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第12話 私は魔族


学校が終わり、ヘブンと一緒にペンションへ帰った。怜は友達ができて嬉しいのかヘブンのことは無視してスキップをしている。ヘブンは怜に忠告した。



「人間は餌だと言っただろ」


「私の勝手でしょ」


「友達を作りにきたんじゃない。狩りをしに来たんだ」



怜は、はいはいと聞き流すると、ヘブンははぁとため息をつく。もうお手上げだと思ったのかこれ以上話すのをやめた。



***



二人はペンションにたどり着く。怜は階段を駆け上がると自室へ戻った。どっと疲れが押し寄せ、怜はベッドにダイブし、目を瞑るとそのまま眠りについた。



トントントン。



ノック音で目が覚める。



「怜。入っていいかい?」



ライグリードが尋ねると、怜は起き上がって部屋のドアを開けた。



「なに?」


「ちょっといいかな?」



ライグリードが部屋に押し入る。どうやら怒っているようだ。



〈ヘブンが告げ口したのね〉



怜は後退りした。



「わ、私、今日頑張ったわ」



目がルビーのように冷たい。かなりヤバイことをしているんだと怜は感じた。



「何がいけなかった? 友達を作ったこと? それとも狩りをしなかったこと?」



ライグリードは怜に近づき、腕を掴む。その瞬間、彼女は力が抜けていくのを感じた。


ライグリードは怜をベッドに押し倒すと、懐から黒い小瓶を取り出した。怜はライグリードに言い返す。



「いじめを止めたことを怒ってるの?」



抵抗する怜の両手を片手で軽々とベッドに押し付ける。怜は恐怖を感じた。



「は、離してよ」



ライグリードは黙ったまま、懐から小瓶を取り出す。小瓶の中の液体を口に含むと、怜の顎を優しく掴んで、口へと運んだ。


これは血だ!


怜は飲み込まないようにしたが、本能には逆らえずゴクリと飲んでしまう。


ライグリードはさらに液体を口に入れ、怜に運んだ。金木犀の香りと血の匂い。


怜は体が熱くみなぎり、軽くなっていくのがわかった。血の巡りがよくなり、頭が冴えてくる。ライグリードは怜の唇をなぞると、凍るような声で言った。



「わかるだろう、怜。君が血や負のオーラを欲する魔界の住人であることを。この血は人間のもの。友達を作るのは結構だが、人間は所詮、餌でしかないんだ」



ヘブンの時同様、屈辱や悔しさで目頭が熱くなった。



「私は人間がいい。餌でもいいから人間に戻してよ! 狩りなんてしたくない」



ライグリードは怜の左手のひらを噛む。以前紫だったはずの血は、青色に変わっていた。



「君は魔界の住人なんだ。いい加減に自分の立場を理解しろ」



ライグリードは怜を離すと身なりを整えて部屋から出た。怜は、噛まれた手のひらから流れ出てくる青色の血を眺める。



〈私はもう人間じゃない。おぞましい魔界の住人!〉



怜は何者にもなれないような心細い気持ちを抱き締めるように、自分を抱き締め、しくしくと泣き出した。



***



泣き声がしなくなった。


ライグリードはゆっくりと怜の部屋を開けると、ベッドの上で泣き疲れて寝ている怜を見た。彼は怜をベッドにきちっと寝かしつける。去ろうとした時、怜は男爵の腕を掴んだ。



「天使様……いかないで」



ライグリードは静かに怜の手を触る。怜はなかなか離そうとしなかった。



「お願い。天使様だけは私を見捨てないで。もうわがまま言わない。天使になりたいなんて言わないから」



ライグリードは彼女が頑なぬ魔族になりたくない理由がわかったような気がした。



〈天界に憧れた人間が、天使に殺され、魔族となった。なんとも残酷なことだ。彼女と天使の接点はどこだ。なぜ彼女は天使に会えたのだろう。話を聞く必要があるが、あんな手荒なことをしたから心を開くのは当分難しいかもしれない〉



ライグリードは怜の額を優しく撫でた。



「魔界の住人になることをまず認めるんだ、怜。私は、君を見捨てたりしない。エンプレスである限りね」



ライグリードは怜の部屋から出た後、一階へと降りる。下には既にヘブンが待っていた。ヘブンはワインを注ぎ、男爵はソファに座る。



「ライグリード様。今まで気になっていたのですが、サッカダレン一族の掟を破るとどうなるのですか? エンプレスの右腕になることを拒むと」



ヘブンは不安そうに男爵に尋ねる。よほど怜に対して期待していないのだろう。



「謀反とみなして、消滅もしくは耐え難い痛みを一生背負うことになる。掟と言うよりも呪いだな」


「そんな……」


「だからこそ怜には頑張ってもらわないと。それにだな、ヘブン。少し頼みたいことがあるんだ」



ヘブンはライグリードの前に片膝立ちになる。



「なんなりと」


「怜は天使に殺されて魔界へ堕とされた。天使と彼女との接点を知りたい。擬態もしていない天使が人間と接点をもつなど、簡単にはしないはず。それに人間を殺すことも。私も探れたら探りたいが、如何せん、彼女は警戒心が強い。心を開くまでに時間がかかるだろう」


「私にもです」


「狩りも大事だが、彼女の味方になってやってくれ」



ヘブンは苦い虫を食べたような顔になるが、どうにかわかりましたと承知した。



「女性には優しくな」



人のこと言えないだろと言わんばかりにヘブンは目を細める。ライグリードはそれを感じたのか、ニコッと笑って誤魔化した。



「我々はそこも勉強しないといけないらしい。人間なんて餌でしか考えてなかったからなぁ。そろそろ日の出だ。もう下がっていい。今日も学校頑張ってね」 



ヘブンは一礼をして部屋に戻った。



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