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僕よ、剣になれ
猫侍
現実世界現代ドラマ
2024年11月29日
公開日
94,309文字
連載中
剣道好きの少年、達桐 剣司(たちきり けんじ)は幼馴染の霧崎 刀哉(きりさき とうや)と約束を交わした。

全国を懸けて、競い合おう。

その約束は剣司にとって『夢』となり、日々稽古に励んだ。
やがて二人は中学最後の大会で対戦するが、試合中の事故で剣司が刀哉の腕を折ってしまう。
この事故が剣司のトラウマとなり、彼は誰かに竹刀を構えることができなくなってしまった……。

しかし、彼は気付いていなかった。
その試合を、悲劇の一部始終を、
憐れんだ瞳で見ている少女がいたことに。

絶望を抱えたまま高校に進学した剣司。剣道部だけは入るまいと決めていたが、
そこで刀哉と再会することとなる。
彼に引っ張られてあれだけ忌避していた剣道部に足を運んでしまう剣司だったが、
剣道場で上級生を圧倒する、凄まじい強さの少女と出会う。

少女の名は、八咲 沙耶(やつざき さや)。刀哉とは中学からの知り合いらしい。

「これは恥ずかしいところを見せてしまった。刀哉と知り合いらしいな。そのデカブツが迷惑をかけていないか?」
「現在進行形で掛けられています……」
「それもそうだな」

硝子のように美しく、穢れがない笑顔。
しかし、どこか儚さと脆さを感じさせる──八咲 沙耶は、そんな少女だった。

剣司と、刀哉と、沙耶。
二人の剣士が約束を交わしたことで始まった物語は、一人の少女を交えて加速していく。

僕よ、剣になれ。
彼女という鞘に還るために。

人間の感情を瑞々しいままに描き、
動きある描写を実体験からより鮮明に書き連ねる。
これは、あなたの魂を切り裂く物語。

序章:傷だらけになった約束

「負けちゃったなぁ、最後の大会」


 僕──達桐たちきり 剣司けんじは自転車を押しながら帰り道を進む。


 日はだいぶ傾いている。雲が焼かれて黄金色に輝いていた。


 だけど、今だけだ。あと一時間もしないうちに真っ暗になる。


 早く帰らなきゃと思うと同時に、大会で負けてしまった悲しさが僕の足を重くした。


 着替えるのも億劫で道着のまま出てきてしまったけど、汗とか歩きづらさとかは思ったより気にならなかった。


「でも、俺と剣司は勝っただろ。他の三人が負けちまったからだ」


 隣では霧崎きりさき 刀哉とうやが自転車を押しながら、竹刀をケースごと片手で振り回している。


 僕と同じく道着を纏ったまま。刀哉も同じ気持ちなのだろう。


「悔しいよなぁ。剣道の団体戦ってさ、結局五人中三人が勝たないとダメじゃんか。俺たち二人がどれだけ強くなったって、勝てなかったりするんだもんな」


 剣道の団体戦は、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人一チームで行われる。


 刀哉が先鋒で、僕が大将で出ていた。


 刀哉が先鋒で白星を奪ってきても、僕の前にいる三人が負けてしまえば大将戦は消化試合だ。


 気分が乗るはずもない。僕の白星は憂さ晴らしだ。


 刀哉は中学生にだって負けないほどの、小学生離れした体格とパワーを武器に。

 僕は刀哉より背が低いけど、その代わりスピードを武器に戦ってきた。


 大会ではいつも、僕たちは勝てるけどチームはそうじゃない。


「やっぱ個人戦の方が性に合ってるわ。そっちもあと一歩ってところだったんだけどな」

「刀哉も僕も、お互い準決勝で負けちゃったもんな」


「隣の試合場でおまえが一本取られてんのが見えちまったんだよ。あれで動揺したんだ」

「なんだよ、僕のせいか? 集中力が足りませんって言ってるようなものじゃないか」

「うるせぇこの野郎」


 お互いにグーパンチを一発ずつ交わす。

 自転車の転がす音だけが、やたらと夕暮れ時の空に響いていた。

 隣を電車が通過する。車内の明かりが僕たちを照らしていると、


「中学では、おまえと戦いたいな」と刀哉が小さく零した。


「……どうした、急に」

「だって、地元に道場は一つしかないから、俺たち同じ道場だろ? だから、大会でぶつかったことねーじゃん。この前のもお互い負けちまったし。だから。戦績だって……」


「あー、七十四戦やって、綺麗に五分五分だもんな」


 そうか、僕たちは地区の関係で別々の中学に行く。

 中学なら、大会で刀哉と当たることもありえるのか。


「……確かに、それは、楽しそうだな」


 一瞬、想像した。

 道場では勝敗が微妙でお互い胸倉を掴み合うこととかしょっちゅうだったけど、刀哉の強さは、凄さは認めているから。


 道場での試合と、大会本番の感じはやっぱり違う。

 緊張感というのかな。雰囲気はどうしても違ってくる。


 だから、僕も。


「だろ? 絶対アガるって。やろうぜ! 個人戦で、全国懸けて、俺たちの試合で会場中を圧倒するんだよ! 最高だろ!」


 刀哉と全国を懸けて戦う──。

 もしも、そんな話が実現したらと考えていると、背筋がゾクっとした。

 汗で冷えたから、だけではないだろう。


「な! 約束! 中学で全国を懸けて戦う! だから部内で最強になれ!」

「ああ、僕たちならやれる。全国を懸けて、剣を競い合おう」


 夕暮れ。一つの季節が終わるころ。

 僕と刀哉は、どちらからともなく、拳を合わせた。



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