目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第2話 魔界へ


怜の意識がだんだんと遠退いていく。怜は突き刺さった剣を握り返し、この状況に負けまいと強気のままニヤリと天使に向かって笑ってみせた。



「天使が人間を殺すなんてそんなことあっていいのかしらね……」

「日比谷怜。お前は邪悪な存在だ。お前はこの世界で生きてはいけない存在なのだ。問題はない」



大天使アークエルは淡々と答えた。天使の召喚に成功したひなたがおそるおそる彼に近づく。



「あぁ、あぁ。天使様! 天使様だわ! 本当にいらしてくださったのですね!」



興奮気味に天使を迎えるひなたに、アークエルは彼女を見ることなく静かに返した。



「この者を呼んでくれたことに感謝する。安藤ひなた。お前を正式に我々の仲間として迎え入れよう。天使としてな」



ひなたは嬉しさのあまり何度も何度も床に頭を擦り付け、お礼を言った。その光景がなんと滑稽なものかと怜はひなたを軽蔑した。



「あぁ、なんと嬉しい限り! ありがとうございます! ありがとうございます! さぁ、アークエル様! 早く。早く邪悪な存在を殺してしまいましょう!」

「いや」



アークエルは一呼吸おいて告げる。



「この者は魔界へ送られる」 



怜とひなたは同時に驚いた。



「「魔界!?」」



安藤ひなたの興奮がまだ冷めないのか、アークエルの足元の裾を必死で引っ張った。



「なぜ魔界に送られるのですか! いっそのこと殺してまえばいいのです! 邪悪な存在なのでしょう!? それなら尚更、この者を生かしてはいけません! この世界のためです!」



アークエルはギロりとひなたを睨み付けると、彼女は言い過ぎたと思い急に大人しくなった。怜は声を搾り搾る。



「なんで、私が、魔界に送られなきゃいけないのよ」


「言っただろう。お前は邪悪な存在なのだ。邪悪な存在を簡単に消滅させるわけにはいかない。魔界へ堕ちてもらう」


アークエルは貫いた剣を一気に引き抜くと怜を抱き上げた。抜いた瞬間に怜は血を吐き、アークエルの服にべったりとつける。だが、彼は気にしていないようだった。


アークエルはじっと怜を見つめる。不思議と彼の金色の瞳は何か期待しているように光っていた。



「残念ながら、運命には逆らえないのだ。怜」



アークエルの落ち着いた声と、穏やかな白檀の香り。怜はどっと眠気が押し寄せた。



「さぁ、目を閉じろ」



アークエルの白くて大きな手が怜の瞼を覆う。安藤ひなたの高笑いを聞きながら、怜は重い瞼をゆっくりと閉じた。


女子高校生、日比谷怜の生涯はここで幕を閉じた。



***



腐った卵の匂いと生ゴミのような匂いが鼻の奥まで広がる。怜はだんだんと気持ちが悪くなって、ハッと目を覚ました。黒紫色の空に重苦しい雲が覆い、地面は苔色のヘドロにまみれていた。



「ここは……」



怜は頭を触り、記憶を辿る。思い出すのは、背の高い天使と安藤ひなたの笑い声だ。



「そうよ! あの天使は私を魔界に送るって言ってた。まさか、ここがそうなの?」



さらに怜はハッと思い立って、アークエルに刺されたところを確認する。だが、刺された傷はおろか、ひなたに殴られ蹴られた痕は綺麗になくなっていた。血塗れだった白いワンピースも元に戻っている。


怜は怖くなって自分の胸に手を当てた。


心臓の音が聞こえない!



「ちょっと待って! 心臓の音が聞こえない。死んで魔界に送られちゃったってこと?」



怜が回りを見渡す。どうやらゴミの匂いが充満するヘドロの地の中心に置いていったようだ。



「なんて丁寧な置き方してくれるのよ。これからどうしろって言うの……」



そう考えていた矢先、上空からカラスようなのかん高い鳴き声が聞こえた。怜は上を見上げてそのカラスたちを見るとギョッとして、後ずさる。


そのカラスはとても醜く、目は3つあり、蝙蝠のような翼が生えていた。体全体は普通のカラスの倍はある。2匹の異形のカラスは怜の存在に気づくと、なんと言葉を発した。



「なんだなんだ!? 人間じゃねぇか! 人間が降りてきたぞ」



怜は嫌な予感がしていた。もう一匹のカラスもどきがケタケタと笑い出し、しゃがれた声で言い返す。



「こいつはいいな! 目玉でもひんむいて遊んでやるとしよう! 人間の目玉は綺麗だからな」


走れ!


怜の頭の中で警報が鳴り、怜はどこにいくかもわからずに走り出した。時折、ヘドロに足をとられながらも、それでも足を動かし続ける。これを見た異形のカラスたちは面白おかしく笑いだした。



「ひゃっひゃっひゃ! こいつはいい! 鬼ごっこってやつかい。いいね。いっちょ遊んでやるか!」



ここから怜とカラスもどきたちの地獄の追いかけっこが始まった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?