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第11話 友達


授業を受けた後、昼休憩が始まった。怜は羽生をランチに誘おうとしたが、圧倒的なヘドロの匂いをくらってしまい、またトイレに駆け込む。


クラス全体が昼休みに入ったことで嬉しいと感じてしまい、オーラが放たれたせいだった。


吐きすぎて喉が切れ、血が混ざり、頭がガンガンと痛み出す。怜は人気がない理科室前の廊下をヨロヨロと歩いた。


コンクリートの廊下は外と吹き抜けており、新鮮な空気が入ってくる。怜が深呼吸をしていると、廊下の向こうからヘブンがやって来た。



「探したぞ。ちょっとこい」



嫌な予感がする。怜はヘブンから逃げようと足早で去ろうとしたが、ヘブンの方が早かった。怜の腕を掴むと、誰もいない理科室へと引っ張りこんだ。



「何よ。あんたいじめの時に寝てたわね。本当に最低だわ。恥を知りなさい」



怜はヘブンを見ながら少しずつ後ずさるも、扉の前で行き止まりになった。ヘブンはポケットからハンカチを取り出し、じりじりと近づいた。



「匂え」



 怜は「嫌」と即答した。



彼女が理科室から出ようとヘブンに背をむける。ヘブンは怜を後ろから抱くと、ハンカチを怜の鼻と口元に押し当てた。



「いや!」



怜は肩を抱いているヘブンの腕を掴んで、激しく抵抗した。しかし、ヘブンの力が圧倒的に強く、両腕が動かない。


柑橘系の悲しみの匂いとヘブンの石鹸の香りでいっぱいになる。だんだんと吐き気が落ち着き、体力が回復していくのがわかった。


怜は本能的に深く呼吸をし、貪るようにハンカチを匂い出した。我に返ったとき、とてつもない屈辱を感じた。



〈私って最低だ……悲しみを感じて心地よくなってるなんて〉



ヘブンはハンカチを抑えたまま、怜の耳元で囁いた。



「力がわいてくるだろ? お前がいかに人間に対して正義をふりかざしても、所詮は偽善だ。自分の姿をよく見てみろ。負のオーラを欲している魔族の一人だ」



低くて細めのいい声が響き、怜は力が抜けていく。



〈早く解放して!〉



ヘブンがハンカチを怜の顔から剥がす。



「俺の言う通りに匂いを携帯しろ。そうしないと体がだんだんと衰弱してしまう。血を飲むよりはまだ罪はないと思うぞ」



ヘブンは怜を解放した瞬間、彼女は勢いよくヘブンをビンタした。目から涙をため、顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。



「最低! 大嫌いよ!」



怜は扉を開けて理科室から走り去った。



***



怜は激しく瞬きをしながら、涙を必死に引っ込めていた。



〈ヘブンにはあんなこと言ったけど、私の方が最低だ。私のやってることは、偽善なんだろうか〉



職員室前の廊下を歩いていると、羽生が職員室から出てきた。



「日比谷さん!」



羽生が怜に駆け寄る。羽生は怜より背が少し低く、とても華奢な体格をしていた。髪はいわゆる坊っちゃん刈りで顔にそばかすがあり、目は大きくて愛らしい顔をしている。羽生は嬉しそうに怜に挨拶した。



「さっき、君に助けられた羽生利光はぶ としみつです! あの時は助けてくれて本当にありがとうございました」



少々自信がないのか、目を合わせようとしない。いじめは初めてではないのだろう。恐怖や不安の匂いなのか、彼からイランイランの香りがした。



「気にしないで。私がしたくてやっただけだから。あなた、これまでずっといじめられてたのよね?」



羽生はため息をつき、視線を落とした。



「恥ずかしい話、そうなんだ。現代文の授業で生徒が一人亡くなったって言ってたでしょ? その子は僕の友達だったんだ。始めはその子がいじめられてたんだけど自殺しちゃって。次のターゲットとして僕が選ばれたんだ」


「酷い話だわ」


「でも僕は償いだと思っているんだ。友達が酷くいじめられてても何もできなくて。ただ見ているだけだったんだ。本当に最低な奴だよ。次のターゲットに選ばれて当然さ」



怜は羽生の肩に手を置いた。



「あなたがそうやって償っても死んだ友達は喜ばないと思うわ。元気で楽しく生きてくれたらそれでいいと思うの」



羽生は確固たる信念があるのか、首を横に振った。



「ありがとう日比谷さん。でもね、僕はただターゲットになって終わるなんて絶対にしない。友達の敵をとりたいんだ」



怜は羽生と教室まで歩きながら話をする。



「実は、この学校のいじめは伝統にさへなっているんだ。ターゲットを選んでは皆でいじめるようにトップが幹部たちに指示している。幹部たちはそれを全体へ回して、いじめが始まるんだ。トップは卒業と同時に新しいトップへと受け継がれる。それがずっと続いて、そのせいで何人も転校したり、不登校になったりしてる。死んだのは彼が始めてだ」


「そんな伝統があるなんて、なんでわかったの?」



羽生は力強く頷いた。イランイランの匂いが少し強くなる。



「口の軽いクラスメイトが僕をいじめながら滑らせたんだ。まぬけだろ?」



羽生は力なく怜に笑いかけ、窓ガラスに触れた。そして拳をきゅっと握る。


怜は羽生の悔しさや怒りが伝わり、彼が間違ったことをしないか心配になった。



「羽生君。トップを見つけたらどうするつもりなの?」


「トップを見つけて、警察につきだす。大丈夫だよ。僕はあいらと違って、傷つけたりしない。法の裁きを受けて、学校からいじめが無くなるようにしたいだけだ」


「私も手伝う」



 羽生利光は目を真ん丸にして、驚いた。



「ダメだよ! 君にも危険が及ぶ。それに、もう誰も傷つけたくないんだ」


「一人よりも二人のほうがいいわよ。それに、そんなこと知って放っておくわけにはいかないわ」



怜は自分の右手を差し出した。



「友達。私達これで友達ね」



羽生は目に涙を浮かべ、握手を交わした。



「ありがとう日比谷さん。ありがとう」



二人は笑顔になり、教室に嬉しそうに戻った。



ヘブンが階段の踊場から姿を現す。怜と羽生との関わりを見て、眉間にしわを寄せた。



「おせっかいなやつ」





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