「探偵さーん、居るっすかー? 話があるんすけどー」
それを受け、探偵事務所のドアが開く。出てきたのは、スーツを着こなした背筋がまっすぐな女。彼女は微笑むと、男子に言葉をかける。
「ご依頼でしょうか。私は、この事務所で助手を務めております、
「俺は
「なるほど。では、ご案内させていただきますね。着いてきてください」
あかりは目的地を一度差し、そちらに向けて歩き出す。祐介は周囲を見回しながら、あかりの後ろを歩く。
しばらくして、整然と家具の配置がそろった部屋にたどり着く。そこでは、優しげな雰囲気のワンピースを着た小柄な女が笑顔で手を振っていた。
「依頼人さんですねっ。わたしは、
明るい笑顔で、ときこは告げる。その様子を見て、祐介は喜色を浮かべて話し出す。
「探偵さんが相手なら、あの子も心を開いてくれるかもっすね。助手さんも、頼れそうっすよ」
「会ってみなくちゃ、分からないと思いますよっ」
「もう、ときこさん。私達を頼っていただき、ありがとうございます」
ときこは笑顔のまま祐介に返答し、あかりはときこをたしなめる。その後、祐介に向けて一礼した。祐介は、頭をかきながら、照れたような顔を見せていた。その姿は、あかりには女性慣れしていないもののように見えた。
まずは、依頼人の心を開くことが第一だ。そのためにも、にこやかに接することだ。あかりは、意識して穏やかな笑みを浮かべていた。
「どんな謎が待っているのか、気になりますねっ」
「ときこさんは理論立てて考えるのが得意なので、色んな情報をまとめてくれますよ」
「なら、あの子がどんな事を考えてるのか、分かるかもしれないっすね」
祐介は真剣な様子でときこを見る。あかりには、期待を込めた目に見えていた。おそらくは、あの子とやらの心が依頼の中核なのだろう。それならば、祐介の恋を導くのかもしれない。あかりはそう考えていた。
「それでは、話を聞かせてくださいっ。それが分からないことには、何も始まりませんからっ」
「ふふっ、そうですね。ゆっくりと、話していただければと。時間には、余裕がありますからね」
ときこは同じ笑顔のまま、祐介に言葉をうながす。あかりは落ち着いた声を意識して話していた。それを受けて、祐介はゆっくりと話し出す。
「同じクラスに、手紙を書いてはゴミ箱に捨てる女の子がいるっす。その理由が、どうしても気になって」
祐介は少しうつむき、もじもじとした様子で話していた。その様子が、あかりには想い人の心を知りたい姿に見えた。
聞くには時期尚早かもしれないが、重要な判断材料になる。まずは口を軽くするためにも世間話を振ろう。そう考えて、言葉を紡いでいく。
「なるほど。普通は手紙を書いたら誰かに送りますもんね。不思議に思うのも、無理はないかと」
「そうっすよね。なんで捨てるのか、気になって仕方ないっす。送る勇気が出ないにしたって、別の選択があるはずっすから」
祐介は、視線を固定できない様子で語っていた。祐介の興味は、本当に手紙に対してだけのものだろうか。根本的には、手紙を捨てる女の子への感情が元になっているのではないだろうか。そんな疑いを、あかりは抱いていた。
恋をすること自体は、悪いことではない。ただ、単なる好奇心だけで人の心を暴こうとしているのならば止めたい。それも、あかりの本心だった。
だからこそ、祐介の心に触れる必要がある。そうでなければ、探偵は単なる野次馬に成り果ててしまうのだから。その感情こそが、あかりの誇りだった。
そのために、まずは話を進める。祐介の感情を引き出すための言葉を、あかりは慎重に選んでいった。穏やかな笑顔を意識しながら。
「それなら、聞こうとは思わなかったんですか? もしかしたら、言ってくれるかもしれませんよ」
「手紙を漁っちゃえば、すぐに答えが分かりそうですねっ」
そんなことを、ときこは明るい笑顔で言う。あかりは、思わずため息をつきたくなった。あくまであかりは助手でしかないが、ときこは探偵としての守るべき一線を平気で踏み越えようとしているように見えた。
