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第20話 つなぐて

 柊とガーラハドの協力を得ることとなった我々が次にした事は、敵の情報を探ることでした。

 柊の持っていた資料にはその名前も写真もなく、ある情報と言えばわたしの勇者が語ってくれた「大きくて小さい」「黒くて人の形をしているけれど人の形ではない」という、相反する曖昧なものだけです。

 わたしの勇者にもっと詳しく話を聞けばまた違うのかもしれませんが、何となく聞き難いものがあって今まで聞けずにおりました。

 あの人にとっては天敵であり仇であるのですから、下手に思い出させたくないという気持ちがあったから、なのかもしれません。

 しかしそのままではいけないのです。

 わたしの勇者が残り時間が少ないと言ってから、もう幾日か経過しています。

 それだけ経てばさらに残り時間が少なくなっているのは明白で、刻一刻とエードラムは死に近付いているのですから。

 まぁ、今ここで物凄い勢いでジャガイモをマッシュしている姿からは、死が間近であるとはまったく思えないわけですが。

 夕飯はとっくの昔に終わっており、時刻は日付が変わるほんの数時間前といったところです。

 そんな時間にエードラムがジャガイモを潰しているのは、今日も勇者があまり食事を摂らなかったからに他なりません。

 一応食べてはいるのですが、幼い悠輝よりも食べるのが遅く、そのわりに悠輝の食事速度にあわせて食事を終えてしまうので満足に食べきれていないのではと思ってしまいます。

 だからエードラムは、前に勇者が旨いと言っていたポテトサラダを作っている真っ最中でした。

 世の中には草食系男子というものが流行っているといつぞやのテレビで申しておりましたが、ここまで肉食系でありながらこんなに丁寧に料理を作っている姿というのも、何となく不思議で面白いものです。

 さてわたしはそんなことよりも、このあとに何と言ってわたしの勇者から情報を引き出そうかと思案しておりました。

 柊も色々調べてくれてはいるようですが、やはり一番の近道は本人から話を聞く事です。

 我々も少なからずその魔王と戦っているのは確実なのですが、まだはっきりと思い出せない以上は勇者に聞くしかないでしょう。

「でかくて小さい、なー。男のブツみてぇだな」

『下品ですよエードラム……』

「わかんねぇんだよ。その意味がよ……毎回形が違うもんなのか?」

『どうなの、でしょうね。多分同一犯だとは思うのですが』

「違う奴だったらオレどんだけ恨まれてんだって話になるな」

 考えつつも、ジャガイモを潰す手は止まりません。

 今勇者は悠輝を寝かしつけているところなので、ついつい思考が先立ってしまうのでしょう。

 気持ちはわかります。

 わたしも同じですから。

「……コーヒー」

「おう、ガキは寝たかよ」

 さてどうするかと考えていると、悠輝と共に寝かけたのか目を擦りながらわたしの勇者がリビングに戻って参りました。

 今日は話があるからリビングに来てくれと予め話しておいたのですが、これならば先に寝てもらっていてもよかったかもしれないとつい思ってしまいます。

 時間がないのですから、少しくらいは頑張ってもらわないといけないとも、思うのですが。

 勇者はエードラムから牛乳をたっぷり入れたコーヒーを受け取ると、眠そうな目を擦りながらテーブルに座りました。

 すでに勇者の言葉少なく、エードラムが話しかけても首を振ったり頷くだけで言葉を発することはありません。

 以前は会話は成立してはおりましたが、そもそもその機能を差し出している勇者にとっては、この空間だって苦痛なのかもしれません。

 コミュニケーションをとるにおいて重要であるツールを数々失っている勇者にとって会話というものがどれだけ重荷であるのかは、我々は考えることしか出来ません。

 察することだって、不十分です。

 それでも理解はしているのですから、頷くだけでも、我々には十分な反応でした。

 何しろほんの数日前までは、そんな反応すらも返っては来なかったのですから。

「あのよ、オレを殺す魔王ってのはどんな奴だよ?」

「……どん、な」

「姿かたちとか、名前とかよ。少しでも情報を仕入れておかねぇと、やっぱ戦い難いだろ」

 小さく首を傾げつつ見上げてくる勇者にエードラムがそう返すと、勇者は合点が行ったのか頷いて口元に手を当てました。

 表情が一切変わりませんので何を思っているのかはこちらからは察し切れませんが、、もしかしたら迷っているのかもしれません。

 頑なに一人で戦うと言い切った勇者のことですから、それを考えていてもおかしくはありませんので。

 しかしエードラムが向かいに座ってじっと勇者を見詰めていると、観念したのか立ち上がってリビングに設置してあるパソコンを指差しました。

 はて何だろうとそちらに視線を向けますと、勇者は立ち上げたパソコンをなにやら操作し始めます。

 わたしはこの家の中の家電を操作する権限を持っているとはいえ、実際にはその機械が何をするものなのかを理解しているとは言い難いので、勇者が何をしているのかは正直さっぱりわかりません。

