「すみませーん、探偵さんはいらっしゃいますかー? お願いがありますー!」
チャイムの音と共に、高く響く声が届く。小さなビルの一階部分、その玄関口に、学生服を着た少女が居た。年の頃は高校生あたりで、明るい印象を持っている。夕日が差し込む中、その光に映えるような輝きを持っている。
ドタバタとした足音が起こり、扉が開く。そこには、スーツをぴしりと着こなした、長い髪を後ろにまとめている女性が居た。
彼女は少女を見て微笑み、ゆっくりと話し始める。身長差を合わせるために、少しかがんで目線を合わせながら。
「ようこそ、宗心探偵事務所へ。私は、助手を務めている
「私は
「そうですね。探偵は中におりますので、案内しますね」
少し低く、落ち着いた声であかりは答えた。そのままあかりは左手で扉を開いたまま、右手で部屋を指し示す。愛花はペコリとお辞儀をし、早足で玄関に入る。
「探偵さんなら、きっと私の悩みを解決してくれますよね」
軽くうつむきながら、愛花は語る。その姿に、あかりは強い不安を見た。ならば、少しでも安心させよう。そう考えて、優しい笑顔を意識しながら愛花に返事をしていく。
「はい。少し待たせてしまうかもしれませんが、お許しを。うちの探偵は、お寝坊さんですから」
その言葉に、愛花は軽く笑った。そのまま、あかりに連れられてまっすぐに歩いていく。その先にある扉の前で、あかりは手を出して制止した。
「では、探偵を呼んで参りますね。ときこさーん、依頼人の方がやって来ましたよー!」
ガラス付きの扉からは、大きな机とソファが覗く。その奥から、人影が近づいてくる。ゆっくりとした足音が届き、最後にはノブが回されて扉が開く。それと同時に、果物のような甘い匂いが届いた。
「ふわぁ……。お客さんですかっ。今回は、どんなご依頼でしょう」
呼び声に答えてやって来たのは、ワンピースを着た女。輝く白い髪を短く切りそろえた、ふわふわした雰囲気を持っていた。彼女は、目をこすりながら来客を見つめる。少し見上げた様子で、首を傾げながら。
少し鼻にかかったかのような声で、緩やかに話している。ニコニコしながら、依頼人と目を合わせていた。
依頼人の少女は、探偵を見て目を輝かせてるように見えた。あかりから見ても目を引きつける存在であったので、驚くこともない。
「わーっ、探偵さん、お人形さんみたいですね! あかりさんも、すっごく凛としてます!」
先程までとは打って変わって、両手を胸の前で合わせて、興奮した様子で話していく愛花。その姿を見て、あかりは笑みを隠せなかった。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「ああ、お人形さんみたいって、可愛いって意味なんですね。ありがとうございますっ」
あかりの返答に少し遅れて、探偵が返事を返す。あかりは、呆れたまま依頼人に向けて話し始めた。
「こんな感じで、ちょっと変わっていますけど。だからこそ、人には分からない謎も解けるんですよ」
「なら、期待していますね! きっと、彼の本心を教えてくれるって!」
依頼人は、期待を込めたような瞳で探偵を見つめている。ただ、あかりから見て、少し陰もあるように判断できた。その様子を確認して、あかりは柔らかい笑みを浮かべながら話し始めた。
「なら、ときこさんが適任ですね。お願いします」
「依頼を受けたいということですねっ。私は、この事務所の主、
「はい。長くなるんですけど、良いですか?」
ソファに座った愛花は、少しうつむきながら、ささやくような声で話し始める。目を伏せていることもあり、あかりは愛花が深刻な問題を抱えているのだろうと判断した。メモを取り出し、話を聞く姿勢に入る。
「もちろんですっ。正確な情報こそが、謎解きの基本なんですからね」
「そうですね。ゆっくりと話してください。無理に感情を隠す必要はありませんよ」
ときこは直球で話しかけ、あかりは愛花を落ち着かせようと考え、穏やかに話す。まっすぐに瞳を見つめながら。その様子を見て、愛花は安心した様子で続けていく。
「私には、恋人がいるんです。それで、彼と一緒に神社に行ったんですけど。一緒に絵馬を書いたはずなのに、飾られた絵馬には、何の願いも書かれていなかったんです」
