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第7話 ヘブン


馬車が森の中に優雅に降り立つ。ヘブンが先に降りて、ライグリードを誘導した後、怜が地面に降りた。


辺りは真夜中で、生き物たちの吠え声が聞こえる。それ以外はとても静かだ。怜は森の新鮮な空気を思い切り肺吸って吐く。やっぱり地球って最高!と心の中で感激していた。


三人は少し歩いて、森の中にある古びたペンションへたどり着いた。ヘブンが玄関の扉を開け、ライグリードが中に入る。その後ヘブンが中に入って扉をピシャリと閉めた。怜は、イラッときたがどうにか気持ちを抑えて自分で扉を開けて中に入る。


ペンションの外装は古びていたが、内装は最新の様式になっているようだった。どこか甘くて仄かにバニラの香りがする。怜は先ほどの香りを思い出し、袖で鼻を隠した。ライグリードは怜に説明した。



「ここは無差別殺人があったペンションでね。ペンションにいた全員が何者かに残虐に殺された。それ以来、内装は変えたが、人が全く彷徨かなくなり、空き家になったわけ。いい香りがするだろ?これが痛みと苦しみの香りさ。そういう負のオーラはいつまでも残るからね。過ごしやすい空間だと思うよ。さぁ、ヘブン。彼女を部屋に案内してあげてくれ」



ヘブンはかしこまりましたと言って、怜を部屋に案内した。それぞれの部屋は二階にあり、左からヘブン、真ん中に怜、右にライグリードとなっていた。怜が部屋に入ろうとした時、ヘブンは面白そうに怜に話しかける。



「お前の部屋は、新婚旅行にきた夫婦が残虐に殺された部屋で、ここがもっともオーラが強いとされている。幸せなオーラが一瞬にして苦しみや悲しみ、痛みに変わるときが特に最高なんだ」


ライグリードの部下、ヘブンはとても背が高く、怜が睨んでも蔑んだ目で睨み返された。怜はさらに負けじと、開けようとした扉を閉める。それから腕を組んでヘブンに近づき、話題を変えた。



「あなたの名前、ヘブンでしょ?ヘブンは天国って意味じゃないの。嫌じゃないのわけ?」


「俺は皮肉っぽくて好きだけど」



ヘブンも負けられないのか怜に近づき、圧力を与える。細い銀色の目が意地悪そうに怜を見る。上司も上司なら部下も部下ね!と怜は思った。



「俺はこれから狩りに出かける。人間一人で一ヶ月はもつだろう。お前も来るか? 教育するぞ」


「人間なんて食べない。私はコンビニにでも寄ろうかな?いや、お金が無いから無理か」



ヘブンは、ハッと笑う。



「人間が食べるものでは満腹にならないぞ。せめて動物にしとくんだな。だが、人間が一番栄養があっていい。これは忠告だ。血を啜るだけでいい。そうでないと、お前がだんだんと衰弱していくぞ」



たしかにお腹はとても空いている。だが、人間を食べるだなんて想像するだけで怜はゾッとした。



「動物を焼いて食べるわ。それが限界よ。人なんて食べられない。お願いヘブン。見逃して?」



両手を合わせて懇願してくる怜がつまらないのか、ヘブンはため息をつく。



「ったく、仕方ないな。今日は兎かなんか狩ってきてやるよ。兎なら三日くらいはもつだろう」


「ありがとう。ヘブン! 意外と優しいじゃない」


「意外とは余計だ。明日から学校だが、俺たちは仲のいい幼馴染みという設定らしい。形だけでも仲良くな。ちなみに名前はヘブンではなく、鬼道真也きどう しんやだ」


「ねぇ、本当にやらなきゃいけないの?儀式ってやつ」



ヘブンは怜の部屋の扉を開けて、恭しくお辞儀をした。



「お前が本当に魔界のエンプレスとなる存在か。見せてもらいたいもんだ」



***



ライグリードはリビングで血の入ったワインを飲んでいた。服は黒紫色のベストに黒いレース入りのシャツ。胸元には赤いブローチをつけている。


そして暖炉の火を囲い、一人掛けのソファで考え事をしていた。後ろからヘブンがやってくる。ライグリードがヘブンに問いかけた。


「怜は?」


「兎肉を食べた後、今は自室に。寝ているかと」


「兎肉ねぇ……まぁ、始めはこんなもんか」


ヘブンは小さく頷いた。



「君たちが高校に行っている間、私は面倒が見られない。私は別の仕事をせねばならないのでな。彼女を頼む。絶対に守るんだ。天界があのような動きをするということは、天使たちもこちらに来ていると予測する。衝突は避けたい」



ヘブンは戸惑いながら、ライグリードに尋ねた。



「怜を期待していいのですか? 本当にエンプレスになると? これが魔王に知られたらどうするんですか?」


「既に、あの方は知っている。あの方もそろそろ世代交代だとお分かりのはずだ。問題は次期当主になるのが誰か。こちらは怜に賭ける。賭けねばならない。我々サッカダレン一族のために」



ライグリードはワイングラスをぐっと強く持ち、一気に煽った。



「ライグリード様に従います」



そう言うと、ヘブンは一礼し、自室へと戻っていった。


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