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第24話 添い寝


強気な言い方なのに、声はカナリアのように細い。堕天使たちは女性の身に付けているブローチの紋様を見て、後ずさった。



「ソロモンの貴族かよ……おい、行こうぜ」



彼らはそう言うと、そそくさと逃げていく。貴族と呼ばれた女性の横をヘブンが走って怜のところへやってきた。



「すまない。淫魔たちから逃げてたら、持ち場を離れてしまった」


「ちょっとあなた」



女性がドレスを持ち上げてヘブンに近づくと、頬に平手打ちをする。ヘブンは女性の存在を知っているのか、大人しく跪いた。



「彼女を一人にする従者がありますか!」


「申し訳ございません。イエギク様」



怜はヘブンと彼女の間に入る。



「助けてくださってありがとうございます。この者をどうか許してください。私は大丈夫で」


「あなたも無防備にも程がありますわ! 今後はお気を付けてお過ごしを」



イエギクはドレスを翻し、従者を呼んで去っていった。



「ヘブン。大丈夫? あの女性は一体」



ヘブンは叩かれたところを擦りながら答える。



「ソロモンの柱は知ってるだろう? あの系列の貴族。最も古い家柄の貴族様だ。あれらはピラミッドで言うところのトップに近い地位。逆らわないほうがいいぞ」


「ライグリードは違うの? 彼も貴族でしょ?」


「ライグリード様はそれよりは少し新しい家柄だったかな。少し違うんだ」



怜はハンカチを噴水の水で濡らし、ヘブンの頬に当てる。



「腫れてるわ。彼女やりすぎよ」


「叩かれただけで済んで良かったと思っておけ。さぁ、用は済んだんだ。帰ろう」



二人は待機場所に戻ると、ライグリードの屋敷へと戻った。



***



怜は触り心地のよい茶色の寝巻きに着替えて、眠りにつこうとすると、ライグリードが部屋に入ってきた。



「何? ノックくらいしてよね」


「今から寝るのか?」


「まぁ、その予定だけど」



ライグリードも黒い寝巻きを身につけていた。怜はまさかと思い、ライグリードに尋ねる。



「まさか私が夢遊病だから、側で見ておくなんてことしないわよね」



ライグリードは怜のベッドに入り、横になって隣をトントンと叩いた。



「床で寝ないぞ。私は貴族だ。一緒に寝ればいいかなーなんて思ってね」


「心配してくれるのはありがたいけど、帰って!」



怜は顔を真っ赤にして、ドアを指差す。ライグリードは無表情のまま続けた。



「寝るってただ寝るだけじゃないぞ」


「それなら尚更帰って!」


「違う。そうじゃないって」



耳まで真っ赤になっている怜を見て、ライグリードは少し微笑むと、ベッドから出て怜に近づく。



「こ、来ないでよ! ヘブンを呼ぶから!」



ライグリードは怜の髪を耳かける。視線を怜に合わせた。



「無駄だよ。ヘブンは私の言うことをきくんだ。大丈夫、なにもしない。ただ君の夢に入って、夢遊病の元凶になっている怪しい人物を追い払いたいだけだから」



彼は怜を抱き上げると、ベッドに入れ、自分も入る。



「追い払ったら、すぐに出てってよ。そして、離れて寝て」


「残念ながら密着しないと夢に入れないんだ。少し我慢して」



ライグリード男爵は後ろ向きになっている怜に抱きつく。金木犀の香りに怜は茹でダコのように真っ赤になった。



〈こんな状況で眠れるわけないじゃないのよー!〉



ライグリードは怜に囁いた。



「大丈夫。私に身を預けて夢に案内してくれ。大丈夫だから、怖くないから」



ライグリードの心地よい声と金木犀の香りに怜はだんだんと眠くなり、瞼をゆっくりと閉じた。



***



ここは、あの時の場所。


怜がアークエルに殺されたひなたの部屋だ。怜は魔方陣の中で縄で縛られた金縛りにあっていた。



「大丈夫。これは夢。これは夢よ」



しかし、扉から出てきたのは怜の母親とアークエルだった。



「母さん……? それにアークエル」



アークエルは怜の母親に剣を与える。大天使は冷たい声で言い放った。



「残念ながら、運命には逆らえないのだ。怜」



目が血走った怜の母親が剣を怜の胸に突き刺す。



「お前さへいなければ……お前さへいなければ、私は幸せになれたのに!」



怜の母親は何度も何度も怜の体に剣を突き刺す。



「母さん……やめ、て……」


「お前さへいなければお前さへいなければ!」


「やめてよー!!」



***



「怜、目を覚まして」



ライグリードが怜を抱き起こして、揺らす。怜は、目を開けて泣きながら夢の中をさ迷っていた。



「怜!」


「いや……いや……!」



男爵は怜をきつく抱きしめ、背中を擦った。



「大丈夫。大丈夫だから。ここには天使も母親もいない。怜。ここが君の居場所なんだ。ここにいていいんだよ怜」


「ライ……グリード?」



怜がようやく目を覚ました。顔から汗が流れて、怜は荒い息を整える。ライグリードは怜を離すと、ベッドに座り直した。



「例の怪しい人物はいなかったみたいだな。私が夢に入り込んだことに気づいて現れなかったらしい」


「これは失敗ね」



怜は平静を装っていたが、肩が小さく震えていた。



「あの部屋で、君はアークエルに殺されたのか?」



怜はコクコクと頷いた。



「仲違いした親友が、私を天使になる儀式の生け贄にしたの」


「生け贄? 天使になる儀式? 初めてきいたぞ。それでアークエルが現れて君を殺して魔界におろしたと」


「親友はアークエルに天使になる儀式の方法を聞いたみたい。実際に彼女が天使になってるかもわからないわ」



ライグリードは顎に手をあてて、うーんと唸る。



「アークエルの罪とするか、功績とするか。それで今裁判沙汰になってると」


「えぇ」


「アークエルは何かを知ってしまったのかもしれないな。君をどうしても魔界に送らないといけなかった理由をね」



怜は額の汗を拭い、掛け布団を自分の方へ引き寄せる。ライグリードは怜を再び寝かしつけた。



「え、まだ隣で寝るわけ? この方法は失敗でしょ?」



ライグリードは隣でニコリと微笑む。



「魔除けになることがわかったからさ! 毎日一緒に寝ればいいだけのことさ。ちょうど人肌が恋しかった頃だったん……」



怜は身を起こして、枕を掴み、ライグリードを枕で叩く。ライグリードは怯んでベッドから落ちた。



「私と夜を共にしたい女性はたくさんいるんだぞ!」



怜は枕をライグリードの顔に投げつけた。



「この変態男爵! ナルシスト! 女たらし! 誰があんたと夜を共にするって! もっと別の方法を探しなさいよ! いや、いいわ。私が探してみせる。でなきゃ、その怪しい人物を魔界で探してやるんだから!」




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