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第2話 大きな手がかり

 謎を解くと決めたあかりは、まず方針を決めるために、愛花にもう少し話を聞いていくことにする。何から調査するべきか、愛花の話から判断するつもりだった。


 愛花と向き合っていると、ときこが先に問いかける。


「絵馬を書くということは、神社に行ったんですよねっ。どちらから誘ったんでしょうかっ」

「それは、私からです。せっかくだから、一緒の思い出を作りたいって」


 愛花は、振り返るかのように上を見ていた。あかりから見て、その思い出づくりが、今回の依頼に繋がっている。言ってしまえば、良くない思い出を作ってしまったのだろう。愛花にとっては、空白の絵馬が二人を引き裂くように思えたのだろうから。


 だが、それを良いものに変えることこそ、自分の使命だろう。そう考え、愛花をまっすぐに見据えて言葉を紡いでいく。


「絵馬に何も書かないなんて、神を信じたくない年頃だったとかでしょうか。可能性としては、ありそうですよね」

「ああ、話には聞きますよね。男の人には、そういう時もあるって」


 同意しながらも、愛花の表情は納得しているようには見えない。本人たちにしか分からない何かがあるのだろう。だが、適切な質問も思いつかない。そんなあかりを前に、ときこが話し始める。


「神社について、剛くんとの思い出は何かありますかっ」

「そうですね。色々と教えてくれたんです。二礼二拍手一礼とか、柄杓のお水をどんな順番でかけるかとか、参道の端を通らなくちゃいけないとか」

「ああ、神様の通り道って話でしたね。真ん中を通りたがるって、目立ちたがりなんでしょうかっ」

「神社の主は神様なんですから、当たり前じゃないですか?」


 愛花は楽しそうに笑っている。ときこの方に視線が向いているので、変わった反応が面白いのだろう。実際、ときこはズレた反応をすることが多い。今も、笑顔で愛花の言葉に反応していた。


 話を続けることで、依頼に必要な情報を引き出すと同時に愛花を楽しませられないかとあかりは考えた。


 あかりが特に何も言わずとも、愛花は新しい情報を話していく。


「そういえば、彼はお母さんに誘われて神社に通ってましたね。受験とかでも、私に告白するときでも」

「神に頼むって、相手の想いを操ってほしいとかですかねっ」

「そんな訳ないでしょう。現実は変わらないとしても、少しくらいは何かあってほしい。そんな祈りを込めているんですよ」

「あはは、私は神様に操られたから好きになったわけじゃないですよ。もっと前から、ずっと好きだったんです」


 温かさを感じる顔で、愛花は語る。あかりは、強い共感を抱いていた。ずっと同じ人を想い続ける気持ちは、とても尊い。恋を続けるということにも、多くの障害が立ちはだかるのだから。例えば、今のように。だからこそ、愛花が報われてほしいという思いを、更に固めることになった。


「でしたら、母親に誘われたから通っていただけの可能性もありますね。だから、祈る気持ちにならなかった」

「剛君は、一緒に書こうって言った時、ちょっと黙り込んじゃって。もしかして、ホントは嫌だったのかな……」


 愛花は、どこか遠くを眺めながらこぼした。あかりから見て、可能性はいくつかある。愛花の言う通りに嫌だったというのも、考察のひとつだ。


 だからこそ、剛の心を解き明かすことは、二人の今後に影響するだろう。少なくとも、神社という場所を楽しめるかどうかは大きく変わる。あかりは、拳を握って気合いを入れ直した。


「どうでしょうかっ。いずれにせよ、剛くんが神社をどう考えているのか、証拠は足りません。ご両親に、話を聞いてみましょうっ」

「なら、ちょうど良いですね。明日は、彼のお母さんが神社に行くそうなんです」

「でしたら、連絡を手伝っていただけますか? こちらから急に話をするより、通りやすいでしょう」

「分かりました。彼のお母さんとは仲がいいので、きっと大丈夫だと思います。お願いです。彼の本当の気持ち、教えて下さい」


 そう言いながら、頭を下げる愛花。ときこは笑顔で返し、あかりは胸の前で拳を握りながら頷いた。


 次の予定が固まったので、愛花と別れたときことあかり。そして、愛花を通して連絡した剛の母親に、ふたりは会いに行った。待ち合わせ場所である剛の家の前では、母らしき女と剛が話していた。


「愛花ちゃんみたいな良い子、困らせたらダメじゃない!」

「俺にだって、事情があんだよ。愛花には悪いとは思うが、説教される筋合いはねえよ」

「そんなこと言って、振られても知らない……あっ、探偵さん。ようこそ!」

「今日は俺には話はないんだろ。じゃあ、おふくろだけでいいよな」


 剛は足音を響かせながら、家に入っていく。そんな様子を、母は呆れた様子で見ていた。見るからに、剛は母に反発している。その調子で、愛花にも反発したのではないだろうか。あかりは、そんな疑いを抱いた。


「ごめんなさいね。うちの子、ちょうど反抗期みたいで。家の手伝いくらいはしてくれるのが、救いなんだけどね」

「いえ、お気になさらず。あの年頃の子供には、ありがちでしょうから」

「大丈夫ですよっ。それで答えが遠ざかったりしませんからねっ。反抗期なら、単純ですよねっ」

「あ、私は近藤こんどう幸子さちこ。おふたりのことは、愛花ちゃんから聞いているよ」


 あかりは丁寧に、ときこは笑顔で返す。幸子は、少し困ったように頭をかいていた。実際問題、反抗期の人間が彼女に素直になれないというのは、よく聞く話だ。あかりとて、実際に見たこともある。


