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第10話 いじめ


久しぶりの学校生活に少しわくわくしていた怜だが、やはり授業は退屈だった。生徒たちは集中しているためか匂いが薄くなり、あまり気にならなくなった。


周りを少し見渡すと、魔族である虫谷理人とヘブンが前の席にいて授業を受けている。真ん中の一番後ろの席にいる怜は、空腹を我慢しながら早くお昼休憩にならないかと時計をじーっと眺めていた。


現代文の先生がチョークを置いて、生徒たちを見る。三十代くらいの女の先生だ。



「では、この文章を誰か読んでくれないかな。そうねぇ、羽生はぶ君、読んでくれる?」

「は、はい」



窓際の列の二番目に座っている小柄な男子、羽生が立ち上がり眼鏡をくいっとかけ直して教科書を読もうとする。しかし、ところどころ文章が読めないのか、えーっとえーっとと戸惑っていた。先生は不思議に思って、羽生の教科書を確認する。


羽生の教科書は悪質な落書きがいっぱい書かれており、ところどころページが破けていた。ノートも同様に悲惨なことになっている。



〈これっていじめじゃない〉



怜が心配そうに羽生を見ていると、周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきた。薔薇の仄かな匂いが立ち込める。怜は匂いを嗅がないように、袖で鼻を隠した。



〈羽生君以外、クラス全員が笑ってるなんて〉



ヘブンを見ると、彼は頬杖をついて居眠りをしていた。



「何がおかしいの!? あなたたちのクラスでは既に一人、亡くなってるのよ! 生田いくた君のことを思い出して、いじめは罪深いことだと自覚しなさい!また警察沙汰になりたいの!?」



先生は生徒たちを叱り、辺りはしんと静まり返るが、薔薇の匂いは残ったままだった。



〈既に一人死んでるの? いじめでってことよね。自殺かしら。それなのにまだいじめをやめないなんて、どんなクラスなのよ〉



怜はこのクラスの陰湿さにある種の恐怖を感じた。



「羽生くん。お昼休みに職員室にきなさい。話はそこで聞くから」



羽生は弱々しく「はい」と答えると静かに席についた。



***



現代文の授業が終わり、先生が部屋から出ると、クラス全員が羽生に紙グズや消しゴム、チョークを投げて遊び始めた。


鉛筆を投げる者もおり、羽生は机に座りながら頭を抱えて身を守り、やめるように懇願していた。


魔族の一人。虫谷がもっとやれもっとやれと煽ると、薔薇の匂いが一気に強くなっていく。ヘブンは相変わらず居眠りをしており、我関せずの態度だ。


 怜はこの光景に我慢できなくなり、羽生の前に立った。



「あなたたちのやってることは卑劣よ!集団で寄ってたかって最低だわ」



クラス全体がブーイングの嵐になる。近くにいた男子生徒が声を荒げた。



「いい子ぶりやがって。ムカつくんだよ!」



怜は男子生徒を観察すると、目が虚ろになっていることに気づく。



〈なんなの?何かに操られているみたい〉



彼は筆箱からカッターの替刃を取り出すと、怜に向かって勢いよく投げた。怜は替刃が投げられるとは思わず、その場に固まってしまう。



〈まずい!〉



だがその瞬間に、怜の前に別の男子生徒が上着を脱ぎ、投げられた替刃を上着でキャッチした。


怜を庇った男子生徒は、ストレートで少し短めの黒い髪に、肌は少し浅黒く、容姿は中肉中背。顔は整っており、左目の下に泣きホクロが見えた。



「そこまでにしようよ。皆やりすぎた」



彼は皆にそう言うと、クラスメイトたちはパタリと物を投げるのをやめて、次の授業の準備をし始める。



「日比谷さん。大丈夫? 怪我してない?」



怜は彼から発するむせ返るほどの薔薇の匂いに驚き、すぐに警戒体制にはいる。薔薇の匂いのせいか怜の顔は真っ赤になり、体が火照っていった。



〈このオーラ、強すぎる〉



怜は平常心を保ちながら返事をした。



「大丈夫よ。助けてくれてありがとう。えっとあなたは誰だったっけ?」


「僕だよ。笹木野聖ささきの ひじり。忘れるなんて酷いな」



笹木野聖は羽生にも大丈夫か問うと、羽生はコクコクと頷き、お礼を言った。



「二人とも、助けてくれてありがとう」



授業始まりのチャイムが鳴る。怜は笹木野からすぐに離れると、自分の席につき、深呼吸をして体の熱を落ち着かせた。


笹木野の方はゆっくりと席に着くと、面白そうな目で怜をじっと見つめていた。


数学の授業を受けている間、怜は笹木野について考えていた。



〈彼からは悪のオーラが強く放たれているはずなのに、なぜ私や羽生君を助けたの? それに、笹木野君がやめるように言うと、皆あっさりとやめちゃうし。まさか彼は魔族とか? 一体何者なの?〉



怜はさらに羽生の方を見る。制服はチョークの粉まみれになり、足元をよく見ると上履きを履いていなかった。


後ろからしか表情が読めないが、彼の頬からキラリと何かが滴り落ちるのが見えた。



〈泣いているのね〉



どこからかイランイランの香りがする。落ち着きがあってぬくもりのある香りだ。



〈彼を助けられないかしら〉



怜は羽生をランチにでも誘おうと決め、数学の授業に戻ることにした。



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