表情や声色でしょうか?」
「分かりませんかっ。なぜ学校で手紙を書いているのか」
「そういえば、なぜでしょうか。家だと想いが浮かばないとか?」
「惜しいですねっ。正確には、とある人物と交流した直後の空き時間に、書いているんですよっ」
あかりはその言葉を受けて、情報を整理した。授業の直後に書いていて、体育の時間には書いていない。そして、放課後に部活が終わった直後にも書いている。
つまり、体育の時間以外は、隣の席である授業でも、近くでサポートしている部活でも、そのとある人物と接触している。誰かなど、考えるまでもない。
「結城君! なら、彼を好きになっているというのは、その方向からも確定できそうですね」
「やっぱり、流石っすね。探偵だけのことはあるっす。この調子なら、答えにまでたどり着いちゃうかもしれないっすね。でも……」
祐介は、視線を左右に動かしながら言葉をつまらせた。あかりには、すぐにためらいの気持ちが分かった。その気持ちに寄り添うためにも、言葉を続ける。
「祐介君の気持ちが報われるかは、分かりません。でも、答えを知った方が、心の整理に役立つはずです」
「あなたが答えを知りたくないと思っても、結果は変わりませんよっ。それでも、調べなくて良いんですかっ」
「選ぶのは、あなたです。私は、その気持ちを尊重したいです」
あかりは、まっすぐに祐介の目を見る。数秒して、祐介は目を伏せた。
「そうっすよね……。結局、俺の現実逃避かもしれないっす……。告白する勇気すら、無かったっすから」
その言葉の後、祐介はあかりの方を見返す。そして、胸の前で拳を握った。その仕草は、あかりには決意の証に見えた。
「お願いします、ふたりとも。俺に、答えを教えてほしいっす」
「分かりました。全力で、職務を果たしますね」
「答えが分からないままなら、気持ち悪いですからねっ」
あかりは胸に手を当てて、軽く一礼する。ときこは笑顔のまま、元気いっぱいに宣言した。その姿を見て、祐介は破顔した。
「ときこさん、後は、何を聞きたいですか?」
「そうですねっ。一度、結城くんにも話を聞いてみたいですっ」
「分かりました。では、教室に向かいましょうか」
あかりは深く頭を下げ、ときこは笑顔で手を振って、結城達の教室へと向かっていった。そこには、汗を拭きながら席に座ろうとしている結城が居た。雨にも関わらず汗を拭いているあたり、筋トレでもしていたのだろう。あかりは少し感心していた。
そこに向けて、ときこは軽く駆け寄って声をかける。
「結城くんっ、茜ちゃんについては、どう思っていますかっ」
「すみません、突然。私達は依頼を受けて、茜さんが手紙を捨てる原因を調べているんです」
その言葉を受けて、結城は目を上に向けた。しばらくして、少しぶっきらぼうな口調で話し出す。
「最近、なんか距離ができた気がするな」
結城の言葉に、あかりは疑問を抑えることができなかった。茜は、どう考えても献身的に結城の部活をサポートしていた。それなのに、どうして距離ができるというのだろう。
「隣の席なのに、どうやって距離を取るんでしょうっ」
「会話を減らすとか、そういう話ですよ。物理的な距離の話ではありません」
あかりの言葉を受けて、ときこは少し考え込む。そして、言葉を重ねた。
「授業中や、休み時間の話ですかっ。確かに、あまり話していませんねっ」
「そうなんだよ。ずっと、手紙を書いては捨てているだろ? そんなに大事な話なんだろうか」
首を傾げながら、結城は言う。その様子を見て、あかりはわずかに怒りを抱いた。茜が手紙を書いている相手は、間違いなく結城だ。にもかかわらず、他人事のように語るのだから。
だが、それはぶつけるべき感情ではない。深呼吸をして、気を取り直していた。
ときこは今でも変わらない笑顔で、質問を続けていく。
「茜ちゃんへの感情は、どんなものですかっ」
「どんなって……。そりゃあ、感謝はしてるよ。あいつ以外なら、俺は今ほどの成績を残せなかった。それは間違いないからな」
頬をかきながら、結城は語る。その姿を見て、あかりの怒りの多くは霧散した。おそらくは、本気で野球に向き合っているだけなのだろう。だからこそ、周りが見えていない。正確には、感情の機微が。
プロを目指しているのであれば、それは正しい姿勢なのかもしれない。ただ、茜が不憫でもあったが。同時に、納得もした。これほど野球しか見えていない相手に恋をしているのなら、それは想いを諦めてもおかしくないのかもしれない。
「茜さんは、本気で結城君の夢を応援しているんですね」
「ああ、そう思うよ。もしプロになれたら、応援してくれた人だって言おうと思っているくらいだ」
結城は真剣な目で語っていた。彼なりに、茜を大切に思っているのだろう。それだけは、確かなことだ。あかりは強く感じていた。
茜の気持ちが届くように応援したい気持ちもある。祐介の恋が報われてほしいという思いもある。ただ、ふたつにひとつ。謎を解いた先の未来でどちらになるか、あかりには分からなかった。
それでも、謎の答えを知ることができれば、3人が前に進むきっかけになる。そう信じていた。
ときこは変わりのない笑顔で、言葉を続ける。
「あかりちゃん、行きましょうっ。もう少しで、答えが分かると思いますよっ」
「待ってください! 結城君、ありがとうございました」
結城に一礼してから、あかりは去っていくときこを追いかけた。その中で、確かな期待を抱いていた。答えが分かる未来は、すぐ側にあるのだと。
人気のない教室に向かったふたり。そこで、まずはあかりが状況を整理する。
「今回の謎は、茜さんが書いた手紙を捨てるというものです。そして、茜さんは結城君に恋をしている様子ですね。きっと、想いを捨てようとしているんだと思います」
「半分は、合っていると思いますよっ。ただ、まだ違和感がありますねっ。そもそも、どうして手紙を学校で書いていたのでしょうかっ」
「想いを捨てようとしているのなら、結城君に知られない方が良いですからね」
「だって、隠せば確実ですからねっ。あっ、そういうことでしたかっ」
ときこはその言葉を残して、あごに手を当てて考え込む。そのまましばらくして、顔を上げた。いつもより少し柔らかく見える笑顔で、ときこは宣言する。
「斎藤茜さん。あなたの想い、届きましたよっ」
その宣言を受けたあかりは、3人を呼びに行くと決めた。