 エードラムも同じであるのか、自分用にいれたコーヒーのカップを持ったまま首を傾げつつ勇者の後ろに近付きます。

 どうやら勇者はパソコンの中に隠されたフォルダを開いていたようで、幾度か暗号を打ち込むと透明のそのフォルダを開き、中に保存されていた文書を開いてまたモニターをこちらに向けました。

「なになに……名称、スカー?」

『その者の名、では……ないのですね?』

 一応確認をすると、勇者は一度頷いてから小さく首を左右に振りました。

 名前ではない、名称……ということは、それはその者の固体名ではなくあくまでも識別名として付けられた名前なのでしょう。

 確かに、呼ぶための名前がなければ不便でありますのでそれは実に有難いものです。

 誰がその名前をつけたのかは、流石にわかりませんが。

「写真とかはねぇのな」

『そりゃあ、戦っている相手を悠長に撮影なんかはできないでしょう』

「それもそうか。つか、このデータもアンノウンばっかじゃねぇか」

 頷き、勇者は自分の指で眉間に皺を寄せる動作をしておりました。

 困った顔をしたいのに出来ないと言いたげなその行動は少しコミカルでありましたが、困った顔すら出来ない勇者のことを思うとちょっとばかり胸が痛みます。

 とにかく、勇者がそんな表情を作るという事は、勇者にとってもまだ相手は未知数の相手という事なのでしょう。

 幾度ループをしてもそうなのですから、一体どんな敵であるのやら……

「……猫」

「ねこ?」

「猫……の、姿で……」

 とても辛そうに、今度は自然と浮かぶ眉間の皺を隠しながら勇者がぽつぽつと単語を紡ぎます。

 猫の姿、と聞いて、わたしとエードラムは弾かれたように互いを見詰めておりました。

 何か引っ掛かります。

 猫なんかはこの家の周囲にも沢山野良猫が居て見慣れたものではありますが、しかし勇者の言う猫の姿というものが、何かとてつもない意味があるようで胸の中がいっぱいになりました。

 不安なのか、何なのか。

 一瞬感情回路の故障なのではと勘違いしてしまいそうなくらいに弾けたそれに、わたしは嫌な予感がしてたまりませんでした。

 エードラムもまたわたしと同じであったのか、何かを思い出そうとするように頭を抱えて唸っています。

 猫、の、姿。

 猫の姿の、魔王。

 わたしたしは、もしかしたらその姿を見たのかもしれません。

「かわる……姿……同じ、じゃない」

「猫だけじゃねぇって事か」

「小さく、て、大きい……黒、くて……」

 不定形という事なのか、それともループのたびに違う姿であったのか。

 そこまではまだ分かりません。

 ほんの一言二言を紡ぐのにもとても時間がかかり、こちらからの言葉を受けて繋ぐ方法がとれない勇者は、こちらが質問をしても暫くの空白の後にしか喋れないようでした。

 あの日よりずっと会話がしにくくなっているらしい勇者の姿に、太古の人々へ差し出した対価というものの重みを感じます。

 簡単に蹴飛ばせるものであったら、そりゃあ対価にはならないわけですけれども……

「何度戦った?」

 その問いには、両手の平を上に向けて考え込み、エードラムを見ることでその指の数以上だと示します。

 わたしの勇者がそれだけ戦っても決して勝つことが出来なかった魔王とは一体何なのでしょうか。

 勇者の作っている資料を見ても一切分からぬその正体に、少しばかりの恐ろしさを感じます。


「……いつ、戦う?」


 その次の問いには、勇者は少しの間動きを止めて、じっと開いた手の平を見詰めておりました。

 思案しているのか何なのかは、わたしからは伺い知ることは出来ませんが、今勇者が葛藤の中にあることくらいはわかります。

 それでも、勇者は暫くの躊躇の後にパソコンのモニター内に表示されているカレンダーを指差しました。

 月は、今と同じ月を表示させています。

 日は……今日を含めてあと、四日の先を示しておりました。

「……あと三日かよ」

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