それから、幸子が戻ってくるまでしばらく待つふたり。そこに、早足で幸子がやってきた。
「待たせて悪かったね。それで、何か分かったかい?」
「ある程度は、ですねっ。とりあえず、一歩進みましたっ」
「ですので、もうしばらく話を聞かせていただけますか?」
「ああ、もちろんさ。それでふたりの関係が改善されるのなら、十分だよ」
落ち着いた表情で、幸子は語り始める。ときこは腕をぶらぶらさせながら、あかりは姿勢を正して聞いていく。
「あの子達は、付き合い始めたばかりでね。高校に入って、しばらくしてから愛花ちゃんが告白してくれたんだよ」
「付き合う前と後でも、同じ人なんですねっ。興味深いですっ」
「別人になったら、付き合う意味がないですよ……」
あかりは呆れを隠そうともせずに、ときこの言葉に反応する。とはいえ、ときこの言うことに理がないとは言い切れない。付き合う前と後で人柄が変わることなど、珍しい話ではないのだから。もしかしたら、剛にも何か変わるきっかけがあるのかもしれない。そう推測していた。
幸子は慣れた様子で、ふたりの掛け合いを見ていた。そして、どっしりと頷く。
「ほんと、その通りだね。でも、付き合いをきっかけに、愛花ちゃんは明るくなったよ。そこは、剛を褒めてやるべきところだね」
「それなら、その明るさを取り戻したいですね。今は、少し不安を感じているみたいですから」
「答えが都合の良いものとは限りませんけどねっ」
「ううん。あのふたりなら、大丈夫さ。だから、安心して答えを探しておくれ」
落ち着いた顔で語られる言葉に、息子たちへの確かな信頼を感じたあかり。自分たちより長く二人を見てきたのだから、信じられるはずだ。なら、後はときこを支えながら、まっすぐに進むだけだ。あかりは幸子の表情を刻み込みながら決意をした。
ときこに目配せすると、頷いて返される。このまま、謎解きを続ける。きっと答えにたどり着けるはずだ。あかりは、そう信じていた。
「なら、もう少し話を聞きましょうかっ。幸子さんから見て、最近のふたりはどうですかっ」
「やっぱり、付き合い始めたばかりなだけあって、ずっとイチャイチャしていたよ。こっちの家に来た時は、何度も見ていたね」
「気になったんですけど、イチャイチャしていたら、他人でも好きになるんでしょうかっ」
「明らかに順序が逆ですよ……」
「ほんとだよ。ずっと一緒に居たふたりだからこそ、意味があるんだよ」
ついに幸子は、ときことあかりの掛け合いに混ざり始めた。あかりはときこの額を指でつついた。若干の呆れを込めながら。
「もう。幸子さんに呆れられたらどうするんですか。まったく、困った人です」
「ひどいですよっ、あかりちゃん。どうして急に、つついてくるんですかっ」
「あははっ、仲の良いことだ。探偵さんは、助手さんを大事にしなよ。きっと、剛にとっての愛花ちゃんくらいには、大事だろうからね」
「それは、評価してくださってありがとうございます」
あかりは、自分が自然な笑顔を浮かべていると自覚していた。やはり、認められると嬉しいものなのだ。そんな相手に、報いたい。あかりは、また依頼への熱意を深めた。
「とりあえず、幸子さんに聞けそうなことは聞けましたねっ。今度は、別の人に聞いてみましょうっ」
そう言って去ろうとするときこを捕まえ、あかりは頭を下げる。幸子は笑いながら、軽く手を振っていた。
幸子と別れた後の事務所には、まだ愛花が待っていた。愛花は、ふたりの姿を見て勢いよく駆け寄る。そして、ときこの方を見ながら問いかけた。
「どうでしたか? 何か、分かりましたか?」
必死そうに告げられる言葉に、あかりは愛花の不安を感じた。おそらくは、待っている時間に感情が増幅していったのだろう。だからこそ、まずはあかりから話し始める。
「大丈夫ですよ。幸子さんも、ふたりの関係を信じているようでした。きっと、そう簡単に壊れたりしないですよ」
「でも、私……」
胸元を握りながら、愛花はうつむく。そんな様子を気にしていないような笑顔で、ときこは告げる。
「とりあえず、神社に通うのが嫌という理由ではなかったみたいですっ」
「なら、どうして絵馬に何も書かなかったんですか? やっぱり、私との関係に不満があるから……」
愛花の目からは、涙がこぼれていた。あかりはそっとハンカチを渡しながら、愛花に優しく語りかける。
「大丈夫ですよ。おふたりは、幼馴染なんでしょう? ちょっとやそっとで、嫌いになったりしません。そうじゃなかったら、そもそも付き合えないんですから」
おそらくは、事実だ。なにせ、幼馴染として接していれば、嫌なところなんていくらでも目に入るだろう。剛の母である幸子まで関わる付き合いなのだから、なおのこと。
だからこそ、よほどの理由がない限り、剛が愛花を嫌いになるなんてことはない。もちろん、愛花が相当な失敗をした可能性もあるが。だが、あかりは愛花を信じていた。きっと、剛を傷つけるような子ではないと。
愛花は涙をぬぐい、あかりと目を合わせる。そして、力強く頷いた。
「分かりました。まだ、不安ですけど……。でも、剛君を信じます。信じたいです。きっと、深い理由があるんだって。だから、お願いします。本当のことを、教えて下さい」
愛花は深く頭を下げる。あかりは目線を合わせて頷き、ときこは笑顔で頷いていた。そして、愛花は男者のリストバンドを取り出して、左腕に付けた。おそらくは、思い出の品。そしてきっと、贈り物なのだろう。愛花の決意を秘めた瞳に、あかりは希望を感じていた。
そして愛花は帰っていった。うっすらとした暗がりに向けて、まっすぐに。