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第12話 知りたくない本当

 そうして、授業中や休み時間に、茜の様子をうかがっていたときことあかり。すると、茜は授業が終わるたびに手紙を書いて、捨てていた。そして、毎回真剣に文面を考えている様子だった。その様子を、他の生徒も気にしていない。


「人前で手紙を書いて、中身を見られたりしないんでしょうかっ」

「可能性はありますね。それでも書きたい想いがあるからこそでしょう」


 あかりには、抑えきれないほど燃え上がる恋心も理解できた。それは、制御しようとしてどうにかなるものではないのだ。


 きっと、茜は強い感情を抱いている。その想いのすべてを、手紙に込めているのだ。あかりには、どこか神聖なもののように見えていた。


 そのまま観察を続けて、3限目は体育の授業だった。祐介たち男子生徒と、茜たち女子生徒は別の場所へと移動していく。それを見て、ときこは不思議そうにこぼした。


「体育の時間って、どうして男女で分かれているんでしょうっ。ふたりも教師が必要なんて、手間じゃないですかっ」

「今まで分かってなかったんですか……。同じにすると、様々な問題が発生するんですよ」

「例えば、どんなものですかっ」

「身体的特徴の差が、一番大きい原因ですね。怪我を防ぐためにも、男女の過剰な接触を避けるためにも、必要なことなんです」


 そんな問答を繰り返しながら、ときことあかりは体育が終わるのを待っていた。そして授業が終わり、教室に戻ってきた生徒たち。だが、茜は手紙を書くことはなかった。


「体育で疲れていたのでしょうか。まあ、運動の後ですからね」

「息が上がっているようには見えませんけどねっ。だから、他の可能性は高いですっ」


 ときこの言葉に納得しつつも、あかりは別の答えを見出せなかった。隠れた答えには、もっと情報が必要なのだろう。そう考えていた。


 そして昼休み、ときことあかりは茜のもとに向かった。凛とした雰囲気の、長い髪を後ろでくくった少女といった様子。あかりはその目に、どこか悲しさのようなものを見ていた。それから、まずはあかりが挨拶する。


「すみません、宗心探偵事務所のものです。いくつか、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「探偵……? まあ、変なことでなければ……」

「どうして、せっかく書いた手紙を捨てちゃうんですかっ。もったいなくないですかっ」


 その言葉に、茜はきっぱりと言い返す。


「それは、必要なことだからです。少なくとも、私にとっては」


 あかりは、茜の様子に固い決意のようなものを感じた。おそらくは、捨てるということに強い意志を込めているのだろう。


 もしかしたら、自分の想いを捨て去るために、諦めるために捨てているのではないだろうか。ただ思いついただけにもかかわらず、あかりには気持ちが分かるような気がした。


 きっと、想いが届かないという考えに支配されているのだろう。それなら、茜の心に触れることが、祐介だけではなく茜の迷いも振り払うきっかけになるかもしれない。


 あるいはただの妄想と切って捨ててもおかしくはない考えだが、それでもあかりには自分の考えが完全な間違いだとは思えなかった。


「隣の席、結城くんですよねっ。もしかして、彼が好きなんですかっ」

「……私は、ただ自分の気持ちを整理しているだけです。それだけなんです」


 少し瞳と声を揺らしながら語っていた。その茜の言葉に、祐介にも希望があるのではないかと感じたあかり。もし結城に恋が届かないと考えていたのなら、それを諦めるために手紙を捨てているのかもしれない。