 だから、愛花が嫌われていないことを祈りたいところだ。単なる反発心ならば、愛花を泣かせたことに思うところはあるにしろ。愛花を笑顔にするためにも、できるだけ早く問題を解決したいところだ。そう考えて、あかりは会話を続ける。


「剛さんは事情があると言っていましたし、何かあるのかもしれませんね」

「なら、追いかけてみましょうかっ。隠しているものが見つかるかもしれませんよっ」

「どうせ言いやしないよ。くだらない理由だったら、どうしてやろうかね」


 幸子は軽く拳を握って話す。察するに、愛花に情を抱いているのだろう。少しの仕草だけで、あかりには3人の関係が見えた気がした。幸子は続けて、勢いよく語り続ける。


「あの子と愛花ちゃん、ずっと一緒だったのよ。昔っから仲が良くてね。嫁に迎えるのなら、あの子しか居ないって思うのよね」

「子供の頃から仲が良いって、飽きないんでしょうかっ」

「そんな不謹慎な……。それに、人間関係に飽きるも何も無いでしょうに。何より、人は変わるものですよ」


 幸子は大笑いしてから息を整え、また話し始める。あかりはときこを叱りたかったが、話の腰を折るわけにはいかず断念した。


「その通りだよ。でも、変わらないこともあるはずさ。私と剛が親子であることのように、愛花ちゃんと剛が幼馴染であるようにね」


 家のあたりを見つめながら、穏やかな表情で語る。剛と愛花には、たくさんの思い出があるのだろう。あかりは、声色だけでも理解できた。噛みしめるような語り口だったためだ。


「なら、この問題も解決したいですね。今後も、ふたりの関係が続くように。頑張りましょう、ときこさん」

「そうですねっ。謎の答えも、気になりますからっ」

「確か、神社の話が聞きたいんだったね。なら、いつも行っているところに案内するよ」


 そう言い、幸子はときこ達を先導する。相変わらず、口を動かしながら。ときこは軽やかに歩き、あかりは車道側に向かった。


「あの神社には、安産祈願の時から何度も向かったものさ。その縁で、剛だって連れて行ったよ。そのおかげだろうね。あんな良い彼女ができたのは」

「子供を神社につれていくと、モテる子になるんでしょうかっ」

「なら、神社は今の10倍では済まないくらい儲かっているでしょうね……」

「あはは、そうかもね。でも、剛と愛花ちゃんの出会いは神様のお導きだった。そう思うのさ」


 何度も頷きながら、幸子は語る。愛花のことを、よほど剛にふさわしいと感じているのだろう。それなら、あるいは本人以上に関係を心配しているのかもしれない。あかりから見ても、愛花は可愛らしいものだ。


 だからこそ、愛花の本当の笑顔が見たい。あかりはそんな願いを抱きながら、道の先を見ていた。


 そのまましばらく会話を続け、ようやく神社へとたどり着く。大きな鳥居が構えられた、古めかしくも神聖さを感じられる場所。あかりはそう感じた。


 鳥居の奥に、広い敷地と大きな本殿、そしていくつかの建物が見える。ここは縁近市にある唯一の神社だ。そのため、多種多様な祈りを向けることが多い。交通安全、安産祈願、無病息災、合格祈願、そして恋愛成就。この地域に、とても密接に結びついている場所だと言えた。


 道中で幸子が語ったところによると、剛や愛花の七五三の祝いもここで行ったようだ。


「さあ、着いたよ。社には、まっすぐ進めばいいよ」


 そのまま、幸子に連れられてまっすぐに鳥居を進む。そして、本殿に向かっていった。


「案内してなんだけど、少しトイレに行かせてちょうだい。ずっと話し続けてて、そろそろ厳しいんだよ」

「分かりました。ごゆっくりどうぞ」


 そうして、幸子は去っていく。ときこは、相変わらずの笑顔のまま、じっと幸子の方を見ていた。


「これで、親御さんに合わせているだけである可能性は排除できましたねっ」


 その言葉に、あかりは困惑する。いったい、なぜ理解できたのだろうかと。その感情とともに、ときこを見返す。ただ、ときこの推理は正しいのだろう。経験と直感が、あかりに思わせていた。


「すみません、どういうことですか? 今の流れだけでは、分からなくて……」

「簡単ですよっ。剛くんは、参道の端を通るべきだと言っていたはずですっ。でも、親御さんはまっすぐ参道を渡りましたよねっ」

「なるほど! 親から教わった情報ではない。つまり、剛さんは神社を軽んじていない!」


 ときこは手を打って感心していた。やはり、ときこの観察眼は素晴らしい。自分よりも、依頼人の役に立てているのだろう。そんな感覚に、わずかな悔しさと大きな尊敬を認めていた。


「そういうことですっ。だから、絵馬を書かない理由は、信仰心以外の理由になりますねっ」

「なら、剛さんは本当に愛花さんに反発していたのでしょうか」


 あかりは、自分の推測を話していく。これが、ときこが答えを見つける手がかりになれば。同時に、正解でなければ良いと祈りながら。対して、ときこはゆっくりと首を横に振る。


「まだ、分かりませんよっ。分かったのは、神社の話だけなんですからっ」

「でしたら、まだ情報が必要ですね。幸子さんにも、もう少し聞いてみましょうか」

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