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第17話 ぬくもり


怜は目を覚ますと、自室に戻っていることに気づいた。



「大丈夫かい? 少しだけ眠ってたんだ」



ベッドの側でライグリードが座り、怜を心配そうに見ていた。怜はビリビリに裂けている制服を見て、魔族三人組にされたことを思い出した。


布団を自分の方に引き寄せていると、ライグリードが服を持ってきてくれた。



「制服は新しいのを新調した。新入りが失礼なことをしたな」



怜は震える手で服を受けとる。



「後ろを向いておくから、着替えなよ。思い出したくないだろ?」



ライグリードは窓の外を眺め始めた。怜はその隙に服に着替える。ライグリードの趣味なのか、Tシャツもパンツも全て黒色だった。



「何も覚えてない。襲われてから何も。意識のない間、私に何が起きてるの?」



着替えたわと怜がライグリードに言う。ライグリードは振り向いて、懐から血の入った小瓶を机に置いた。



「君から宿っている力が出ただけだよ。ほら、これで回復するといい。明日は満月の会だときいている。何が起こるかわからない。体力だけは回復しないと」


「私の中に宿っている力は、いつか私自身も殺してしまうかもしれない。ライグリード。私はどうしたらいい?私は消えてしまうの?」



ライグリードは机に置いた小瓶を指差す。



「友を助けたいのだろう?今やるべきことをやることが大事だ」



怜は小瓶をもつと、血を一気に飲み干した。



「そうね。いじめを止めなきゃ誰かが私を必要としてくれるならそれに答えたい。たくさんの人が私を望んでいなくても」


「怖いんだな」



ライグリードはゆっくりと怜に近づく。月の光だけが揺らめく部屋に二人しかいない。金木犀の香りに怜はドキッとして窓の外を眺めた。彼は怜の両肩に優しく手を置いた。



「私がいる。だから怜、一人で何でも抱え込まなくていいから。怖いなら怖いと言ってほしい」



怜は我慢していた感情が爆発し、ライグリードに抱きついた。男爵は少し驚いたが、恐怖で震えている怜を優しく包み込む。



「大丈夫。君は独りじゃない。怖くないよ」



ライグリードのぬくもりと金木犀の香りが伝わってくる。心細かった心が次第に和らいでいくのがわかった。


ライグリードは怜の頬を触って、顔を近づける。



「君はまつげが長いんだな。唇も薔薇のように赤い。それに、いい香りだ……まるで誘ってるかのようで……あ、すまないすまない」



ライグリードは思い止まり、怜の涙を拭ってやると、また明日と言って部屋から出た。怜は顔を真っ赤にして、ベッドにダイブし、枕を顔に押し付けた。



〈キスされるかと思った……ま、まさかね〉



廊下に出たライグリードは、自分の自制心が一瞬外れたことに驚いていた。



〈なんだあの生き物は。強がってみたり、弱々しくなってみたり、思わず愛しく思えてしまったじゃないか……いや、これはきっと女帝の放つオーラだな。魔性のオーラに違いない。気を付けないと〉



男爵は首を左右に振って気を取り直し、そのまま自室へと戻っていった。



***



次の日の午前7時半。怜とヘブンはお互い無言のまま登校をしていたが、怜が先にヘブンに謝った。



「昨日は言い過ぎたわ。ごめんなさい」


「別に謝る話じゃないだろ」



といいつつも、ヘブンはどこか恥ずかしそうに前髪を触っている。



「今日の満月の会だけど、ライグリードとあなたはどこかで見張ってるのよね」


「あぁ。そのつもりだ」


「わかったわ。何かあればお願いね」



教室に入り、午前の授業を坦々と受ける。お昼休憩に入ると、笹木野聖が怜のところへやってきた。



「日比谷さん。また昼食でもどうかな?」


「ごめんね。今日は鬼道くんと食べることになってるから」



笹木野は残念そうな顔でそうかと呟いた。



「今夜のこと、忘れないでね。二十時だから」


「うん。わかってる」



ヘブンが笹木野の肩に手を置いて、邪魔だという態度をとった。笹木野はニコッと笑って退散する。ヘブンは前の席の椅子を借りて座った。



「相変わらず鬱陶しい薔薇の香りがする男だ」


「ねぇ、鬼道くん。気になってたことがあるんだけど。人間にもオーラによって匂いが変わったり、強かったりするわよね。私にも何か匂いがあるの?」


「え?あぁ。まだ分かりにくいが、仄かに匂うかな。まだこの匂いというのはわからない」



怜は売店で買ったサンドイッチを頬張る。



「男爵は金木犀。あなたは石鹸の香り。そういえば、羽生くんはイランイランの香りがするような……」



ヘブンはつまらなさそうにトマトジュースを飲み始めた。



「また羽生か。お前、あいつのことが好きなのかよ」


「やだなぁ。鬼道くん。嫉妬してるの?」



怜は玉子サンドを食べた後、苺サンドを頬張る。



「なんで人間に嫉妬しなきゃいけないんだ」


「友達に入れてほしいなら最初からそう言えばいいのに」



ヘブンは友達!?と大きい声を出した。教室が静まり返ってしまい、ヘブンは真っ赤になって、ごほんごほんと咳払いをする。そして小声で今の言葉を訂正するように言った。



「何が友達だ!俺はお前の護衛係だ」


「いいじゃない。ここまできたら友達のほうがいいでしょ?」



ヘブンはさらに顔を真っ赤にし、怜は驚いて尋ねた。



「え、照れてるの?」


「うるさい。いいか、友達なんそんな気持ち悪いもの必要ない。俺はお前の護衛係だ。それ以上でもそれいかでもない」


「なら考えといてよ」



ヘブンはさらにうるさいと呟くと、席を外して教室からでていってしまった。





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