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第2話 Edelwesen

※本編中に暴行を想起させる描写があります。苦手な方はご注意下さい。



早霧真悟サギリシンゴは、念願叶って希望の大学に合格し大学生活を謳歌していた。

 希望の学部、希望の授業、尊敬している教授。高校に入ってから散々キャンパスを巡り巡って吟味した大学に合格した時には泣きながら担任教師に報告をしたし、入学式の日を今か今かと待っていた日々もただ楽しいばかりだった。

 だがそんな日々からほんの半年後、早霧の運命は一変してしまった。

 目が覚めた時に広がっていたのは深い森で、都内の大学に進学した早霧にとっては縁遠い緑でいっぱいの世界だった。

 一体何があったのかと、もしかしたら誘拐でもされたのかと混乱していた早霧は、しかしすぐにファンタジー小説の中に居るような鎧の男たちに捕まって思考を強制終了させられてしまった。

 名前はよく覚えていない。

 覚えているのは、その男の両手の指にたくさんの指輪がついていたということ。その指輪のどれもがギラギラと輝いていて蝋燭の火に照らされたソレが眩しかったことくらい。

 その時に何か色々と話をされた気がするが、それも覚えていない。

 覚えているのは、突然指先をナイフで切られた事と、滴り落ちる自分の血の赤さと、その後笑いながら叩き込まれた地下牢の寒さ。

 一体何が起きているのか分からなかった。

 なんで自分がこんな事になっているのか、そもそも自分に何をされているのかも分からなかった。

 ただただ、同じ鎧の連中は毎日毎日早霧の牢屋まで来ると身動きが出来ないように抑えつけて、毎回決まってナイフで身体のどこかを傷つけていった。

 目的は早霧を傷つける事ではなく血の採取であるという事は二日目くらいですぐに気付いたけれど、何故そんな事をされるのかまでは分からなかった。

 流石にナイフで切られると痛くって仕方がなくって抵抗をしようともしたけれど、ただの大学生と重そうな鎧を着ている男たちでは抵抗することもままならずに毎日毎日、少しずつ傷口をずらしながら皮膚を裂かれ続けた。

 不思議な事に、毎日コップ1杯ほどの血を持っていかれているというのに貧血のような症状は起こらず、また薬を塗られれば出血もすぐ止まるのだけは幸いだったのだろうと思う。

 最初の頃につけられた傷は痕にもならずに治っていったが、しかし綺麗に治ればまたそこを切られるので結果は同じ。

 毎日毎日、あとどのくらいの時間が経過したらあの拷問のような時間が来るのかと考えていた。

 コップ1杯分の血を絞り出すためにはナイフでそこそこ深く切らなければいけなかったし、時にはその傷口に指を突っ込まれて血を出されるのは堪らない恐怖だった。

 高校時代にはサッカーでグラウンドを走り回って鼻血だとか擦り傷には慣れていたけれど、それとはまた種類の違う痛みだ。

 血はすぐに止まっても傷はすぐに治りはしないし、そのうち身体中包帯だらけになって、少し動けば閉じかけていた傷が開いたりもしたので動く事もほとんどなくなっていった。

 そんな日々は、どのくらい続いたのだろうか。

 最初の傷が治ってまた開かれた頃、早霧は牢の外がやけに騒がしい事に気がついた。

 最近では傷が開かないようにとほとんど硬いベッドの上で寝転んでいるだけだったので時間の経過も曖昧になっていたが、多分夜だっただろうと思う。

 その日の血液採取から半日ほど経過したようなそんな時に、今まで早霧の身体を抑えつけていた奴らとは違う鎧の男たちが地下牢にもやって来たのだ。

 その男たちの剣には血が付着していて、早口で何か話すと地下牢の鍵もあっさりと壊してしまった。

 その時の会話を大人しく聞いていれば、彼らが早霧にとっては救いの主である事はすぐにわかったかもしれない。

 けれどその時の早霧は意識もぼんやりとしていてとても眠くって、違う鎧の連中もまた自分を傷つける何かとしか、思えなくって。

 牢に入ってきた男たちを威嚇したのも、大声を出したのも、防衛本能だったのだろうと思う。

 男たちは拙い日本語で「落ち着け」とか「動くな」とか言ってきたけれどそれがまた早霧の警戒心を掻き立てて、早霧は身体中の傷が開くのにも構わずに血を抜く時に使われていた血のシミがついた椅子を掴むと必死に腕を振り回して男たちを追い払った。

 自分でも叫んだ言葉に意味がないのは分かっていた。ただ、これ以上好き勝手されるのは嫌で、恐ろしくって、力尽きて意識を喪うまでただただ必死に己の身を守ろうとしていた。

 気絶から目覚めた早霧が寝ていたのはどこかの部屋のベッドで、それもフカフカと柔らかい材質のベッド。地下牢のものとは明らかに違うそのベッドに、ここは地下牢ではない、ちゃんとしたドアと窓のある部屋だと気付くのはすぐだった。

