怜はデファネルに駆け寄り、身を起こしてやる。彼は弱々しく微笑んだ。
「私はもう終わりらしい」
怜は大粒の涙を流した。
「日比谷さん。君が魔界の女帝になっても今のように自分の心に従って生きてほしい。勇敢で優しい心で、魔界をまとめてくれることを祈ってるよ」
怜は力強く頷き、デファネルの顔を片手で包んだ。
「私はあなたと友達になれて良かった……!」
「僕もだよ。日比谷さん頼む。君は魔族として、日比谷怜として、まっすぐ生きて……」
デファネルの足元から光の粒が現れる。そして少しずつデファネルは消えていきそうになっていた。
「嫌よ、デファネル。いかないで!」
デファネルの体がすべて光の粒になって消えていく。その粒は夜空に舞い、星となって消えていった。
「デファネル!」
怜は火傷だらけの手で顔を覆い、悲痛の声で泣き叫んだ。
***
ヘブンはメディエルが手加減して戦っていることに気づいていた。
「つまらないな。無駄な殺生はしたくないのですが」
メディエルは左手をヘブンの前に翳すと、瞑っていた目をゆっくり開けた。すると、強い一筋の光ががヘブンの目を襲う。ヘブンは両目から血を流し、地面に倒れる。
「くっ目が見えない! なんだこれは! 目が、目が焼けているようだ……」
メディエルはまた目を閉じ、動けなくなっているヘブンに剣を振り上げた。
「やめて!」
怜はヘブンの前に立ち、両手を広げる。怜の右腕が赤く光り、メディエルの手から剣が離れて、床に投げられた。
メディエルは懐から自分の短剣を取り出し、再度怜に向かって剣を振り上げた。
しかし、剣は怜の横を通って、そしてカランカランと音を立てて落ちた。怜が目を開けると、メディエルは口から血を流していた。胸にはステッキが貫通している。ライグリードのステッキだ。メディエルはライグリードを見て、不快な顔をする。
「男爵……! 落ちぶれ貴族のあなたが関わっているとはね」
「メディエル殿。久しぶりだな。あなたのような新七大天使がわざわざこちらにやってくるなんて。怜に何か用ですかな?」
「ふん。今回は退散したほうが良さそうですね」
ライグリードはステッキを抜くと、深々とお辞儀をした。
「その方が良いかと。今は、無駄な争いは避けたいところですな」
メディエルはチッと舌打ちをし、大きな翼を広げて満月に向かって去っていった。
怜は両手を広げたまま、また涙を流した。
「終わった……終わった……!」
ライグリードは怜の両手をゆっくり下ろすと、ヘブンの目の手当てに移った。ヘブンは目の痛みで汗が止まらない。ライグリードはヘブンの目を右手で翳し、黒いオーラを出す。
「浄化の光で少し目が焼けただけだ。しばらくは視界がぼやけるが、これくらいなら完治できる」
「すみません。私の力が及ばず」
ライグリードは手を翳しながら、怜に言う。
「天使と魔族は相反する存在だが、やり方によっては共存することはできる。果てしない時間と労力がかかるだろう。君がそれを臨むなら、君がトップに君臨すると決めれば我々はそれに従う。天使と友達になれたんだ。君ならできるよ、怜」
怜は涙を拭うと、満月に右腕を翳し、逆十字が赤く光り出した。満月は怜の言葉に応えるように赤色に染まっていく。
「私はこの日を絶対に忘れない。次期魔界の女帝になって、世界を変えてみせるから!」
***
次の日の夕方。怜はペンションで荷物をまとめ、窓の外を眺めていると、ヘブンが部屋にやってきた。彼はあの戦いの後、一時的に視力が落ちてしまい、今は銀縁のメガネをかけている。制服はすでに脱いでおり、軍服のような服に着替えていた。
「気分はどうだ? 手の火傷はもう大丈夫なのか?」
怜は、少し微笑んだ。
「大丈夫。ありがとう。ヘブンも目、大丈夫?」
「ライグリード様のおかげでなんとかな。当分は眼鏡で生活するしかないが」
ヘブンは怜のベッドに座ると、ほらよっと怜に綺麗な空の小瓶を渡した。金色の持ち手に翼が生えており、光に翳すとキラキラと輝いていた。
「綺麗な小瓶ね」
「やるよ。血を入れるなり、香水にするなり、好きにしな」
「ありがとう……なんか急に優しくなって怖いな」
ヘブンはまぁなと大人しく答える。
「あの時、メディエルから庇ってくれたお礼だ。それに」
彼は怜の顔を見ないように、呟く。
「お前と友達になるのも悪くないかと思ってよ」
怜は驚いてヘブンを見た。ヘブンは恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にさせてベッドから立ち上がり、怜の荷物をもつ。
「ライグリード様が待っている。行くぞ」
「うん!」
怜は微笑んで、部屋から出る。
赤い夕日が沈んでいく。ベッドには、怜の制服が広げておいてあった。
第一章 完