それから、あかりは目的の学校に調査のために訪れるための許可を得ていた。そして次の日、あかりとときこは縁近西高等学校へと向かう。
主にスポーツに力に入れている高校で、特に野球部は全国の常連と言えるレベルの成果を出していた。そのため、運動が得意な生徒が多い。市外どころか県外から訪れる生徒までおり、そのために寮も完備されていた。
通学する生徒もいるが、部活に気合いを入れる生徒ほど寮生活をする傾向にあった。そんな学校に、依頼人の祐介と調査対象の
ときことあかりは、まず始業前の校門で調査を開始した。道行く生徒に声をかけ、質問をするという形で。まずは、気だるげな男子生徒に。
「斎藤茜さんについて、何か知っていることはありますかっ」
「ああ、野球部のマネージャーだよ。エースと仲が良いってのは、俺でも知っているな。よく、汗を拭いたりしているんだとか」
その言葉を聞いて、祐介は知っているのかという疑問を、あかりは抱いた。汗まで拭くということは、相当近い関係だろう。ならば、その者に想いを抱えていてもおかしくはない。
知っているのか、いないのか。それによって、今後の対応を考える必要があるかもしれない。あかりは男子生徒の方の、少し遠くを見ながら考えていた。
ときこは、いつも通りの笑顔で会話を続けていた。
「マネージャーの仕事って、給料は出ませんよねっ。名前も残りませんっ。頑張った自分が可愛いとかでしょうかっ」
「違いますよ。頑張る人を支えて、力になることが報酬なんです」
「あいつはそんな性格の悪いやつじゃないって。まあ、そんなマネージャーが居てもおかしくはないんだろうけどよ」
男子生徒は、肩をすくめながら語る。どこか皮肉っぽく語られた言葉に、あかりは頭を下げる。
「失礼しました。そのエースというのは、どんな方なんでしょう」
「
結城と茜との関係が、依頼人である祐介の未来に影響するのは間違いない。あるいは、手紙を書いた相手も結城なのかもしれない。そんな感情とともに、あかりは腕を組んで考え込んだ。
ときこはふわふわした態度で、男子生徒の言葉に反応する。
「試合を応援したら、恋が発展するんでしょうか。なら、とりあえず好きな人を応援すればいいですねっ」
「それなら、選手はすべてのファンに恋しますよ……」
首を横に振りながら、あかりはときこの言葉に反論する。恋がそんな単純なものなら、誰も悩みはしない。ときこは、おそらく恋の悩みとは無縁なのだろう。あかりには、そんな感覚が胸にトゲを残しているように思えた。
「結城は、あんまり女に興味がなさそうだったな。野球に夢中って感じだよ。プロを目指しているんだ。人気者になりたいってのは、聞いたことがあるな。あいつでダメなら、この学校には他に居ねえよ」
ならば、祐介にも希望があるのかもしれない。あるいは、それを理解しているからこそ、自分にもチャンスがあると思っているのかもしれない。あかりはそんな推測をした。
おそらくは、三角関係ということなのだろう。結城の動きが、あるいはその本心が鍵を握っている。あかりには、そう思えていた。
ときこは、いつも通りの可愛らしい笑顔で話を続けていく。
「人気者が目標って、誰とでも恋ができるってことなんでしょうかっ」
「多くの人に好かれることと、特別な人に好かれることは別ですよ」
「そうだな。あいつの目標は、女に好かれるよりも、一流の選手として認められることなんだろうさ。そんな浮ついたやつじゃねえよ」
認められることと語るあたりで、男子生徒はわずかに顔をしかめていた。それでも、浮ついた人だという認識を否定する。
きっと、嫉妬のような感情と友情が同時にあるのだろう。本題ではないから、あかりはさほど重要視していなかったが。
そしてときこは、変わらない笑顔で話を続ける。
「そういえば、祐介くんについては知っていますかっ」
「あいつは、確かサッカー部だったな。それで、今度レギュラーになれるかどうかってところらしい」
「ふむふむ。茜ちゃんとは、違う部活なんですねっ」
つまり、祐介は部活で茜と接点を持つことはない。だから、様子が気になるという部分もあるのだろう。部活が別であるのならば、共に過ごす時間は短くなるのだろうから。あかりはそう推測していた。
そして、結城と茜の関係を知っているかどうかの重要度も上がったと認識していた。それ次第で、祐介の想いの結末は大きく変わるだろう。あかりは、祐介に再度話を聞くことを決めた。
「ときこさん、もう一度、祐介くんに話を聞いてみませんか?」
「そうですねっ。いま聞きたいことは、一通り聞けましたからっ」
「どうですか? 答えは分かりましたか?」
「まだですっ。でも、今後の方針は立てられましたねっ」
