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第13話 まおうとけんじゃ②

 柊は「今日はすでに何回も来ている」と言いました。

 つまりは、彼の言葉を借りればループというものが今回初めて行われたわけではないという事なのではないでしょうか。

 我々には何回のループが行われているのかは知る由もありませんが、今まで気付かなかったという事は記憶はその都度消去されるものであり、その綻びとやらのせいで気付いてしまった、という事なのだとは思うのです。

 しかしそれすら確信はもてません。

 もしかしたら前回のループの時にも気付いていたのかもしれないし、その前にも気付いていたのかもしれない。

 でも我々にはそれを確認する術はないのです。

「綻びが何故起きたのかは、わたしには分かりません。ですが、察することは出来ます」

「何だ」

「ループを行う対価が徐々に弱まっている、と、わたしは考えています」

『対価?』

 聞くと、柊はひとつ断ってから席を立ちました。

 この部屋には我々を埋め尽くさんばかりに本がありますが、柊はその中から一冊を取り出すとまたデスクに戻って来て我々の前に差し出しました。

 エードラムが思わず嫌そうな顔をするそれは、明らかに強力な魔力を帯びていると分かる代物でございました。

 本というものは人間が存在する以上は無数に出版されるものでありますが、その本は明らかに装丁から何からが違っておりました。

 太古の本か、とエードラムが嫌そうに呟くと、柊が無言で頷きます。

 太古の本……つまりは、太古の人々が魔力を帯びた文字で直接記した、それ自体が大きな魔力を持っている本の事です。

 そんなものが現存している事は、流石のわたしも知りませんでした。

 太古の本は過去の大戦の時にすらも伝説級のアイテムと言われ、それを持っているだけて太古の人々の加護が得られるという噂すらある存在でした。

 何しろ印刷技術がない時代に太古の人々が記したものですから、同じ内容は二度と書けない、同じ内容であったとしても仔細は少しずつ変わってしまうような、そんなふたつとない品でありますので。

「なんでこんなモンが……」

「これが、彼の勇者と太古の人々の契約であるからです」

『……契約、ですか』

「えぇ」

 頷きながら、柊は手袋を装着するとゆっくりとページを繰り始めました。

 太古の人々の記す文字は、黒の言語とも現代のどの国の言語とも当然違います。

 月光に当てなければ浮かび上がらない文字があったり、水の中でしか出てこない文字があったりと、様々な魔力でもって記されているもので同じ種別のものは2つとないとも言われています。

 そのせいでか、柊が開くページには何も記されてはいませんでした。

 古ぼけた色の変わった、紙とも皮とも分からぬそのページを開いたままこちらを見詰められても、我々も困るだけです。

「エードラム、触れて御覧なさい」

「オレがか?」

「そうです。さぁ」

 本を差し出されつつ促されて、エードラムは微かな躊躇に眉間の皺を深めました。

 まぁ、それもそうでしょう。

 エードラムは魔王であり、太古の人々は彼の対極にある存在と言ってもいいはずです。

 そんな人々の魔力を帯びている本に触れるだなんて、エードラムにとってしてみればドブに手を突っ込むようなものかもしれません。

 しかし、そんな嫌悪を見せていては進まないという事もわかっているエードラムは、渋々と開かれたページに手を置きました。

 が、何も起きません。

 それ以上何をしていいのかわからず、柊と本を交互に見つめてみたり意味もなく撫でてみたり摘んでみたりとしておりましたが、そのページに変化が訪れるわけもありません。

 ついエードラムが不満げな顔をすると、柊はまた笑顔を向けて本を顎で示しました。

『エードラム、本がっ』

「なに……」

 その柊の動きに従うように本を見れば、ページを無意味に摘んでいるエードラムの指から放射状に文字が広がり始めているのが目に見えました。

 それはまるで水の中に一粒の小石を入れたかのようで、光を発しながら広がっていく文字に、エードラムも目を見張りながらその様子を見守ります。

 やがて文字でページが埋め尽くされると、恐る恐るエードラムは本から手を離しました。

「な、なんだこりゃあ……」

「月光文字や何かと同じですよ。違うのは、貴方の魔力にのみ反応して文字を浮かび上がらせるようにされているだけで」

「オレの、だと?」

『お待ち下さい柊。この本は太古の人々の本なのですよね? ですが、その時代にはまだエードラムは居ないはずです。彼の魔力に反応するように設定するなど出来るわけがありません』