 しかも椅子を振り回した時にボロボロに剥がれた何度も再利用され続けた汚い包帯は綺麗に巻き直されていて毎日傷口に塗られていた臭い塗り薬とは違う爽やかな匂いのする薬も塗られていた。

 なんで自分がそんな所に居るのだろうと困惑した早霧だったが、自分の状況を誰かに問うような事はしなかった。

 部屋にやってくるのはいつもの鎧の男たちではなく違う鎧の者だったりファンタジー漫画の住民みたいな服装の男だったりしたけれど、そんなものは早霧には関係ない。

 近付こうとする者は椅子を振り回して威嚇し、ドアが開かれそうな気配があれば燭台を近付けて金属製の取っ手を炙って追い払ってやった。

「怪我の治療をしたいだけなんだ」

 と、比較的流暢な言葉で言われたりもしたけれど、信じるわけがない。

 今までの早霧の境遇を知っていてそんな事を言っているのかと、叫びたかった。なんで自分がこんな所にいるのかと、問いたかった。

 けれど早霧の喉からはカスカスの呼気しか出てこなくって、言葉らしい言葉が出てこない。

 日本語を忘れたわけじゃないのに、その言葉で喋るのが恐ろしくって駄目だった。


 その男が来たのは、それから2日後の事。


 一際身なりのいいその男は、ある日突然鎧の男たちと一緒にやってきた。

 新しい顔に警戒する早霧を見て何か納得した風な顔をした男はまず真っ先に鎧の連中に命じてドアを撤去させると、

「部屋はそこだけじゃねぇ。もっと広いんだ」

 と、何の違和感もない日本語で言うとドアの無くなった隣の部屋を早霧に見せた。

 そんな事をされて警戒しないわけもなく、椅子を掴んだ早霧に軽く肩を竦めると、男はそれ以上は何も言わず、何もしなかった。

 鎧の男たちを下がらせて、「殿下」と慌てる鎧たちの背中を蹴っ飛ばして外に出して、それから広い方の扉に内側から鍵をかける男。

 殿下と呼ばれた彼は

「これで誰も入ってこねぇよ」

 と早霧に言うと、それからは机の上に山のように積み上げられていた本を黙々と読み始めた。

 それを見て早霧もベッドに戻って、ドアが開いているのは気になったけれどもう面倒になって何も言わずにただ、眠った。

 翌日も、男は部屋の中で普通に過ごしていた。

 大きな扉の鍵はかかったまま。たまに、ノックの音がすると「殿下」がドアを開けて2人分の食事だけ受け取って、また鍵を閉める。

 その施錠回数に徹底したこだわりのようなものを感じて呆然としていると、「殿下」は早霧に「メシ、どこで食う?」なんてやっぱり普通に聞いてくる。

 やっぱりそれにも応じなかったが、今までの連中と違ってやりにくいのは間違いがなかった。


「お前の血液は、どうやら魔石になる【神のいたずらガーベ】だったらしい」


 さらに翌日、机に積み上げられた紙を眺めている「殿下」の気配だけを隣の部屋で感じていた早霧に、部屋を隔てる壁の向こうから「殿下」が言う。

 魔石というのは、この世界で魔力がない人間が魔術を使うのに必要な魔力のこもった石であるという事。その魔石は大体にして魔力のこもった山や泉なんかの自然界でとても長い時間をかけて自然生成されるか、魔獣の体内で自然発生するか、魔術師が長い時間をかけて作るかしか入手方法のない特別なアイテムなのだと、「殿下」は言う。

 この世界の人間のほとんどは必ず恩恵を受けているこの魔石は当然効果で、魔石が湧く山や湖なんかが領地内にある領主はそれだけで一財産築くことが出来るという。

 そして早霧の血にはその魔力とやらが非常に濃く、溢れ出した血液は放置したら勝手に魔石になっていたようだ、と。

 なんだそれは、と、思った。

 魔石だとか、魔力だとか、そんなのはゲームの中でくらいしか聞かない名称だ。

 当然ただの大学生であった早霧に魔力なんかあるわけもないし、魔石なんていう石はパワーストーンでも聞いたことがない。

 あのギラギラした指輪の男がこの領地の領主で、偶然手に入れた早霧に【神のいたずらガーベ】とかいう特殊な能力があると気付くと本来は申請しなければいけない所に申請もせずに隠して魔石を作らせ続けていたらしいと聞いても、まったく意味が分からなかった。

