目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第14話 石鹸の香り


二人は食べたいものを食券で注文した後、昼食をトレイに置いて席についた。怜は、サンドイッチセット。笹木野はオムライスだ。笹木野は向かい側に座る。



「それで話って何?」



怜が早速話を始めた。笹木野はオムライスを一口サイズに掬う。



「君を我々の仲間に入れたいなと思ってね」


「仲間って?」



怜はサンドイッチを頬張った。



「満月の会だよ。満月の日になると皆で集まって、月を見るんだ。ロマンチックだろ?」


「それはぁ……天体観測みたいな感じ?」



怜は目を泳がせながら訊く。笹木野は答えた。



「そんな感じだね」


「本当に満月を見るだけ?」


「そうさ」



薔薇の香りが一気に立ち込める。怜は体中の芯が熱くなるのを感じた。早く食べ終えて、ここから離れたい。



「実は明日、満月なんだよ。日比谷さんと一緒に見たいなと思ってね。どうかな?僕が会長だから、皆に紹介するよ」


「なんで私なの?」



笹木野はオムライスを半分食べ終えていた。



「そんなこと聞くなんて野暮じゃないかい?」



人間の女子高生から見たら、ただのデートの誘いだと思うだろうが、むせるほどの薔薇の危険な香りに怜は警戒するしかなかった。



〈満月を見るというのは口実で、本当はいじめの集会なんじゃないかしら。ここはチャンスかもしれない〉



怜はサンドイッチを食べ終え、カフェオレを飲み干す。



「わかったわ。一緒に見に行きましょ」



薔薇の香りがまた濃くなる。これ以上は一緒にいられない。負のオーラが強くて自分自身が興奮している。


 汗が流れて、頭痛がしてきた。血流の流れが速くなっていく。怜は立ち上がり、トレイを持つ。



「私もう行かなきゃ。明日何時に行けばいい?」


「20時に学校近くのコンビニに集合しよう。一人で来てね。先に言っとくけど、変なことはしない。約束する」


「約束してね。それじゃ」



怜は急いで食堂から出た。早足で歩いていると、ヘブンとすれ違う。彼は怜の腕を掴む。



「おい。大丈夫か?」



ヘブンの石鹸の香りがとても心地よかった。



「笹木野くんって一体なんなの? なんであんなに匂いが強いのよ」



息が切れてくる。ヘブンは怜を落ち着かせるために、再度理科室へ連れていった。



「あんなにもオーラが強いのはおかしいな。何があった」



怜は気分が悪くなり、ポケットから匂いハンカチを取り出して嗅ぐ。少し和らいだが、まだ熱が落ち着かなかった。頭がふらふらとしながら、話を続ける。



「満月の会に誘われた。明日の夜、満月を見に行こうって。でも、なんだか怪しいのよ」


「満月の会?」



ヘブンは眉間にしわを寄せて何か考えていた。そして口を開く。



「強すぎるオーラと満月。怜。一人で行くのは危険だ……満月は人間ではない生き物たちが動きやすい時。彼は人ではない何かと関わりをもっているかもしれないな」


「人ではない何かってまさか魔族とか?」



ヘブンはおそらくと返す。



「いじめが伝統だと言ったな。どうやら、ある魔族が巣を作っているみたいだ。お前はしっかりと縄張りを荒らしてしまったらしい。もう身を引くことは難しいだろう。大した魔族でないといいんだが」


「魔族が関わってるなんて。どうしてそんなことに。一人でこいって言われたから、もしかして私を始末するの?」


「操る対象になるか、魔族とわかれば消されるだろう。これはライグリード様に報告する必要があるな。本当に行くのか?」



怜はうんと頷いた。



「私が行かなきゃ。魔族には魔族で対抗よ」



ヘブンはやれやれと肩を落とした。



「新入り魔族がやることか。本当に大物だぜ」


「羽生くんに伝えようと思うの。もちろん、魔族のことは言わないわ。何かわかれば話をしようって約束したのよ」


「好きにしろ。あいつはただの餌だ。ただし、俺も同伴するからな。おっと」



ヘブンは倒れそうになる怜を支え、椅子に座らせた。そして、怜の首もとを手で押さえる。



「まだ熱をもってる。お前は匂いに影響を受けやすい体質なんだな」



ヘブンの冷たい手が気持ちよい。



「冷たくて気持ちいい」



熱でふらふらとしていた怜はヘブンの胸に頭を預ける。石鹸の匂いが脳内の熱を下げているようだと怜はボーッとしながら感じる。ヘブンは顔を真っ赤にさせた。



「おいっしっかりしろ」


「石鹸の香り……」


「おい」



ヘブンの声が頭の中で木霊する。ヘブンは諦めたのか赤くなっている怜の頬を触り、熱を冷やしてやった。


しばらくして、怜の意識がしっかりし始める。石鹸の匂いとあたたかいぬくもりを感じ、今までの経緯を思い出す。



〈私たしか途中で、頭がくらくらして、そしてヘブンが冷やしてくれて、それで……えっ〉



怜は自分がヘブンの胸の中で休んでいることに気づく。ヘブンはぶっきらぼうに答えた。



「お嬢さん、起きたかい?」


「私ったらなんてこと!ご、ごめんね!」



怜はガバッと身を起こし、ヘブンから離れると、顔を真っ赤にして理科室から逃亡した。ヘブンは、深いため息をつき、頭をポリポリと掻く。



「これに関しては、俺は何も悪くないからな。ライグリード様。本当に悪くありません」



いないはずのライグリードに言い訳をいうと、ヘブンも誰もいない理科室を後にした。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?