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第2章 第22話 夢遊病


白くてふんわりとした三日月の下。怜は白いワンピースを着て、カスミソウの花畑を歩いていた。


辺りを見てもカスミソウばかりで、月の光で白く輝いている。どこか美しくて儚い場所だと怜は思った。



〈ここはどこ?〉



しばらく歩いていると、向こうから人影が見えた。黒いマントを翻し、怜の方を見て手を伸ばしている。顔は月の逆光で見えなかった。



〈どうしてだろう。あの人のところに駆け寄りたい。どこか懐かしくて、触れたくて、思わず叫びたくなる。あなたは誰なの?〉


「怜。こっちへくるんだ。こっちへ……」



怜は手を伸ばし、少しずつ黒いマントの男に近づいていく。



「怜。怜、れ……」



「怜! 起きろ怜!」



怜は目を覚ます。

どうやら裸足で屋敷の廊下を歩いていたらしい。目の前には、ライグリードが怜の両肩を掴んでいた。



「ライグリード。ごめん、私また寝ながら廊下を彷徨いてた?」


「だんだん酷くなってるようだ。後ろを見てみろ」



怜は後ろを振り返ると、灯っていたランプが粉々になっていた。



「これ私がやったの? いっ……」



足元を見ると、足が血だらけになっている。ライグリードは怜を抱えて部屋まで送った。



「怜自身の本能も自分が目覚めるようにランプを割っているようだが、血を流しても目覚めないみたいだな。何か夢を見てるのか?」



ライグリードは怜の足を包帯で巻き始める。黒紫色のシルクのシャツからツギハギだらけの肌が見えた。



「毎回、黒いマントを身につけたコウモリみたいな人に会うの。その人に近づきたくて。その人も私を呼んで手を伸ばしてくるの」



ライグリードは手をピタリと止めた。睫の長い瞳でライグリードは怜を見つめる。怜は何かまずいこと言ったのかと思って、肩を強ばらせた。


だが、また怜の足元に身を向け、包帯を巻き始める。



「その人は会ったことがあるの? ヘブンだとか」


「いいえ。多分会ったことない。声も聞いたことない」


「その人に誘われても、そっちに行ってはいけないよ。ナイトメアの可能性もあるからな。彼らは夢の中に入り込んで悪夢を植え付ける魔族だからね」



足の治療が終わり、ライグリードは怜の頭に手をおく。



「明日の朝、私の部屋に来てくれ。話したいことがある」


「う、うん。ありがとう。ライグリード」



彼は怜の部屋を後にすると、ヘブンを呼ぶ。ヘブンは慌てて来たのか、銀色の長い髪を下ろし、服は黒いVネックにパンツとラフな格好をしていた。視力は回復し、眼鏡はもうやめている。



「はい。ライグリード様。うわっランプが粉々だ。これは、怜の夢遊病のせいですか?」


「そうだ。これを掃除して新しいのを入れておいてくれ。それと、ナイトメアについて調べてほしい」


「私もナイトメアかと思い、気になって調べました」



ライグリードはヘブンを見て、答えを催促する。ヘブンは続けた。



「ナイトメア、夢魔は関与していないようでした。彼らは怜に近づくこともできないそうです。怜自身結界を張ってるんでしょう」


「じゃあ、誰が怜を呼んでいるんだ。結界を破ってまで怜の夢に侵入するとは。かなり手強い相手かもしれない。手がかりは黒いマントを羽織ったコウモリみたいなやつ……そんなの魔界では何万といるぞ。夢の中に入るわけにもいかないしな。だが、怜の本能も怜があの者の接近を止めているなら、危険な輩なのだろう。うん、わかったこれはまた考えておく。良くやった、ありがとう」


「いえ」


「あぁ、明日の朝なんだが、私の部屋に来てくれ。話したいことがある」


「わかりました」



ヘブンは一礼をして、箒とちりとりを用意すると、ランプを片付け始めた。



***



怜はまた夢を見るのが怖くなり、そのまま朝を迎えた。怜は青いTシャツと黒いパンツに着替えて、身支度を整える。血を飲むことにまだ抵抗があるのか、今日は飲まずに部屋を出て、ライグリードのところへ向かう。


ライグリードの部屋をノックして入る。ライグリードの部屋は本が多く、書斎に近い様式になっていた。その部屋の後ろに机があり、ライグリードが椅子に座って何か書いている。

ライグリードの後ろにはヘブンが腕を後ろに組んで立っていた。



「怜。おはよう。さて、話というのは、二人にあるんだ。前に一列に並んで」



二人は怪訝そうな顔で一列に並ぶ。ライグリードは引き出しから、二通の手紙を二人に渡した。



「これは?」

怜が尋ねた。


「女帝になる者、魔界のことや天界のことを知らないのはよくない。人間のときに、ある程度勉強しているとはいえ、人間目線の話ばかりだ。そして、帝王学についても知った方がいいだろう。それがこれだ。魔界で最も有名で大きな学園。ウァプラ学園に入学してもらう」



怜は血のように赤い文字で書かれた魔界の文字を頑張って読んだ。



「人間族日比谷怜。あなたをウァプラ学園の生徒として認めるって、何も受験してないんですけど! 魔界文字を覚え始めたばかりなのにいきなりそんなこと。え、これ大学かなにか?」


「ライグリード様。私も入学できるのですか? ウァプラ学園はある程度知識がない者しか入れないと聞いたことがあります」



ライグリードはニコニコと微笑みながら続ける。



「大丈夫。ヘブンは武術クラスからスタートするだけの話だよ。ヘブンも今まで勉強不足で大変だったろう。先生たちにも話をしてあるから君たちにはびっしり勉強と武道に励んでもらうよ」



怜とヘブンはお互い顔を見合わせる。ライグリードは続けた。



「早速で悪いけど、入学は明日なんだよねーてなわけで、二人とも準備しておいてね。あ、教材はあそこに置いてあるから」



男爵は堆くつまれている教材を指差す。二人は苦笑いをして、少しずつ教材を自室へ運んでいった。


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