「それでも、こちらに協力を求める気はないんですか?」
「らしいな」
『そこばかりは、頑ななのです』
ここ数日通っている柊の部屋でストレッチをしているエードラムに付き合いながら、わたしは柊に向けてため息を吐いてやりました。
実のところ、柊から話を聞いたと告白をした後に柊たちに協力を求めようとは、わたしの勇者にも言ってあったのです。
しかし勇者はそれに関しては頑として首を縦に振らず、エードラムの説得も無視をするくらいには拒絶を示しておりました。
何が嫌なのかは分かりませんが、そこまで嫌がっている勇者をここに連れてくるのは無理なのだろうなと言ったのはエードラムです。
本音で言えば柊やガーラハドに悠輝の保護を頼み協力を求めるくらいはしてはいいと思うのです。
その方が後顧の憂いもないでしょうし、ひとりきりで戦うよりもずっと建設的なのではないかと。
エードラムがこの状況である以上、戦える仲間が一人でも居た方がいいのは明白ですし、わたしの勇者の負担も軽くなるのではと、思うのです。
本当に、何故わたしの勇者がそこまで他の人に協力を求めるのを嫌がるのか、わかりません。
「……ま、想像できないでもねぇけどな」
『ほう? 何です?』
「そりゃあお前、ループしねぇからに決まってんだろ。オレやアイツが死んだらループしてやり直せるが、お前や柊が死んでもループは起きない。オレらが生き残っても、お前たちが死んでたら結局アイツはショックでしょぼくれちまうんじゃねぇのか。だから、オレを狙うその魔王は一般人まで巻き込んでアイツを攻撃してきたりしたんだろ?」
「あぁ……」
なるほど、と呟く柊に続いて、わたしもひとつ息をもらしました。
そうです、確かにその通りです。
わたしに死という概念があるのかどうかは自分でもわかりませんが、わたしが死んでもループが起こるわけではなく、死んだらそこまでなのです。
もし彼等が生き残り望みが叶ったとしても、わたしはともかく柊やガーラハドが死んでいる未来というのはあの人にとっては受け入れられる未来ではないのかもしれません。
だから……だから、彼の勇者はひとりで行動をしていたのでしょう。
無駄な犠牲を生み出さないよう、傷つく人間が一人でも少ないようにと。
想像がつくと、またないはずの胸が痛みました。
あの人はどこまで、人のために戦うのでしょう。自分の全てを、削ぎ落としてまで。
「でもよ、協力をするってのは、相手の許可を求めるもんなのか?」
『は?』
「お前等は、アイツから助けを求められなきゃ助けようとは思わねぇのか?」
開いた両足を前にぴんと伸ばしその間の床に胸をつけるというあまりにも不自然な格好のまま、エードラムは心底に不思議そうに柊を見上げました。
思わず柊を見ると、柊は苦笑のような微笑のような、実に曖昧な表情でエードラムを見詰めていました。
柊のこんな表情を見るのは初めてのことです。いつもガーラハドの隣で凛と立っている彼からはまるで想像も出来ない、人間臭い苦笑いでした。
「それならそれで、まぁ人間はそんなモンかと思うけどよ。どうせ魔物つったって利害関係の一致でしか協力なんてのはしねぇし。でも、協力しようって思ってんのに相手の許可がないと、とか言って動かないのは、最初から協力する気がねぇってのと同じなんじゃないのかよ」
彼にとってその問いは、本当に素朴な疑問であったのでしょう。
しかしそれは常に連携をとりながら戦う【勇者】たちにとっては少しばかりの違和感と、少しばかりの斬新さをもたらすものでした。
助けてくれ、あぁ助けよう。
そんな簡単なやり取りから来る協力や援助はごくありふれていて、相手がどんな存在であっても普通にあるべきやりとりでした。
しかし相手から拒絶されてもやりたいからやる、というのは、あまり認識として受け入れられるものではなかったように思います。
それは自分勝手で独善的な行為とも呼べるものでありますので、特にこの日本では好まれざるものであることでしょう。
しかしそんな認識などそもそも持たないエードラムにとっては不思議で、謎であったらしく、ストレッチを続けながらも不思議そうにこちらを見詰めています。
そういえばエードラムは、勇者に拒絶されようが何だろうが「共に戦う」という意見を一切曲げませんでした。
