「……えっと、父から聞いた話なんですけど。シュタイフ社製のテディベアには著作権があるみたいですけど、他のメーカーや工房で作られた子たちには基本的に著作権はないみたいです」
「なるほどねぇ。それこそ、クマのぬいぐるみなんてどこのメーカーでも作られてるもんね。著作権なんてあったらややこしいことになるか」
「ええ。その代わりに、各メーカーや工房ではその子がウチで作られたものだって分かるように、それぞれ違った特徴を持たせてるんですって。たとえば顔が尖ってるか丸っこいか、フォルムがスリムかコロンとしてるかとか。毛足が長いか短いか、とか」
同じようなフォルムの子でも、作られたメーカーや工房によって毛足が長めだったり、丸顔だったり、足裏に肉球がついていたりすることで差別化を図っているのだ。
「……とまぁ、わたしもスラスラ答えることはできますけど。テディベアの著作権なんてじっくり考えたことはなかったですね。でも、マイカ先生。どうして突然著作権の話なんて持ち出したんですか? 何かそれ関連で悩んでます?」
わたしはここへ来てようやく、彼女の質問の意図が分かった。わたしも作家の端くれなので分かる気がする(周りからは「人気作家」とよく言われるけれど、あれは過大評価だと自分では思っているのだ)。
マイカ先生はもしかして、著作権のことで悩んでいるんじゃないかな……と。
「うん……。実はね、ハルヒちゃん。ちょっと聞いてくれる? あたし、今書こうとしてる新作に盗作の疑いかけられてるの!」
「えっ、盗作!?」
思っていたより事態は深刻のようで、わたしも目を丸くした。マイカ先生に盗作疑惑なんて……、一体どういうこと?
「あたしの新作ってね、だいぶ前から構想を練ってたの。で、それが煮詰まったから満を持して今度新作として発表しようとしてるのね。ところが、まったく同じような内容の小説を他の作家が先に発表しちゃったもんだから、あたしの方がアイデアを盗んだんじゃないかって言われて……」
「そんな……、ヒドい。それ言ったら、今
わたしは無性に腹が立って仕方がなかった。出版業界ではよくあること、と言ってしまえば簡単だけれど、作品を世に送り出す作家の立場ではやっぱり悔しい。
「ありがと、ハルヒちゃん。あたしの代わりに怒ってくれて。でもね、自分では『仕方ないかな』とも思ってるんだよね。書こうとしてた新作って、わりとよくあるテーマのだったし。これはあたしが先に考えてたストーリーだって証明できないしね。だから今回、まったく別のストーリーの作品を書くことにして、どうせなら執筆環境を変えてみようと思ってここに来たの」
「そういうことだったんですね」
環境を変えれば、今までまったく思いつくことのなかったストーリーが浮かぶかもしれない。マイカ先生もそう考えたんだろう。
「で、どうですか? 実際にこのホテルに来られて、何かいい作品のアイデアは浮かびそうですか?」
「まだ来たばっかりだから分かんないけど、ここがすごくいいホテルだってことは感じたよ。作家じゃない熊谷春陽ちゃんが、ここではどういう存在なのかもちょっと分かってきたし。ホテルの従業員の人たち、みんなあなたのことをオーナーとして慕ってるみたいだね。特に、コンシェルジュの……」
「高良陸さんですか?」
「そうそう! あの人からはすごく大事に思われてそうだけど、もしかしてあの人、ハルヒちゃんの彼氏?」
「か……っ、彼氏ではない……です」
陸さんのことを、そんなふうに解釈されるとは思っていなかったわたしはかなり同様してしまった。否定こそしたものの、これじゃ否定になっていないかも……。
「ふぅん、彼氏ではない。けど、ハルヒちゃんは彼に気がある?」
「…………はい。まぁ、そんな感じです。でも多分、陸さんの方もわたしのことを少なからずよくは思ってくれてるんじゃないかな……と」
わたしはマイカ先生に、陸さんについて話した。
いつも、わたしがお客様の事情に首を突っ込む時には必ず協力してくれていること、亡くなった父に代わってわたしのことを見守ってくれていること、今年の誕生日前にオーダーメイドのテディベアをプレゼントしてくれたこと……。
そして、わたしの作家としての活動もずっと応援してくれていることも。
「……まあ、彼はわたしのことを高校生の頃から知ってますし。父のことも尊敬してたみたいですから、父の代わりでしかないのかもしれませんけど」
「いや、お父さんの代わりってだけで、わざわざお金のかかるオーダーメイドのテディベアを贈ったりしないんじゃないかなー。やっぱりそこには異性としての気持ちが少なからず込められてると思う。彼、あなたのことが可愛くて仕方がないんだよ。妹みたいとかじゃなくて、恋愛対象として」
「そう……なんですかね?」
わたしには恋愛経験が乏しいから、陸さんの本心は何となくボンヤリとしか読み取れない。だから、マイカ先生からその可能性を指摘されても「確実にそうなんだ」とは受け止められない自分がいる。
「まぁ、実際にそうなのかどうかはあたしにもハッキリとは分かんないけど。ハルヒちゃんの話を聞く限りでは、高良さんがあなたのことを嫌ってはいないってことだけは確実に言えるね」
「はぁ」
何だか話が思わぬ方向に進んでいることに、わたしは戸惑う。
(……あれ? おかしいなー、わたしって確かマイカ先生の悩みを聞くためにこの部屋に来たはずなのに。気がついたらわたしの恋バナになってる……)
でも、彼女の悩みの原因が何だったのかは分かったし。一応、この訪問の目的は果たしているわけだ。
「あーあ、何で小説には著作権なんて面倒くさいものがあるんだろう。
このボヤきこそが、マイカ先生の悩みをギュッと一言に凝縮したものだろう。そしてそれは、わたしを始めとする同業者たち全員の共通の悩みでもある。
「――そういえば、ハルヒちゃんも今新作書いてるんだよね? どんなお話書いてるの? パクったりしないから教えて?」
「ええ、いいですよ。ホントにパクらないで下さいね? もしパクったら、マイカ先生でも関係なく訴えますからね?」
わたしはそう前置きしてから、このホテルを舞台にして、現実とリンクした作品を執筆していることを話した。第二章のメインゲストが彼女自身だということは伏せたけれど。
「……へぇ、それは面白そうだね。ホテルが実家のハルヒちゃんにしか書けないお話だもん」
「えへへ、そうですか? 実はこのお話の構想が思いついた時、『わたしって天才かも!』って自分でも思っちゃいましたから」
ただ単にうぬぼれているだけかもしれない。でも、徳永さんからGOサインを出してもらえた時、「書いていいんだ」と自信が持てた。
「よぉーっし、あたしもハルヒちゃんに負けてられないなぁ。頑張って新作書くよー。お互いに頑張ろうね! というわけで、食事は毎食ルームサービスにしてもらうことってできる?」
「はい、大丈夫ですよ。料金は宿泊料金に含まれますから、別料金は必要ないです。じゃあ、今日の夕食からということで、厨房スタッフにはわたしから伝えておきますね。注文は内線電話でお願いします」
彼女の「オッケー」という返事を聞いて、わたしは二一〇号室を後にした。マイカ先生、いい作品が書けますように……。