全ての授業が終わり、怜は羽生にどこかで話ができないか尋ねた。
「それなら近くにカフェがあるよ。そこで話をしてくれる?」
ヘブンも同伴し、羽生は二人をカフェへ案内する。
カフェは暖かみのある内装で、店員が丁寧に接客してくれた。各々注文をして、丸テーブルに掛ける。
怜は羽生に満月の会について話をした。羽生は驚いて、飲んでいたココアをおく。
「その満月の会が、いじめの集会だっていうのかい? でもおかしいよ。君が誘われるなんて。君はいじめには反対なのに。まさか今度は君がターゲットになるんじゃ。ひどい目に遭うよ! 行かないほうがいい」
怜はミルクティーを一口飲む。ヘブンはコーヒーに砂糖を何杯も入れてとかしていた。
「わからない。でも、あなたは満月の会を今まで知らなかったのだから、いじめられる側は満月の会には参加させないんじゃないかな。何か企んでることはたしかだけど」
ヘブンはさらにミルクを入れる。苦いのが苦手ならココアでも頼めば良かったのにと怜は思った。羽生は眉間にしわを寄せて真剣な顔つきで怜を見た。
「危険だ。危険すぎるよ」
「私なら大丈夫」
「どうしてそこまでしてくれるの!? 君と僕は話してまもないじゃないか」
怜は紅茶を飲んだ後、窓の外を見た。辺りは夕方に差し掛かり、大きな夕日が沈んでいくのが見える。
「怖いのかもしれない。自分がどんどん変わっていって、最後に恐ろしい怪物になるのが。自分という存在を証明したいだけなのかもしれない。自分はここにいるって」
ヘブンはコーヒーを啜る。羽生は首をかしげてポカンとしている。怜は焦って、言い直した。
「いやぁね! 友達なんだから助けて当たり前じゃないの! それにね」
怜は紅茶をもう一口飲んで、話を続けた。
「私も友達を助けられなかったことがあったから。その子はもうどこかへ行って帰ってこなくなってね。すごく後悔してるの。だから次こそは友達を大事にしたいの」
「そうなんだ……僕と似てるね」
羽生は怜をじっと見つめると、ココアに視線を移す。ヘブンは甘ったるいコーヒーを飲み、口を開く。
「お前の友達はどうやって死んだんだ?」
「ちょっと鬼道君!」
怜がヘブンを叱ったが、羽生はいいんだと遮る。
「飛び降りたんだ。学校の屋上からね。晴れやかな日で太陽が燦々と輝いていたんだ。昼食時間に僕は彼を探してたんだけど、間に合わなくてそのまま」
話しているうちにイランイランの香りが立ち込める。きっと悔しくて悲しいんだと怜は思った。
「無理して話しなくていいのよ。ありがとう」
ヘブンは羽生にさらに追い討ちをかける。
「そいつがいじめられてる間、お前は何をしてたんだ。指を咥えて見ていたんじゃないのか? 意気地無しだな。お前が勇気さへだせば少しは防げたはずだ。怜がお前を助けたみたいに」
「鬼道くん!」
流石の羽生も怒ったのだろうか、ヘブンをキッと睨み付ける。羽生の瞳が仄かに金色に輝いたように見えたが、怜は夕日のせいかと思った。
「君、悪魔って言われないかい?」
ヘブンはにらみ返す。
「それに近い名前で呼ばれるな」
「たしかに僕は指を咥えて彼がいじめられているのを見ていたさ!見守るしかできなかった。その無力さが君にわかるわけがない!」
ヘブンは何かを察したのか、羽生をまじまじと見始めた。
「まさか……お前」
羽生のほうもヘブンのオーラを感じたのか、目を見開き、急いで帰る支度をした。
「悪いけど、僕は帰るよ」
返却口に飲んだものを置く。怜は帰ろうとする羽生を止めた。
「鬼道君がごめんね。デリカシーがないのよ」
自動ドアから出ると、羽生はいつもとは違う視線で怜を見た。
「君を、信じてもいいんだよね。友達でいてくれるんだよね」
怜は羽生の手を握った。
「お願い。私を信じて。あなたの傷つくところを見たくないの」
「そうか。それならいいんだ」
羽生はまたいつもの雰囲気に戻る。
「満月の会、くれぐれも気をつけてね。君に危険がおよぶことはだけは嫌だから」
「わかってる。大丈夫任せて!」
怜はニカッと笑顔を見せて、羽生を安心させる。羽生も弱々しく笑うと、別れを告げて去っていった。
ヘブンが自動ドアから出てきた。
「荷物。用は終わったろ。そろそろ帰ろうぜ」
怜はヘブンを無視して、歩き始める。ヘブンはやれやれと言って、怜を追いかけた。
「怜。待て」
怜はヘブンを待たずにそのままずんずんと歩く。ヘブンは駆け足で怜を止めた。
「おい」
「やっぱりあなたって最低よ!なんであんなことが言えるの」
「お前だって人のこと言えるのか?自己満足のために羽生を利用しているだけだろ。だから前にも言っている、偽善だって。魔族に善など無いんだ。お前もいずれ悪に染まって」
「違う!そんなことにはならない!」
怜は目に涙を溜め、ヘブンを突き飛ばして走り去る。
「本当に魔界の女帝になる者なのか。もういい。好きにしろ」
ヘブンは立ち止まり寄り道でもしようと思ったが、怜を一人にするわけにもいかず、イライラしながら怜を追いかけることにした。