二人は食べたいものを食券で注文した後、昼食をトレイに置いて席についた。怜は、サンドイッチセット。笹木野はオムライスだ。笹木野は向かい側に座る。
「それで話って何?」
怜が早速話を始めた。笹木野はオムライスを一口サイズに掬う。
「君を我々の仲間に入れたいなと思ってね」
「仲間って?」
怜はサンドイッチを頬張った。
「満月の会だよ。満月の日になると皆で集まって、月を見るんだ。ロマンチックだろ?」
「それはぁ……天体観測みたいな感じ?」
怜は目を泳がせながら訊く。笹木野は答えた。
「そんな感じだね」
「本当に満月を見るだけ?」
「そうさ」
薔薇の香りが一気に立ち込める。怜は体中の芯が熱くなるのを感じた。早く食べ終えて、ここから離れたい。
「実は明日、満月なんだよ。日比谷さんと一緒に見たいなと思ってね。どうかな?僕が会長だから、皆に紹介するよ」
「なんで私なの?」
笹木野はオムライスを半分食べ終えていた。
「そんなこと聞くなんて野暮じゃないかい?」
人間の女子高生から見たら、ただのデートの誘いだと思うだろうが、むせるほどの薔薇の危険な香りに怜は警戒するしかなかった。
〈満月を見るというのは口実で、本当はいじめの集会なんじゃないかしら。ここはチャンスかもしれない〉
怜はサンドイッチを食べ終え、カフェオレを飲み干す。
「わかったわ。一緒に見に行きましょ」
薔薇の香りがまた濃くなる。これ以上は一緒にいられない。負のオーラが強くて自分自身が興奮している。
汗が流れて、頭痛がしてきた。血流の流れが速くなっていく。怜は立ち上がり、トレイを持つ。
「私もう行かなきゃ。明日何時に行けばいい?」
「20時に学校近くのコンビニに集合しよう。一人で来てね。先に言っとくけど、変なことはしない。約束する」
「約束してね。それじゃ」
怜は急いで食堂から出た。早足で歩いていると、ヘブンとすれ違う。彼は怜の腕を掴む。
「おい。大丈夫か?」
ヘブンの石鹸の香りがとても心地よかった。
「笹木野くんって一体なんなの? なんであんなに匂いが強いのよ」
息が切れてくる。ヘブンは怜を落ち着かせるために、再度理科室へ連れていった。
「あんなにもオーラが強いのはおかしいな。何があった」
怜は気分が悪くなり、ポケットから匂いハンカチを取り出して嗅ぐ。少し和らいだが、まだ熱が落ち着かなかった。頭がふらふらとしながら、話を続ける。
「満月の会に誘われた。明日の夜、満月を見に行こうって。でも、なんだか怪しいのよ」
「満月の会?」
ヘブンは眉間にしわを寄せて何か考えていた。そして口を開く。
「強すぎるオーラと満月。怜。一人で行くのは危険だ……満月は人間ではない生き物たちが動きやすい時。彼は人ではない何かと関わりをもっているかもしれないな」
「人ではない何かってまさか魔族とか?」
ヘブンはおそらくと返す。
「いじめが伝統だと言ったな。どうやら、ある魔族が巣を作っているみたいだ。お前はしっかりと縄張りを荒らしてしまったらしい。もう身を引くことは難しいだろう。大した魔族でないといいんだが」
「魔族が関わってるなんて。どうしてそんなことに。一人でこいって言われたから、もしかして私を始末するの?」
「操る対象になるか、魔族とわかれば消されるだろう。これはライグリード様に報告する必要があるな。本当に行くのか?」
怜はうんと頷いた。
「私が行かなきゃ。魔族には魔族で対抗よ」
ヘブンはやれやれと肩を落とした。
「新入り魔族がやることか。本当に大物だぜ」
「羽生くんに伝えようと思うの。もちろん、魔族のことは言わないわ。何かわかれば話をしようって約束したのよ」
「好きにしろ。あいつはただの餌だ。ただし、俺も同伴するからな。おっと」
ヘブンは倒れそうになる怜を支え、椅子に座らせた。そして、怜の首もとを手で押さえる。
「まだ熱をもってる。お前は匂いに影響を受けやすい体質なんだな」
ヘブンの冷たい手が気持ちよい。
「冷たくて気持ちいい」
熱でふらふらとしていた怜はヘブンの胸に頭を預ける。石鹸の匂いが脳内の熱を下げているようだと怜はボーッとしながら感じる。ヘブンは顔を真っ赤にさせた。
「おいっしっかりしろ」
「石鹸の香り……」
「おい」
ヘブンの声が頭の中で木霊する。ヘブンは諦めたのか赤くなっている怜の頬を触り、熱を冷やしてやった。
しばらくして、怜の意識がしっかりし始める。石鹸の匂いとあたたかいぬくもりを感じ、今までの経緯を思い出す。
〈私たしか途中で、頭がくらくらして、そしてヘブンが冷やしてくれて、それで……えっ〉
怜は自分がヘブンの胸の中で休んでいることに気づく。ヘブンはぶっきらぼうに答えた。
「お嬢さん、起きたかい?」
「私ったらなんてこと!ご、ごめんね!」
怜はガバッと身を起こし、ヘブンから離れると、顔を真っ赤にして理科室から逃亡した。ヘブンは、深いため息をつき、頭をポリポリと掻く。
「これに関しては、俺は何も悪くないからな。ライグリード様。本当に悪くありません」
いないはずのライグリードに言い訳をいうと、ヘブンも誰もいない理科室を後にした。