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第22話 ①

 翌朝、一足早く起きてきたエードラムが昨日作り置いていたマッシュポテトでポテトサラダを作っていると、悠輝が目を擦りつつ一人で起きてきました。

 しかし悠輝の保育園準備を始めてもわたしの勇者が起きてくることはなく、モニターで確認をしてみると未だにぐっすりと眠っているようです。

 よっぽど昨日疲れたのでしょうか。

 横を向いて丸くなって眠っている姿は胎児のようで、再び産まれ直す準備をしているようにも見えます。

 ループの日が近付いているから、なのでしょうか……それだとしたら、何と悲しい寝姿であることか。

「おい悠輝。アイツまーだ寝てんのか?」

「ねてる!!」 

「よし、お前がアイツを起こして来い。今日は三人で保育園だ」

「いっしょにいくの?」

「あぁ」

 一向に起きて来ない彼にエードラムも気付いたのか、保育園の準備をしつつ悠輝を勇者の部屋に送り込みやがりました。

 あ、いえ……送り込みました。

 一緒に登園というのが余程嬉しいのか、悠輝はエードラムが2つに結った髪をぴょんぴょんと揺らしながら意気揚々と階段を上がっていきます。

 わたしのモニターに映し出される勇者の部屋には今まさに小さな侵入者が出現し、ジャンプして最強とも名高き勇者を襲撃しました。

 そのドスンバタンという音は下まで聞こえてきており、保育園バッグに悠輝の荷物を詰めていたエードラムが思わず笑みを見せました。

 悠輝の存在は本当に救いであると、もう幾度確認し直したかわかりませんがまたその気持ちが新たになります。

 わたしの勇者とてきっとこのループを何度も経験し、何度も大事な人との離別を経験したことでしょう。

 まだ幼い少女にはそれが何だかは理解出来ていないでしょうし、綻びにすらも気付いていないのかもしれません。

 ですがそれでも、勇者やエードラムが死んで悲しまないわけがありません。

 あんな小さな少女がたった一人取り残されて何が出来るというのでしょうか。

 あの子のためにも、全員が揃った状態でループから脱出しなければなりません。

 そうでなくては、意味はないのです。

 ようやく起きてきた寝ぼけ眼の勇者に抱っこされて大喜びの悠輝を見て、胸が痛みます。

 悠輝が涙するような事態になってはいけない。いえ、悠輝だけではなく、誰が涙をしてもいけないのです。

「お前も、袋に入れるぞ」

『留守番はいらないのですか?』

「こっから先は、バラバラってのはダメだろ。多分」

 エードラムの言葉が重く響きます。

 スカーが襲撃してくる日が分かった以上は、ここから先バラバラに行動をすることは確かに戦力の分散にしかならないかもしれません。

 悠輝はきっと彼らからは離れていたほうが安全なのでしょうけれど、少なくともわたしと勇者とエードラムが離れているのは得策ではないでしょう。

「……出来れば悠輝も、どこかに預けるのがいいんだろうけどな」

 アテはあるかと、暗にエードラムが問い掛けてきます。

 わたしは少し悩んでから、パソコンの中に保存されている彼の記録したほかの【勇者】のデータを表示させました。

 柊とガーラハドを除外するとなると、残りはほんの数人だけです。

 徐々にコミュニケーションをとれなくなったわたしの勇者でありますので仕方が無いのでしょうけれど、この中の誰かに悠輝を預けられる人は居るのでしょうか。

 どちらにしても柊とガーラハドを介さないといけないでしょうが、この家に居るよりは安全なのかもしれません。

「じゅんび! できたー!」

「おー。じゃあ行くか」

「んー……」

 まだ眠そうな勇者をエードラムと悠輝が左右で挟み、ノロノロと家を出ます。

 わたしも専用のケースに入れられ勇者の背中に揺られておりますが、つい笑いが零れそうになります。

 まったく平和な光景であることですが、この先のことを考えると物悲しさしか出てきません。

 この平和な日々を続けるために戦いを始めようとしているというのに、何故こんなにも悲観的なことばかりを考えてしまうのでしょうか。

 それではいけないとは思いつつも、ついつい意識が暗い方向へ向かってしまいます。

 必ず勝つ、勝とうと思っているのに、いつまでこの光景を続けられるのかと、そればかりを考えてしまうのです。


「あー!ねこー!」


 ゆっくりゆっくりと、まるで惜しむように歩いていると、跳ねるように歩いていた悠輝がぴたりと足を止めて壁の上の丸い物体を指差しました。

 それは確かにふかふかとした長毛種の猫で、黒い体毛の所々に金色が混ざっているのが特徴的な猫でありました。

 動物の大好きな悠輝は壁に近寄り猫に手を振ったり声を掛けたりをしておりますが、猫は退屈そうに壁を撫でるように尻尾を振りながらこちらに視線を向けるだけです。

 猫。

 黒に金色の毛並みの、猫。

 ゾクリと、身体の中を何かが駆け抜けるような感覚が走りました。

 いけない。

 これはいけないのだと、何かが訴えかけるようなそれに、わたしは状況も忘れて叫びそうになりました。

 同時に動いたのは、わたしの勇者でした。

 背にしていたわたしをかなぐり捨てて、ほんの少しだけ離れている悠輝に手を伸ばし、抱き寄せて、




 それから、血が、しぶきました。




『まったく愚かよ。何度経験しても、学習をしない』

 地面を叩く血にか、それとも脳に直接叩きつけられるその声にか、わたしは呆然と地面に転がっておりました。

 黒と金の毛の猫は、ゆらゆらと尻尾を振りながらこちらを見下ろしています。

 それは、まるで、かつてと逆の、ようで。


 かつて? とは?


 いつのことなのでしょう?


 そうは思うのですけれど、思考はまるで動いてはくれませんでした。

 地面に伏す、身体があります。

 幼子を胸に抱くようにして蹲るその姿に、血の帯の中に居る勇者の姿に、エードラムが悲鳴のような、怒号のような声をあげて駆け寄りました。

 その声が猫に対する威嚇であったのか否かは、わたしには、判断が出来ません。

 が、猫は、スカーと呼ばれるのだろうその存在は、ひらりと彼等から離れ距離をとりました。

「おい! おいしっかりしろ!!」

 駆け寄り抱き起こした勇者は、目を見開いて震えながら幼子を抱き締めておりました。

 その手には深い深い傷が穿たれ、一見すれば穴でも開いているかのように見えるそれは勇者の腕を貫通して悠輝の小さな体に突き刺さって、いました。

 その身を抱き締める勇者の腕から放たれている光は、治癒の光。

 血を吐きながら胸を喘がせる少女の身体を包み込むそれを必死に放ち続ける腕は血を噴出し続けていて、わたしは滑稽なくらいに動揺をしておりました。

 咄嗟に、柊とガーラハドへの緊急回線を開きます。

 まさか、まさかスカーへの対策を話し合っていたほんの翌日に、こんなことになる、なんて、

 わたしは

 わたしは……

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