ときこは朗らかな笑みを隠さずに語る。察するに、茜や結城の関係を洗うことを方向性として決めたのだろう。ときこの内心は計り知れないことの方が多いが、それくらいは分かる。あかりは、確信を持って考えていた。
そうなると、この三角関係の未来にも、大きな影響を与えることになるだろう。祐介の想いの結末がどうであれ、納得できる形であってほしいものだ。あかりは、そう祈っていた。
ときことあかりは、そのまま祐介のもとへ向かう。始業時間までの間に、なるべく情報を集めておきたいところだ。あかりはそう考えていた。
祐介は、ふたりの顔を見て首を傾げる。おそらくは、なぜ訪ねてきたのか疑問なのだろう。いくらなんでも、朝だけで答えが分かるはずがないのだから。その疑問に答えるためにも、あかりは祐介に話しかける。
「あなたは、結城君については知っていますか? あるいは、茜さんの手紙について、どこまで知っていますか?」
祐介はあかりの言葉を受けて、まず目を逸らした。なにか、隠したいことがあったのだろう。あかりはそう直感した。
つまりは、結城と茜の関係について、何も知らないということはない。それなら、想いが通じない可能性も理解しているのだろうか。あかりはそう推測したが、質問することをためらっていた。
祐介は、どこか気まずそうな様子であかりに返答した。
「本当は、知ってたっす。茜は、結城に手紙を書いている可能性が高いって。でも、俺だって少しは仲良くなれたと思うっすよ」
視線をさまよわせながら語る言葉には、自信は感じられない。それでも、希望を捨てることができないのだろう。あかりには、そのように見えた。
ならば、残酷な答えを導き出すだけになるのかもしれない。想いが届かないことなど、単にありふれた結末でしかないのだから。あかりには、そんな実感があった。
そうだとしても、祐介が次の恋を見つけるきっかけになると良い。あかりはそこまで考えて、首を横に振った。答えがハッキリしていない段階で決めつけるのは、問題外だ。少し息を吸って、あかりは気を持ち直していた。
ときこは何も気にしていないような笑顔で、祐介の言葉に反応する。
「好きな相手が気になるのなら、直接聞けば早いと思いますよっ」
「それが難しいから、依頼に来ているんですよ……」
「直接誰に書いているかを聞く勇気は、俺には無いっすね……」
うつむきながら、祐介は言葉をこぼした。おそらくは、探るような行為に後ろめたさを感じている部分もあるのだろう。主となる感情は、きっと直接断られる怖さなのだろうが。あかりは、そう推測していた。
ときこは笑顔のまま、質問を続けていく。
「手紙を書いているのを知っているってことは、見たってことですよねっ。どんな状況でしたかっ」
「そうっすね……。学校で書いて、学校で捨ててるっす」
「手紙を書いて、間違えた人に渡したらどうなるんでしょうっ」
「宛名を書くのが一般的ですが、私なら何度も確認しますよ。大事なことですからね」
思いをちゃんと伝えられない恐怖は、よく分かるつもりだ。そして、その想いが届かない恐怖も。だからこそ、あかりは祐介の気持ちが分かるように思えた。
おそらくは、ほんの小さな届くかもしれないという希望と、残りほとんどのためらいがあるのだろう。それでも、きっと真実を知ることは祐介にとっては必要な過程のはずだ。あかりは、そう信じていた。
そのために、祐介の知っている情報を、少しでも引き出す。そう考えて、慎重に言葉を選んでいた。
「そうですね……。結城君と茜さんの関係については、どうですか?」
「隣の席で、同じ部活でってことは知っているっす。それ以上のことは、分からないっすね……」
目を伏せながら、そう言っていた。おそらくは、どこかに認めたくない何かがあるのだろう。あかりには、そう見えていた。
ならば、自分たちが答えを導き出さなければ、祐介は前に進めないだろう。そのためにも、今回の謎を真剣に調査する。あかりはそう決意した。
「でしたら、私達は調査を続けます。祐介君は、安心して待っていてください」
「そうですねっ。答えを見つけるのは、探偵の仕事ですからっ」
「お願いするっす。俺には、もう分からないっすから」
それは、自分の本心もなのだろう。祐介が頭を抱える姿から、あかりはそう予想していた。だからこそ、迷いを晴らすためには進む必要がある。自分たちも、祐介も。そのために、次は茜か結城のどちらかに話しかける必要があるだろう。あかりは、ときこに相談することに決めた。
「次は、どちらにしますか? 茜さんか結城君が定石ですよね」
「そうですねっ。まずは、茜ちゃんにしましょうっ。ただ、お昼休みまでは観察ですねっ」