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第16話 悪戯


ペンションまでの道のりの途中。森への入り口付近で怜は走り疲れて、立ち止まり、息を整えた。冷たい空気を吸ったせいか喉が切れたように染みる。それでいい。心の痛みを緩和してくれる。


怜は大きな岩を見つけて座ると、自分自身を抱き締めながら涙を流した。こういうとき、今まで天使を想って自分を慰めていたが、魔界に堕ちてから孤独感が激しくなっていった。


さらに両足を抱えて頭を垂れていると、聞き覚えのある声が聞こえた。



「やっと一人になったね。怜ちゃん」



上空を見ると、新入りの魔族三人組が浮かんでおり。同時に地面に着地する。虫とギャルとムキムキ。怜はこっそりと彼らをそう呼んでいた。



「何か用?」



怜は涙を急いで拭うと、強気で言い返す。ギャルのベティがニコニコと笑うと片手を使って、怜を空中に浮かせた。



「私たちのこと覚えてる? 淫魔族のベティちゃんと隣のマッチョくんは巨人族のライサイ。その隣は知ってるわよね。ニヒルよ」



金縛りにあったように、体が締め付けられる。怜は木のてっぺんまで体を上げられると、虫谷=ニヒルが前髪で隠した片目から触手を伸ばす。触手は怜の上半身を締め付けた。



「あなた元人間だっていうじゃない。元人間が魔族の一員になるなんてよほどの才能がないとできないことだわ。けど、あなたはたいしてワルでもないし才能があるとは思えない。それなのに、ヘブン様といつも一緒にいてなんなのよ! ヘブン様は私がいただくから。あんたはこうして私たちの玩具にでもなるのね。元人間さん」



ニヒルは締め付けた触手を地面に思い切り叩きつける。口を切ったのか、口の端から青い血が滴り落ちた。


ベティがウケる!と言いながら怜の髪を掴む。怜は引っ張られる痛みで涙がじわっと出てしまった。それを見たベティはケラケラと笑った。



「ウケるウケるウケるんですけど! 魔族なんてやめてさぁ。人間にでも戻れば? いつでも玩具にしてあげるから。はぁ、同じ服を着てるなんてほんとサイアク。そうだライサイ。脱がそうよ。それから爪でも剥いでやろう。指を一本ずつ折るのもいいかもしれない。ニヒル。あんたは押さえてて」


「やめて!」



ライサイは興奮してるのか、鼻息を荒げて、怜の制服を肩からビリビリと裂いていく。怜は悲鳴をあげた。ベティは怜の指を持って一本ずつ折ろうと力を込める。



「やめて……やめてよぉぉ!」



怜が叫んだその時だった。怜の周りで強い風が吹き、三人は思い切り吹き飛ばされる。



「何よ!」

ベティが怒る。



怜はむくっと立ち上がると、血のように赤い瞳で三人を睨んだ。三人は今までの怜と何かが違うと思ったのか、一斉に身構える。



「やんのかお前!」



ライサイが怜に向かって襲いかかる。だが、怜がカッと目を見開くと、ライサイはうつ伏せ状態で地面に叩きつけられる。怜は低くて艶のある声で右手を翳した。



「お前たちもだ」



残りの二人も地面に叩きつけられた。


***


ヘブンは少し遠くからこの光景を見てしまった。



〈な、なんなんだこれは!〉



怜は意識のない虚ろな目で三人を軽々と押さえつけている。



「嘆かわしい」



さらに三人はメリメリと地面に押さえつけられ、痛みで悲鳴をあげていた。新入りの魔族たちは弱い種ではないのはヘブンは事前にわかっていた。だが、今は赤子をつねるように簡単に押さえつけている。怜は艶やかな声で三人に告げた。



「恥を知れ!」



怜は右手のひらをひょいっと動かし、三人を森奥へと飛ばした。


風がやみ、辺りが静寂に包まれると、怜はパタリと倒れた。ヘブンは急いで自分の上着を怜にかけようとすると、怜の露になった右腕の逆十字に気づいた。逆十字は赤く光っていたが、次第におさまっていく。



〈これが怜の力。なんて強さだ〉



ヘブンは上着を怜にかけるとひょいと持ち上げ、ペンションへと走った。



***



ヘブンは怜をベッドに寝かし、傷を確認する。特に大きな傷もなく、すぐに回復していた。



「これくらいの傷はすぐに癒えるのか」


「怜の力を見たのかい?」



ライグリードが部屋にやってくる。ヘブンはコクンと頷いた。



「彼女のその力は、私も確認済みだ。あの時、怜は襲いかかったゴブリンたちを逆に痛めつけていた。そして、次期魔界のエンプレスだと宣言したんだ。本人はそれを覚えていない。彼女の中に宿っている力が彼女を守っているんだ」


「これほど強い力とは」


「寝かせておけばいずれ目覚める。それで、報告をしてくれないか。誰がこんなことを。服がビリビリに裂けてるじゃないか。ヘブン。君は護衛係だろ?」



ライグリードは冷めた声でヘブンを叱る。ヘブンはライグリードの前に跪いた。



「申し訳ありません。新入りの三人が少し悪戯をしたようです」



男爵はふーんと言うと、それから?と続けさせた。ヘブンは緊張しながら、満月の会について報告する。ライグリードは椅子に座った。



「満月、いじめ、集会。人間が遊びでやっているオカルトの集まりじゃないのか?」


「クラスメイトにいる笹木野聖という男が人を超えたオーラを発してまして。魔族がかかってると判断しています」


「どんな匂いだ」



ライグリードが尋ねると、ヘブンが即答した。



「薔薇の香りです。それもとてつもなく強い。それしか発しません」


「薔薇の匂い。陰湿のオーラ。陰湿専門の魔族がたしかいたような気がするな。他に怪しいやつは?」



ヘブンは羽生利光の名前を出す。



「彼からはイランイランの香りがずっとしています。それに一瞬ですが、目が金色に変化しました。彼は、人ではないと思います。それなのに、人間に玩具にされている。精霊か何かでしょうか」 


「全ての答えは満月の会か。怜に満月の会に参加してもらうしかないね。我々は追跡して、何かあれば戦うしかない。ヘブン、準備しろ」



 ヘブンは力強く、はいと答えた。



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