うつむきながら、愛花は語る。涙がこぼれそうにもなっている。膝の上で拳が握られ、声も沈んでおり、あかりには、まるで失恋したばかりのような顔に見えていた。
きっと愛花は空白の絵馬に、空白の未来を見たのだろう。恋人にとって、ふたりの未来に願うことなどないと。その程度の関係なのだと。
だから、あかりは愛花の手をそっと握る。あかりの方を見た愛花に、できるだけ穏やかな顔を見せた。
「きっと大丈夫です。ときこさんなら、あなたの恋人が何を考えているのか、見つけてくれますよ」
「まだ、情報が足りないですけどっ。これから、聞かせてくれるんですよね?」
「はい、もちろんです。私と彼、
「幼馴染と言えば、単純接触効果が思いつきますねっ」
愛花は、ときこの言葉に目をぱちくりさせていた。あかりは、急な話の転換に驚いているのだろうと判断する。ただ、愛花はすぐに落ち着いた様子で話を続けていく。
「単純接触効果って、なんですか?」
「簡単に言えば、接した時間が長いほど好きになるんだそうですっ。なら、どうして私はあかりちゃんに恋をしていないんでしょう?」
「それなら、家族全員に恋することになりますよ……」
呆れを隠せないまま、あかりはときこの言葉にツッコミをいれる。その様子を見た愛花は、少しだけ笑顔を見せていた。それに効果を感じたあかりは、ときこを制止しないことを決めた。愛花の心が上向きになることを期待して。
「確かにそうですねっ。なら、私があなたに恋をしていないのも自然なんですねっ」
「そうですね。普通は、そうなんだと思います」
あかりは、わずかな寂しさを覚えながらときこを見ていた。ほんの少し、拳を握りながら。
「ときこさん、天然なんですね。なんとなく、天才なのかもって思います」
「そう思われることは、多いみたいですね。ずっと一緒に居ますけど、まだ分からないこともあります」
ときこの方を、感慨深く見つめるあかり。愛花は、クスクスと笑っていた。
「長い付き合いだけでは、好きにならないんですねっ」
「好きになることも、ありますけどね。そういえば、ときこさんは神社やお寺には行きたがりませんでしたよね。よく面倒だと言っていました」
「だって、祈って問題が解決するのなら、人類の問題なんて、ほとんど解決していますからっ」
「あはは、おふたりとも、仲がいいんですね。まるで、私と彼みたいです」
あかりは、愛花の言葉に確かな希望を感じた。仲が良いと認識しているのなら、まだ別れるような段階には達していないのだろう。それならば、関係が壊れる引き金を引くことはない。
その確信を得たあかりは、愛花に対して話を続けることに決めた。作り物ではない笑顔を浮かべている自分を自覚しながら。
「なら、ちゃんと原因を知りたいですよね。もう少し、話していただけますか?」
「もちろんです。彼と私は、仲良くやっているはずなんです。だから、余計に気になって……」
「絵馬に何も書かないということは、願いが無い可能性が高いですからね」
「そうなんです……。私は、もっと仲良くしたいのにな……。私のこと、嫌いになっちゃったのかな……」
再び、愛花はうつむきだす。スカートの端が握られ、シワになっていく。おそらくは、別れる未来を想像しているのだろう。頭の中で、同じ考えがぐるぐると回っているのだ。そう判断したあかりは、ゆっくりと穏やかな声を意識して話していく。
「大丈夫です。今だって、普通に話ができているんですよね。嫌いな相手なら、無視したり、態度が悪くなったりするはずです」
「でも、不安で……もし別れるなんてことになったら、私……」
愛花は目に涙を溜める。だんだんか細い声になり、あかりは強い不安を見て取っていた。だからこそ、愛花の手を自らの胸のあたりに持っていき、両手で包みこんだ。少しでも、人のぬくもりを感じられるように。
「そうならないように、私達が居るんです」
「まずは、答えを見つけてみますねっ」
あかりは穏やかに話し、ときこは明るく話す。愛花は涙をぬぐい、前を向いた。
「うん、そうですよね。そう信じたいです。探偵さん、お願いします。どうして彼が絵馬に何も書かなかったのか、教えて下さい」
「はいっ。この謎に込められた想い、解き明かしてみせますっ!」
まっすぐな瞳でときこは語り、愛花は期待を隠しきれない瞳をときこに向けていた。