 なら、祐介がその心の隙間を埋めることだってできるかもしれない。希望的観測であるにしろ、信じたい未来だとあかりは思っていた。


 それを確認するために、もう少し茜との距離を縮めたい。そう考えて、あかりは世間話を振ることにした。


「それ、野球のボールですか? シールということは、何かに貼るんですね。いいですね、可愛くて」

「手紙に貼るんじゃないですかっ。ちょうど良い大きさですしっ」

「はい。私にとっては、このシールであることが大事なんです」


 茜のまっすぐな目に、あかりは確かな恋心を見たような気がした。野球のシールであるあたり、結城への想いの可能性が高いだろう。


 結城がどう考えているか次第ではあるが、祐介の想いが叶うことは、茜と祐介のふたりにとって良い未来なのではないだろうか。あかりはそう思っていた。


「告白の手紙にシールを貼っても、相手の答えは同じじゃないですか?」

「いえ。少なくとも、自分の想いを込められます。それだけのことが、大きいんですよ」


 ときこが無邪気な様子で問いかけ、あかりは真剣に返す。想いが報われなかったとしても、自分の気持ちを大事にしたい。そんな感情は、あかりにとっては当然のものだった。


 それに対し、茜は強く頷いた。


「そうですよね。私のこの気持ちは、届かないとしても大切にしたい。本当は、好きって言いたい。でも……」


 そう言って、茜はうつむく。その声は、強く震えていた。やはり、自分の想いが届かないと考えているのだろう。その気持ちは、あかりには痛いほど分かった。


 自分の想いの強さなど、想い人には関係ない。あったとしても、想いが届くとは限らない。だからこそ、少しでも自分の感情に整理をつけたいのだ。


 やはり、茜の本心にたどり着くべきだろう。それが、きっと良い未来につながる。あかりは、心から信じていた。


「言いたいのなら、言えば済む話じゃないですか?」

「その結果としてどうなるかが怖い瞬間は、誰にでもありますよ。もちろん、私にだって」


 率直な言葉を告げるときこ。対してあかりは、茜に向けて微笑みながら語る。自分には、茜の気持ちは分かる。そう伝えるかのように。


 その思いが届いたのか、茜はわずかに笑った。そして、あかりに軽く頭を下げる。そして、ときこは明るい笑顔で質問を続けた。


「祐介くんについては、どの程度知っていますかっ」

「良い人ですよね。いつも明るくて、みんなに元気をくれる人。私も、何度か勇気づけられました」


 そう言いながら、茜は優しく口元を緩めていた。これは、案外良い印象かもしれない。あかりには、そう見えていた。


 とはいえ、手紙の相手が祐介である可能性は低いだろう。ゼロではないにしても。ただ、茜が想いを捨て去った先であれば、もしかしたら違うのかもしれない。あかりは、そう予想していた。


「なるほど。茜ちゃんに聞きたいことは、これで終わりですねっ」


 そう言って、ときこは振り返って去っていく。あかりは、茜に深く礼をしてからときこに着いていった。


 少しして、昼休みが終わり、次の授業に移る。その中で、ときことあかりは雑談に興じていた。


「今回の三角関係の未来は、どうなるんでしょうね」

「なるようになるだけですよっ。それよりも、早く答えにたどり着きたいですっ」


 ときこはワクワクした様子で言う。あかりは、ときこが本当は謎解きにしか興味がないのではないかと疑っていた。だが、それを言葉にすることはできない。決定的な答えが帰ってきてしまえば、どうすれば良いのか分からなかったからだ。


 そのまま、あかりは確信に触れないまま話を続け、そして放課後。茜と結城、そして祐介はそれぞれの部活へと向かっていく。


「放課後にわざわざ学校に残るなんて、どうしてなんでしょう。私なら、面倒なだけですねっ」

「だから帰宅部だったんですね? きっと、やりたい何かがあるんですよ。それも、学校でしかできないことです」


 そんなやりとりをしつつ、グラウンドにたどり着く。ときことあかりは、茜と結城がどのように部活をおこなっているかを観察していた。


 あかりは結城の顔を見て、茜の隣の席の男子だと理解した。


「なるほど、部活以外でも、隣の席で交流していたんですね」

「面白いですよねっ。ほとんどずっと、そばに居るんですからっ」


 結城はピッチャーとして、キャッチャーとボールのやり取りを繰り返している。茜は記録を取ったり、新しいボールを渡したり、タオルを渡したりしながら結城のサポートをしていた。


