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二十九本目:後悔しない選択などない

 ──漆黒の道着に着替える。

 刀哉との最後の試合の時も、僕はこの道着を着ていた。


 八咲が道着を着て来いと言うからには、それ相応の意味があるのだ。 

 孤独に病と闘い続けた八咲を理解し、彼女を孤独から解放する。


 覚悟を決めた八咲に、死ぬなとは言えない。助けてやるとも言えない。ただ、孤独のまま死なせたくない。君は独りではないのだと、それを伝えなければならない。


 上着を羽織り、竹刀袋を持つ。中には験の良い、試合用の竹刀が一振り。足袋に足を通す。学生なら本来靴なのだろうが、恰好が様にならないのでやめておく。外でも履けるように改良された足袋だ。室内ではもちろん脱ぐ。


 玄関に腰を下ろし、外出用の足袋を履いていると、後ろで床が軋む音がした。振り返らない。その人の貌を見てしまったら、泣き崩れてしまいそうだから。


「振り返らずに聞きなさい」


 その人は僕の後ろから言葉を投げかける。僕は足袋を履きながら聞く。


「私はあなたを、弟子として心の底から大切に想っています」


 そんなことは知っている。とっくの昔から知っている。

 この人ほど僕を理解してくれている人はいない。師匠の愛は偉大なのだ。


「あなたはどんな困難にも立ち向かう勇気がある。強さがある。だから私は胸を張って言いましょう。あなたは私の一番弟子だと」


 その言葉が、僕の背中を強く押してくれた。


「後悔しない選択などありません。あなたは必ず後悔をするでしょう」


 分かってる。とっくに後悔してる。もっと早く、このトラウマを克服するべきだった。もっと早く、刀哉と向き合っていればよかった。もっと早く、八咲のことを理解していればよかった。考えれば後悔しかない。僕はきっとそういう生き物なのだろう。


 先生もそれが分かっている。だからこう言うんだ。


「だからせめて、清々しく後悔できるよう、全力でぶつかってきなさい。彼女は必ず、あなたを受け止めてくれるはずだから」


 戸に手を掛ける。先生はもう、何も言わなかった。


「ありがとうございます、先生……行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 そうして、僕は前に進む。八咲の待つ場所へ。



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