「──達桐、すまんが退部してくれ」
何を言われているか分からなかった。
目の前には部長。かつてないほど厳しい顔をして、誰もいなくなった道場で僕の前に立っている。
沈黙が流れる。帰りにコンビニに寄ろうと、誰かが外で友達に声を掛けていた。
「これは俺一人の意見じゃない」
息ができない。喘ぐように「あ」だの「う」しか言葉を発せない。
自分の瞳孔が嫌というほど見開かれているのが分かる。
「三年の幹部全員で話した結果だ」
蘇る。部活の時に聞こえた、呆れ混じりのため息。期待なんて微塵もない、冷めた目。
「一か月後に、全国への予選があることは知っているな?」
もちろんだ。大きな体育館に県の全高校が集まり、一日かけて行われる大会がある。
先輩たちがその大会で全国に出場するべく稽古を重ねていたのは知っている。
僕は、雑用くらいでしか貢献できなかったけど──。
「おまえが今日、一度も吐かずに、倒れずにいたのは分かってる。努力を重ねていたんだというのは分かってる。それでも、まだ防具を着けて稽古はできないんだろう? 俺たちも引退の懸かった最後の大会なんだ。それで、その、やはり士気というものがだな……」
当然、か。これから稽古は一層激しさを増すだろう。緊張感も増すし、みんなより真剣に稽古に打ち込みたいはず。一秒だって無駄にしたくないはずだ。
僕みたいな臆病者は、全国を目指そうとする先輩たちにとって邪魔でしかない。
それが、痛いほど、理解できてしまったから。
「……、……分かり、ました」
返す言葉はそれだけ。部長の表情が目に入る。どこか申し訳なさそうな、されど、今まで背負い続けた大きな荷物を下ろせたかのような、微かな安堵感。
部長は常に部のことを考え続けてきたのだろう。そして、おそらく同期や後輩から僕のことに関して言われたことは今回が初めてじゃない。何度も何度も言われ続け、なんとか宥めてここまで耐えてくれていたのだと思う。
全部妄想だ。真実は分からない。実は部長も早く僕を追い出したかったのかもしれない。でも、少しでも都合の良い方に考えておかないと、僕の心が壊れてしまいそうで。再び粉々となったこの心の動力すらも、止まってしまいそうな気がして。
「すみま、せんでした」
怯えた猫のような掠れ声を絞り出すので精いっぱいだった。
何を浮かれていたのだろうか。たとえトラウマが改善されつつあったとしても、僕は一度壊れた剣士でしかないのだ。
折れた剣を拙い手つきでもう一度くっつけたところで、かつてのような切れ味など戻るワケがないじゃないか。
どうしてそんな当たり前のことを忘れていた。いや、見失っていたのか。
僕という存在に貼られたレッテルが、ほんの少し進んだだけではがしてもらえるだなんてそんなご都合主義なことないだろうに。
現実は、そんなに優しくなんかないと、痛いほど思い知っていたはずなのに。
ああ、そうだ。これが現実だ。心を打ち砕く鉄槌が、僕を夢から覚ましてくれた。
「……一度退部した人間が再び入部することは規則上、違反じゃない」
僕の肩に手を置いて、耳に語り掛けるように五代部長はそう言った。
「すまないな、達桐……分かってくれ」
部長が僕の横を通り過ぎる。靴を履く音。竹刀を担ぎ直す音。扉を開ける音。軋む音。閉じ切った音。道場内に木霊し、やがて消えた。
それと同時だった。僕の心、は。