「今日、調子が良いんじゃないですか?」

「そうだな。この調子でコントロールを上げていけば、大会で結果を出せるはずだ。そして、その先は……」


 結城はボールをじっと見ていた。おそらくは、プロになる未来を夢見ているのだろう。あかりには、そのように見えた。


 それからも、結城は投球練習、走り込み、筋トレなどを繰り返していく。そのすべてを、茜はずっとサポートしていた。


 茜は、常に結城が必要とするものを先に用意している。だからこそ、結城は自分の練習に集中できていた。間違いなく、茜の想いの形だ。あかりはそう感じていた。


 結城はどこまでも真剣に練習に向き合い、ひとつひとつの動きをしっかりと確認している。あかりから見て、野球部の誰よりも熱心に練習していた。プロになるという夢に、どこまでも真摯に向き合っている。


 そして、茜は結城を支える時間を幸せそうに過ごしていた。野球に打ち込む結城のことが、相当好きなのだろう。あかりには、その気持ちが手に取るように分かった。


 だからこそ、祐介に共感している部分もあった。届かない可能性が高いなんてこと、茜と結城を見ていれば、誰にだって分かるはずだ。それでも、諦めることができない。そんな簡単に捨てられるようなものは、恋心ではない。あかり自身だって、同じだったのだから。


 どんな未来が待っていたとしても、祐介と茜の心に寄り添いたい。あかりは、強く決心して胸に手を当てた。


 そして、部活が終わり、茜と結城は教室に戻ってくる。結城は荷物をまとめて茜に会釈をした後に帰り、茜は手紙を書いていた。書き終えると、再びゴミ箱に捨てる。そのまま、茜も帰っていった。


「なるほどっ、放課後にも、手紙を捨てるんですねっ」

「ときこさん、何かが分かったんですか?」

「どうでしょうかっ。ひとまず、仮説はありますが」


 その言葉を残して、ときこは黙り込む。あかりはそれ以上問いかけることをしなかった。経験則からして、ときこが答えないことを分かっていたからだ。


 しばらくして、祐介が教室に戻ってくる。それを見て、あかりは挨拶した。


「お疲れ様です、祐介さん。ひとまず、集まった情報を報告しますね」

「それなんすけど、依頼を取り下げても良いっすか? お金は、ちゃんと払うっす」


 うつむきながら、祐介は語る。そのまま、返事も待たずに去っていった。ときこは相変わらずの笑顔のまま、首を傾げていた。


「どうして、急に答えを知りたくなくなっちゃったんでしょうかっ」

「顔を見る限りでは、答えを恐れている様子でしたね」


 あかりには、祐介の怯えが見て取れた。好奇心や恋心で関心を持ったが、だからこそ真実が怖くなったのだろう。


 祐介は、きっと茜が結城を好きという真実を突きつけられるのが恐ろしかったのだ。その感情が表に出たのは、答えに近づく段になって、茜に恋が届かない未来を想像してしまったからなのだろう。


 あかりからみて、祐介の想いが実る可能性は低い。茜が恋敗れたとしても、祐介がその代わりになるとは限らないからだ。それでも、祐介は答えを知るべきなのだと感じていた。


 なぜなら、現実は何も変わらないからだ。逃げたという思い出が、祐介を傷つける未来が見える。あかりは、その未来を避けたかった。


 とはいえ、祐介の家はあかりもときこも知らない。そこで、いったん事務所に戻るとあかりは決めた。


「さて、まずは帰りましょう。祐介君と話をするにしても、明日です」

「このまま終わりだと、消化不良ですよっ」


 そんな風にぼやきつつ、ときこは帰路につく。そしてふたりは、事務所でその日を終えた。


「そんなところに雑に置く本なら、捨てますよっ!」

「ダメですっ、これは図書館で借りた本なんですっ」


 床に散らかされた本について、そんな一幕もありながら。


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