それはエードラムの頑固な気質もあったのでしょうが、それ以上に勇者を案じる気持ちが強かったからこそ曲げられないものであったのでしょう。
曲げられないそんな信念こそが、勇者を動かしたものなのかもしれません。
「うむ、まったくその通りだな」
「んん?」
思案に落ちる柊とわたしの背を押すように、明朗な声が不意に入り込んできました。
驚きはなく、穏やかに入ってくるその姿にエードラムは首を回しながら、
「だろ?」
「あぁ。まったくもって正論だ」
『ガーラハド……』
「人間は回りくどくていけねぇな。たまには思ったままに動けばいいんだ」
「ははは、まぁそこが美徳であることもあるのだよ」
エードラムに負けぬ巨躯に、鮮やかな茶金の髪をした偉丈夫――ガーラハド。この国の基準で言えば異国人でありながらも日本の【勇者】のトップとして動いている彼を見るのは、エードラム討伐戦以来久しぶりのことでした。
しかし柊から話を聞いていたのか、エードラムの言葉に楽しげに笑ったガーラハドは悠々とこちらに歩み寄りわたしを手にとって軽く一振りいたしました。
研がれないままでも鈍ることのないわたしの刃は、人間では決して打つことの出来ない代物です。
こんな空間でガーラハドほどの使い手が下手に振り回せば周囲の本どころかテーブルだって両断出来るものでありますので、我が身のことでありながらも少しばかりひやっとしてしまいました。
「ま、オレはお前さんたちの話の内容は半分程度しか理解はしてないのだが」
「だろうな」
「だが、感覚でわかるもんはやっぱり大事にせにゃならんというのは、分かってる」
ひょう、と、まるで空間を裂くようでした。
ガーラハドは幾度か感覚を確かめるようにわたしを振ると、くるりと刃を持って柄を柊の方へ向けました。
その行動にまた、冷や冷やしてしまいます。
わたしの刃を素手で持つだなんてそんな、一歩間違えれば指を切り落としてしまうかもしれないというのにまったく豪胆な男です。
柊も同じ事を思ったのでしょうか、一瞬ぎょっとして目を丸くしてから、向けられた柄へ視線を落としました。
わたしの柄を手に取れば、それは即ち今回の戦いへ協力するという誓いをたてたことになってしまうでしょう。
柊はガーラハドの部下であり、その部下が主君の向けた剣を受け立てることは、そういう意味を持つのです。
勿論拒絶することだって許されることでしょう。
ガーラハドはそこで怒るような男ではありませんし、何も言わずに差し出すということは彼の判断を優先しようという意志の表れのはず。
ですから、だからこそ、柊は自身の決断が大事になってくるわけで。
「……貴方はどうするのです、ガーラハド」
「言ったろう? 感覚を大事にする。この男の言うことを、支持するつもりだ」
『よく分かってないのによろしいので?』
「構わんさ。オレもアイツは好きなんだ」
「豪胆だな、おっさん」
豪快に笑いながらも、ガーラハドはまだ柊に柄を向けたままです。
ガーラハドはきっと、彼が言う通り今の事情を半分も理解してはいないでしょう。
最初の頃の我々のように、少しの違和感と綻びに気付いてはいても、その詳細までは知らないままなのかもしれません。
けれど、それでも、ガーラハドは疑いもせずに我々に協力をしてくれると言いました。
その有難さに、多分肉体があったならわたしは涙をしていたかもしれません。
「……わたしも、あの子のことは好きなんですよね」
「アイツはいい奴だからな」
「選択肢なんか、あってないようなものでしたね……」
「まったくだ」
「本当に、弱気であったことです」
肩を竦め困った顔をしながらも、柊は笑いながらわたしの柄を手に取りました。
何も知らないガーラハドであればともかく柊は今回の事情をよく知り、当然ながら敵が何であるのかも、戦う意味だって知っています。
当然相手の強さだって知っているのですから、しり込みをするべきシーンなのでしょう。
しかし柊も、わたしの柄を取ってくれた……刃を額にあて、主に誓いをたてるように戦いを約束してくれた。
「悩むことの方が不思議なんだがな、オレとしては」
腹を天井に向けてブリッジをしつつ首を傾げるエードラムは相当に滑稽ではありましたが、その言葉は実に頼もしく、希望に満ちているように、わたしには思えました。