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魔界のエンプレス
倉真朔
異世界ファンタジーダークファンタジー
2024年11月29日
公開日
56,975文字
連載中
悪魔やら堕天使やらと恋愛しつつ戦いつつ、魔界の女帝まで登り詰める物語。

~あらすじ~
親友に騙され、天使になるための生け贄として捧げられた女子高生の日比谷怜。死んで降りた先は、なんと魔界。そこで彼女を待っていたのは、魔界貴族のライグリード男爵だった。

「悪いこと、残忍なことが喜びに変わるそのときまで。怜。私が君を魔界の女帝に育てる。育て上げて見せる」

 次期魔界の女帝になるさだめとして突きつけられた彼女に待ち受ける様々な試練。

 なぜ、自分が魔界の女帝に選ばれたのか。その答えを導くため、そして魔界の女帝になるために、ライグリードと光のない闇夜を歩くダークロマンスファンタジー。

1章 第1話 生贄


日比谷怜は、強烈な鉄の匂いと血生臭さで目を覚ました。鈍痛が右後頭部にズキンズキンと伝わり、ひんやりとした液体を右耳に感じる。



──これは血?



怜は痛みと戦いながら、少しずつ今までのことを思い出そうとした。



──そうよ、彼女よ!



怜は幼馴染みの安藤ひなたを思い出した。彼女からの久しぶりに電話がきて、うちに来るように言われたのだ。そして、彼女の部屋に入った瞬間、後頭部からの衝撃とともに怜は意識を失った。


怜は痛みに耐えながら部屋を見回そうと体を動かす。どうにか起き上がりたいが、両手両足をロープで縛られ、身動きがとれない。ジーパンとTシャツだったはずの服は、肌着のような薄くて白いワンピースに変えられていた。


体を少しずつ捻り、薄暗い部屋を見渡す。オカルト映画に出てきそうな不気味な魔方陣。棚には何かの儀式で使用しそうな供物。極めつけのおどろおどろしい祭壇。床に書かれている魔方陣は渇いた血で書かれていた。その血は自分の血で書かれたかもしれないと思うと、怜はぞっとする。


怜はだんだんと思考が冴えはじめ、この不気味な儀式について考えることにした。



「この魔方陣は天使文字で書かれているわ。それに供物も悪魔儀式とは違う。それなら私は……まさか生け贄? ひなた、あなたは一体誰を呼ぼうとしているの?」



このまま静寂が続くと、自分自身がおかしくなりそうだ。怜は怒りと恐怖を紛らわすように空に向かって吠えた。



「ひなた! あなたなんでしょう?高校に入った今でも天界のことを調べてるのね。ここまでするなんて狂ってるわよ! 何をしようというの、いい加減にして!」


「ククク……」


部屋の中で笑い声が聞こえた。



──既に人がいる!



怜は部屋をよく凝らして見てみると、薄暗い角に人影が見え、思わず叫んだ。



「ひ、ひなた……?」



自分と同じ薄白いワンピースを着て、両手は真っ赤な血で染まっている。茶色の長い髪の毛は下ろしており、何日も食べていないのか頬がこけている。ひなたは首をコクリと横に傾け、瞬きもしないでこちらを凝視している。



「久しぶりね、怜。中学以来かしら。あなたと仲違いしてから三年。私はようやく天使になる方法がわかったのよ。私達、天使になるために努めると約束したわよね。それなのにあなたはあっさりと裏切って、つまらない学生生活を送ってる」


「天使にはなれない。どこでそんな方法知ったのよ」



怜が尋ねると、ひなたはヒステリックに答えた。



「教えてもらったの!」



ひなたは血塗れの両手を勢いよく天井に向けて挙げ、恍惚な顔で上を見ている。



「天使様に」



彼女は力強く続ける。



「毎日毎日天使と交信を続けて、やっと届いた。私が天使になる方法!」



──狂ってる……。



怜は目の焦点が合っていない彼女に反論した。



「それがこれってわけ? 生け贄なんて悪魔信仰者がやることよ!外道だわ!」


「うるさい!」



ひなたは怜の顔面に思い切り蹴りを入れる。手加減をしなかったのか、歯が何本かとれて怜は折れた歯と一緒に唾を吐いた。ひなたは怒りと興奮に震えながら怜を指差す。



「お前は邪悪な存在だと天使様が仰った。邪悪な存在、お前を天使様に献上すれば、私の行いが認められて天使にしてやると約束された。人間だってやり方がわかれば天使になれるのよ」



「私が邪悪な存在?」



 怜は眉間にシワを寄せ、呆れた声で言い返した。



「なんで天使がそんなこと言うのよ。あなた本当におかしいわ」


「それなら確かめればいい。その天使様をこれから呼ぶのから」



 ひなたはゆっくりと怜に近づくと、血塗れの両手を怜の顔に塗りたくる。生々しい鉄の匂いに吐きそうになり、抵抗したが、ひなたは怜の顔を勢いよく床に押し付けた。



「ねぇ、怜。私達、どこで間違えたのかしら。どこで私たちの道は分かれてしまったの? 自分が邪悪な存在だと気づいたから? だから私から逃げたの?」


「なれるわけないってわかったからよ。天使と会うことさへわずかな希望なのに。天使になるなんて、私達には無理なの。だから私は人間として今を大切に生きようとした」


「邪悪な存在は生きられない。生きる価値もないわ」



 床に押さえつけながらも、怜は必死で言い返した。



「私は邪悪な存在じゃない!」



 ひなたはうるさい!うるさい!と言いながら、何度も怜を床に打ちつける。怜は頭がくらくらし、痛みとめまいに襲われた。

 ひなたは怜が弱っている隙に、棚に置いてあった水晶玉を垂直に落とした。それからエノク語のような発音で召喚を始める。はじめは何も起きなかったが、次第に魔方陣からしゅーしゅーと音をたて、煙が上がる。白檀の香りが部屋を多い、さらに白い煙に覆われた。



「な、なに!」



 怜はめまいを振り切り、力を振り絞って上半身を起こした。白煙がさらに濃くなり、何も見えなくなってしまう。


 怜は後ろから白檀の匂いを感じた。振り返ろうとした途端、ザシュッという音が聞こえ、怜は自分の胸を見る。彼女の背中から心臓にかけて、刃が貫通していた。


 貫通したままの刃はそのまま持ち上がり、怜は地面から足が離れる。口から血を吹き出し、怜はゆっくりと自分を刺した存在を見た。


 頭から後光が差している。2メートルもありそうな背丈に、青磁色のストレートの髪。透き通るような肌に、目は金色に輝いていた。

 特徴的なのは四枚の大きな白い翼。一寸の穢れも感じさせない神々しくて美しい羽だ。



「ま、まさか……」



怜がそう言うと、その者は静かに口を開いた。



「我が名は、大天使アークエル」




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