「ギル様だわ」
「ギル様……どうしてこんなところに?」
怜を案内している男はギルと言うらしい。
金色碧眼とまさに王子様という名前がふさわしい爽やかさ溢れる男性だった。
怜は居心地が悪く、ギルと距離をとる。
「君新入生だろ?俺はその一個上なんだ。ギルティ。ギルって読んでよ」
「私は、日比谷怜」
ギルは名前を聞くと、少し驚いた顔で怜を見る。
「何?」
「いや、なんでもないよ。ただ日本人だったんだと思ってね。それなら怜って呼んでもいいかな?」
「いいわよ。あなたギル様って言われてるのね……まさか貴族なの? ため口しちゃまずかったかな」
ギルは首を横に振る。
「たしかに貴族だけど、大した家柄じゃないから。正直皆に持て囃されてうんざりしてる。敬語じゃなくていいし、様もつけなくていいよ」
しばらく歩いていくと人間族とちらほらとすれ違った。
「そろそろだね。あの突き当たりを右に行けば人間族のクラスだよ」
「ここまででいいわ。ありがとう、ギル」
ギルはまた爽やかな笑顔を怜に向けた。
〈こんな笑顔見たら誰だって敬語使うわよ〉
「
怜が教室へ向かうのを見届けると、ギルは笑顔だった顔から無表情に変わる。
「まさかこんなすぐに会えるとはね」
***
「えーっとでは、一週間遅れて入ってきた仲間を紹介しますよ」
瓶底眼鏡をかけ、白衣をきた老爺が黒板に名前を書く。
「日比谷怜さんだ。皆仲良くするように」
怜は少し緊張しながら、自己紹介をした。
「日比谷怜です。怜って呼んでください。よろしくお願いします」
教室から拍手がまばらに聞こえる。怜は指示された席につくと、早速授業が行われた。
「えーっ、シジルとは、皆さん見たことありますね。召還に使って悪魔との交渉に失敗し、魔界に送られた人もいるでしょう。私もその一人ですが。
今後は安易に悪魔を呼ばない方でくださいね。できれば手紙でも送ってアポイントメントしてください。魔界で召還を使うのは失礼にあたりますからね。
それで、シジルは儀式魔術などに使われる図形や記号のことをさします。基本的なものでいうと……」
眼鏡をかけたスーツ姿の先生が、黒板に紋様を書いていく。怜は興味津々でその話を聞いていた。
〈天使のことばかり勉強してきたけど、魔族の勉強も面白いわね〉
あっという間に授業が終わり、怜は次の授業の準備をする。すると、隣からちょいちょいと手を振って、怜に話しかける女子がいた。
大きな丸い眼鏡をかけ、顔にはそばかすが少しできており、長い三つ編みをしていた。
「は、はじめまして。私、ハルカって言うの」
か弱そうな声でニコリと微笑む。怜も挨拶した。
「よろしく。日比谷怜。怜って呼んで」
「怜……いいな。凛としていていい響き」
「あなたの名前も可愛くて素敵よ」
ハルカは顔を赤くして、ありがとうと言う。
怜は周りの人間族を観察した。思っていたよりも皆フレンドリーに接していてるようだ。
〈もっと個人主義な感じだと思ったけど、人間の学生って感じね〉
ハルカは怜の考えがわかったのか、手招きしてこそこそと言う。
「人間族はね、魔界では肩身が狭い思いをしてるの。学園は守られてるとはいえ、扱いは最悪よ。ここが唯一の安らぎだから皆なにもしてこないわ。逆に絆みたいなのができて、一緒に卒業しようって言ってるくらいなの」
怜はふぅんと答えたが、次の瞬間、左手にいた男子学生が机を思い切り叩く。
「うるさい! 猿みたいに騒ぎやがって。僕は静かに勉強したいんだ!」
教室内はいつものがきたと言わんばかりに彼を無視して、おしゃべりを続ける。怜はハルカを見ると、彼女は苦笑いをした。
「彼は気難しい人でね。馴染もうとしないの。成績はこの中ではダントツトップよ」
怜はそうだと思い、さらにハルカに尋ねる。
「ねぇ、ここに図書館ってない? 調べたいことがあってさぁ」
「あるわよ。放課後案内しましょうか?」
「え、いいの! ありがとう!」
次の授業のベルが鳴り、皆席につく。次は宝石学ときいて、怜はやった!と心の中ではしゃいだ。
***
お昼休憩になると、ヘブンが教室までやってきた。
「ヘブン!」
怜はヘブンに嬉しそうに近づくと、彼は冷めた目でこちらを見た。
「なんだ気持ち悪い」
「久しぶりだなぁと思って、やっぱりヘブンといると落ち着くわね。グッジョブよ!」
ヘブンは、はぁと返事をして怜と芝生の上で昼食をとった。ヘブンは人肉でできた炒め物を怜に差し出すが、怜は首を振る。
「血だけでは力が発揮できないぞ」
「食べても絶対吐いちゃうわ。考えただけでぞっとする。この通り元気だから大丈夫よ」
「ふん。痛い目にあっても知らないからな」
ヘブンは芝生の上で寝転がった。
「ねぇヘブン。ヘブンはギルティっていう男の子知ってる?貴族らしいけど」
「ギルティ? フルネームでないとわからないな。なんだいきなり男を作る気か?」
「違うわよ。王子様みたいだったけど……きっとすごい貴族だと思うんだけどなぁ。教室まで案内してくれたの」
ヘブンはつまらなさそうに寝転がる。
「何? ちょっと、ねぇ」
「うるさい。久しぶりに頭を使ったから疲れた」
「まさか嫉妬してる?」
ヘブンは瞑っていた目を開ける。怜はヘブンが怒ったと思い、あわてて話題を変えた。
「冗談よ冗談。そう、放課後図書館に行って例の夢遊病について調べるの。手伝ってくれない?」
ヘブンは上半身を起こすと、怜の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「今夜、ライグリード様じゃなくて俺と隣で眠るか?」
怜は固まり、ヘブンはふんと鼻を鳴らすと、鞄を持って自分の教室に戻っていく。
「上が上なら、部下も部下!」
怜は悔しくなって引きちぎった芝生を、去っていくヘブンに投げた。
***
ヘブンは耳まで真っ赤になり、口元を手でおさえる。
〈何してるんだ俺は……! そしてなんだこのイライラは、自分に腹が立ってくる! 怜も怜だ。ライグリード様と夜を共にするわ、知らない男にノコノコついていくわ。無防備過ぎる!
……なんだよ。もっと、もっと俺を頼ればいいのに……〉
ヘブンは、はっとして自分の頭を殴る。周りにいた生徒たちは怖くなってその場からそそくさと逃げたした。