あかりは頭を抱えながら、呆れを隠しきれずに言葉を続けていった。
「捨てたということは、見られたくないということです。せめて、その一線は守りましょう」
「どうせ答えを調べるのに、必要なんですかっ」
「それでも守るべきものはあるんです。そう、納得してください」
そう言いながら、あかりはときこの目をじっと見る。しばらくして、ときこが折れた。
「あかりちゃんが言うのなら……。でも、手間が増えちゃいましたねっ」
「見てはいけないものは、あるんですよ。特に、人の心には」
「その言葉を聞くと、カリギュラ効果を思い出しますねっ」
「なんすか、そのカリなんとか効果って」
その言葉に、祐介を置き去りにしていたことに気づいたあかり。咳払いをして、ときこに視線を向ける。すると、ときこは楽しそうに話を続けた。
「カリギュラ効果は、禁止されたことをやりたくなるそうですよっ。なら、失恋を禁止したら失恋したくなるんでしょうかっ」
そんな事を明るい様子で言う姿に、あかりは思わず頭を抱えそうになった。そのまま、素直に言葉を返していく。
「嫌なことをしたくなる効果は、無いと思いますよ」
「なら、怖いことはしたくないんでしょうねっ」
「傷つくと知っていても本心を知りたい時は、ありますよ」
それでも知る勇気が出ないことも。あかりは祐介の心情に共感できるような、できないような、そんな不思議な心地の中に居た。
「なるほどっ。怖いもの見たさでしょうかっ」
「ときこさんは、自分の感情を語りたがりませんでしたよね」
あかりは話をそらしてごまかす。ときこにだけは、知られたくない感情だったからだ。
「そうでしたねっ。あかりちゃんは、私にいっぱい感情を表現していましたよねっ」
あかりは沈黙で返した。今の自分の感情を、悟られないように。それを気にした様子もなく、ときこは言葉を続ける。
「見たくないって言われたら、つい見たくなったりしますよねっ。私は、それで怒られたこともありますよっ。あかりちゃんのパソコンを見たときにっ」
「ああ、手紙の内容が気になっている俺みたいなものっすか。やっぱり、良くないことっすよね」
そう言って、祐介はうつむく。あかりは、少し判断に迷った。祐介が依頼を取りやめて、それで祐介にとって良い未来が訪れるだろうか。何らかの形で心理に決着をつけられないのなら、同じような悩みが続くだけではないのだろうか。
あかりはしばらく顎に手を当てて考え、もう少し祐介と会話を続けると決めた。
「あなたは、単なる興味本位で聞こうとしているのですか。それとも、何か理由があるんですか」
その言葉に、祐介は鼻をかく。おそらくは、言うべきか迷っているのだろう。ここでの答えが、今後自分たちがどう動くべきかを決める。あかりは、笑顔で祐介の方を見ていた。
しばらくして、祐介は一度下を向き、そしてあかりに向き合った。
「あの……。その手紙が誰あての物か知りたいんす。それで、十分っす」
あかりは、不安そうな祐介を見て、依頼を受けることに決めた。おそらくは、今回の答えが出ない限りは、祐介は迷い続けるのだろう。そして、何も行動できなかったと後悔する日が来るのだろう。
だからこそ、できる範囲で祐介を支えよう。あかりは、そう決意していた。
「分かりました。宗心探偵事務所に、お任せください。私達は、その答えにたどり着いてみせます」
「そうですねっ。私としては、今回の謎を解いてみたいですから。興味深いですよっ」
「なら、お願いするっす。あいつが、
そう言って、祐介はふたりに頭を下げる。その様子を見て、あかりは確信した。祐介は、茜という子に想いを寄せているのだと。だから、好奇心が抑えきれなかったのだと。
ならば、結末がどうあれ、祐介を応援していよう。あかりはそう決意して、ときこに目配せする。そしてときこは、堂々とした顔で宣言した。
「この謎に込められた想い、解き明かしてみせますっ!」