 わかったのは、ただただ自分が、自分の血液が誰かの金になっていたという事だけ。

 そしてこの「殿下」という男が、それに関して酷く他人事のように話しているという、それだけだった。

 その時の怒りを、その度合いを、言葉にする事は難しい。

 この数日で随分と良くなっていた身体を無言でベッドから引き離すと、こちらに背を向けて紙を見ていた「殿下」を何も言わずに床に引きずり落とした。

 驚いて床に転げた「殿下」は早霧が自発的に動いた事に驚いたようだったけれど、彼が何かを言う前にその顔面を硬い石の床に叩きつける。

 ビシャリと血が飛んだのが、なんだか滑稽だった。

 早霧はこれと同じ色の血を毎日毎日、流し続けていたのだ。

 傷口に指を突っ込まれたり、ナイフで何度も同じ場所を切られたり、時にはコップ1杯よりも多くの血を持っていかれた。

 その事実を知りながらも他人事のように話すこの男に、思い知らせてやりたかった。

 血を奪われる恐怖を、蹂躙される屈辱を、突然世界をひっくり返される混乱を、教え込んでやりたかった。

 顔面を床に叩きつけたせいで動けなくなっている男の首根っこを掴んで、そのまま服を引き裂いて、「殿下」が何かを言う前に犯すと、決める。

 彼が床に転がった時に一緒に転がったのか、あまり鋭くなさそうなナイフのような平べったい金属が一緒に落ちたのも幸いして、服を裂くのには苦労しなかった。

 何故か酷く興奮していて、どうしてか酷く頭がグラグラしていて、同じ男だというのに「殿下」を凌辱する事に躊躇なんて起こらない。

 閉ざされた隘路を無理矢理に引き裂いて広げる衝撃にあがる悲鳴に溜飲が下がって、自然と口角が上がって笑い声のような呼気も溢れた。

 床に散る血が、自分のものなのか「殿下」のものなのか、すぐに混ざってわからなくなる。

 それが凄く辛くて、凄く恐ろしいのに、掴んだ腰を離す気にはなれずに「殿下」の悲鳴を聞きながら更に奥深くまでを蹂躙していく。

 希望の大学に合格することだけを目標としてきたから、他人と肌を合わせるのは初めての経験だった。

 だからか凄く気持ちが良くて、背筋がゾクゾクとして、今まで誰かに支配されてきた自分が誰かを支配しているのだという現実に堪らない優越感を覚える。

 二度ほど欲を吐き出すと、詰まっていた呼吸がやっと楽になってくる。興奮でチカチカしていた頭に冷静さも戻ってきて、けれど「殿下」からは離れ難くてゆっくりゆっくり、身体を腰を揺らし続ける。

 と、そういえばさっきから「殿下」がやけにおとなしいと気付いた早霧は、繋がったまま「殿下」の身体をぐるりとひっくり返してやった。

 こうすると、不思議だ。背中側の服は裂いてやったのに、正面はほとんど損傷がないせいで上半身だけは何もされていないように見える。

 下半身はもう酷いものだが、その落差になんだか笑えてしまった。

 「殿下」はすでに意識がないのか、それとも呆けているだけなのか、目を細めて小刻みに痙攣しているだけだ。

 痙攣も、早霧が腰を揺らすと腹筋に力がこもってゆらりと腰を動かして腰をひくつかせるだけになるので、きっと筋肉がこわばっているだけだろうと判断する。

 そこそこイケメン、なのだろうか。目が細められているせいでわからないが、年頃は自分よりもいくつか上だろう。

 日本人の早霧と同じような色の髪に、目の色は恐らく赤かその系統の色だろう。涙でぐちゃぐちゃになっている顔ではそれ以上の事はよく分からなくって、早霧は今初めて自分が「殿下」の顔を正面から見たのだという事を自覚した。

 もう一度腰を押し付けると、背筋が沿って呼吸が乱れる。

 そんな反射がなんだか滑稽で一度、二度と未だに狭いソコを擦ってやると、「殿下」の目がぎゅうと閉じられてそこから涙が幾筋か伝った。

 はらりはらりと、「殿下」の頬に水が落ちていく。

 それが、彼の涙ではないと気付いてはいても、止める方法はもう分からなかった。

 自分は何をしているんだ。

 自分はどうしてこんな事をしているんだ。

 自分が傷つけられたからって誰かを傷つけていいわけじゃないのに、どうしてこんな事を。

 そうは思うのに、頭に過っている考えに反して身体はまだ眼の前の男を傷つけるために動いてしまう。

 両手を床について「殿下」を閉じ込めるようにして、密着している部分だけを動かす。

 たまらなく気持ちがいいのにたまらなく辛くって、涙が止まらなかった。

 誰かを傷つけたいなんて、そんな事思ったことはなかったはずなのに。


「だいじょうぶ……」


 相反する精神と肉体に混乱をしかけていた早霧の頬に、不意に触れてくる手があった。

 冷え切った手には爪が食い込んだ痕があって、そこから滲んでいる血は酷く痛そうに見えるのに早霧に血をつけないようにするためにか、指先だけで二度、三度と涙と血で濡れた頬を撫でる。

「よしよし……だいじょうぶだ」

「…………っ」

「だいじょうぶ……」

 彼の目には、ほとんど力がない。

 声にだって覇気はなくって、もう意識があるのかどうかも怪しい。

 それなのに、そんななのに、オレを慰めるのか。

 わけがわからなくって、混乱して、涙が出る。


 何が起きているのか、わからなかった。

 どうしてこんな所に居るのかも、自分が何をしてしまっているのかも、わからなかった。

 ただ自分がとんでもない事をしてしまった事だけは分かって、それなのに何を言おうにも声が出てこない喉が酷く、もどかしかった。

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