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第9話 新入り


怜たちがこれから通う高校は、峡第一高校という文武両道を謳っているごく普通の進学校だ。


怜たちが教室に入ると、先ほどの挨拶してきた女の子は別の女子生徒と挨拶を交わしに行く。


怜が驚いたのは、教室内に漂う匂いだった。



〈何よこの匂い!キツすぎる……〉



ヘドロの匂いやわたあめの匂い、酸っぱい胃酸のような匂いが押し寄せてきたかと思えば柑橘系のような爽やかな匂いが混ざり合って怜の鼻を刺激する。


怜は教室内の匂いに我慢できず、急いでトイレに駆け込み、胃の内容物を吐き出した。


げっそりとした顔で女子トイレから出ると、廊下でヘブンが腕を組んで待っていた。



「盛大にやってるな。安心しろ。始めは皆そうなるんだ」



ヘブンは自分のポケットから青色のハンカチを取り出した。



「これを嗅いでろ」



柑橘系の強い匂い。オレンジよりの少し甘い香りだ。怜はライグリードから嗅がされた悲しみの匂いだとわかり、首を横に振る。



「い、いらない」



気分が悪い……怜がもう一度トイレで吐きにいこうとした時、後ろから爽やかなミントの香りが充満してきた。吐き気が一気に良くなり、それどころか体力が少し回復しているのがわかった。



「鬼道くん。この匂いって何? これも負のオーラなの?」



ヘブンは、あぁと返事をすると怜を越えた向こう側の廊下を見ていた。



「新入りの三人がようやくお出ましだ」



怜が振り返ると、ブレザーをきた三人組がこちらにやってくる。彼らが近づくに連れて、ミントの匂いも強くなっていった。


1人目は、小柄な男子で、片手に本を持ち、片目を深緑色の前髪で隠している。


2人目は、厚化粧をした女子で、手にシュシュをつけており、スカートが極端に短めで、シャツははだけて胸の谷間が見えていた。


3人目は、ラグビー選手のように体つきがよく、筋肉隆々の男子だ。短髪で部屋の中なのに、ニット帽を被っている。


なんとも学校では交わりそうにない取り合わせだなと怜は感じた。


3人はヘブンに挨拶した後、丁寧にお辞儀をする。厚化粧の女子が、ヘブンに近づき、胸元を強調させて上目遣いで自己紹介をした。



「淫魔族のベティでぇす。鬼族のヘブン様にお会いできるなんて嬉しいですぅ!」


〈ヘブンは鬼なんだ。それに有名人みたいね〉



怜は関心してヘブンを見る。彼はベティに見向きもせず、三人に言い放った。



「三人とも、ライグリード様から儀式のことは聞いてるだろう。魔界に入った歓迎の儀式だ。思う存分オーラを蔓延させ、魔族の一員として成長してほしい。人は一人か二人は殺しても問題ない。ただ、我々の存在だけは周りに気づかれないこと。

特に天界。天使にはくれぐれも用心するように。最近天界の者が頻繁に出入りしていると情報があった。消滅されないように気をつけて」


〈天使もこの高校にいるかもしれないの?〉



怜は天使になっていったひなたを思い出した。


3人は、わかりましたと大人しく了解する。片目を前髪で隠してた男子が、ヘブンに尋ねた。



「ワーム族のニヒルと言います。ここでは、虫谷理人むしたに りひと。よろしくお願いします。あの、天使と人間の区別はどうすればいいのですか?天使も人間に擬態しているんですよね」



ヘブンがそうだと答える。



「やはり匂いだ。匂いだけでしか判断ができないだろう。だが、天使側も我々の存在に気づくのは難しいとされる。我々も匂い以外は擬態に成功しているからな。しかし、我々や天使は人間と違って匂いのパターンがない。例えば、ラベンダーのような匂いならずっとラベンダーだ」



怜は自分の服をクンクンと匂ったが、自分の匂いはわからなかった。ヘブンの香りは会った時からわかっている。石鹸のような清潔感のある香りだ。



「君たちはまだ新入りだから己の匂いがわからないと思う。ここから自分だけの匂いを探してくれ。もう一度言うぞ。天使にはくれぐれも気をつけて」



3人はわかりましたと頷くとそれぞれの教室へと返っていく。



〈天使は人間の格好をして人間界にいたんだ。あんなにも会いたくて会いたくて仕方なかった存在なのに。私を邪悪な存在だと気づいたのは匂いのせいだったと言うの?どこかで天使と接触でもしていたのかしら〉



怜が考え事をしていると、ヘブンが怜の頭にデコピンをお見舞いする。



「いた!」

「ぼーっとするな。ホームルーム始まるぞ」



怜はそうだと言って、ヘブンの頭のてっぺんを見ようと何回かジャンプする。


ヘブンは目を細めて「何をしている」と返した。



「あなた鬼でしょ? 角生えてるかなーと思って。にょきってね」

「擬態してるんだ。今は隠している」



怜はキラキラした瞳でヘブンを見ては、両手を合わせてお願いのポーズをとる。



「そんな顔しても見せないからな。それになんだ。やめろ。絶対に触らせない。角は敏感なんだ」



ケチ!と怜がヘブンに言い返すと、学校のチャイムが鳴り、二人は急いで教室へ戻っていった。


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