 思わず口を挟むと、エードラムも重々しく頷きます。

 わたしのように物質として太古から存在している者と違い、エードラムは戦いの後に闇から生まれた存在です。

 それでも当然人間よりもずっと長い時間を生きている事に違いがありませんが、太古の人々がこの世界に干渉している時代には当然存在をしていないはずなのです。

 しかし、魔力文字はその魔力に反応する対象が存在していなければ設定が出来ないはず。

「それは、太古からある本ではありません。あなた方の勇者が記したものです」

「なんだとっ」

『ど、どういう事ですかっ』

「正確には、太古の人々との契約として記されたもの。彼が、貴方にのみ反応するようにしたのは、貴方もこの契約に立ち会っていたからです」

 柊の言葉のひとつひとつが、やはり我々には意味不明でした。

 その言葉を全てそのまま鵜呑みにするとしたら、つまりは、彼とエードラムが太古の人々の前でこの文字を書いたのだという事になります。

 一体何故、何のために?

 いや、そもそもどうやって太古の人々と契約をしたというのでしょう?

 そして何故柊がそれを、知っているのでしょう?

 何故わたしはそれを、知らないのでしょう?

 わたしに頭があればクラクラしているような、きっとそんな感覚に陥っていたことでしょうが残念ながら私はただの剣で、ただの物質でしかありません。

 何も言うことがが、出来ませんでした。

「わたしもその辺の記憶は結構曖昧なのですけれどね、あなた方の勇者は、どうしても譲れないものがあってそれを手に入れるために太古の人々と契約をしたのですよ」

「どうしても譲れないもの?」

「えぇ。貴方の命です、魔王エードラム」

 今度こそ、エードラムは「はぁ?」と声を荒げておりました。

 その気持ちはとてもとてもよく分かります。わたしだってもう頭がついていっておりません。

 柊はそれに苦笑を返すと、ひとつひとつをゆっくりと説明してくれました。

「まず最初に、貴方と貴方の勇者が出会ったのは、貴方の記憶の通りにあの戦いの日です。その後に貴方は魔力を失い、勇者のところに襲撃を仕掛けたのも、そのままです。ですが、違うのはその後。貴方は、ある時は彼の家の周囲に野宿をしつつ、ある時には自分の配下を集めて、ある時は勇者と生活を共にしました」

「……何回だ?」

「今回を含めれば六回、でしょうか。ですが、それはわたしの把握出来ている範囲ですので、もしかしたらもっとかもしれませんね。とにかくそのくらい、貴方は彼と生活を共にしていました。貴方が身につけている生活能力は、その間に培われたものでしょうね」

 柊の言葉に、我々は反論が出来ませんでした。

 エードラム自身、何故自分はこんなにも人間の生活を熟知しているのかと悩んでいる風でありましたので、そうやって過去の生活を持ち出されれば納得するしかありません。

 そうでなければ、説明がつかないのですから。

 しかし、じくじく擦り傷でも出来ているかのようにイラつきを覚えつつ話を聞いていると、そんな我々の様子に気付いたのでしょうか、柊が自分の紅茶を一口飲みつつ爆弾を落としてきました。


「その生活の中で、貴方と彼は家族になっていきました」


「…………は? 何だって?」

「とても幸せそうでしたよ。最初こそ周囲は反対をしましたけれど、家族のなかったあの子にとっては対等である貴方の存在はとても重要なものであったのでしょう」

「待て、そうじゃねぇ。家族になるって、あーっ、と……」

「そのままの意味です。解釈は、お任せしますけどね」

 呆然としている我々を置いて、柊の手が本を一ページめくりました。

 そこには、わたしでも読める簡単な太古の文字が浮かび上がっていました。

 記されている文字は、擦れて読めない、彼の恐らく名前なのだろうそれと、そのすぐ横に残されているエードラムの名前。

 二人が、わたしたちの知らない別のエードラムと彼が共に記したと証明する、文字でした。

「心配しなくても、別に過去にそうだったからと言って今回も家族になれとは言いませんよ。かつてはそうだったというだけのことです」

「衝撃過ぎるぜ……親の浮気を突きつけられた気分だ」

『そんな経験がおありで?』

「ねぇけどよ……」

「初めてあなた方の事情を知ったときには、わたしとて椅子から転げ落ちるくらいには衝撃でしたよ。けれど、貴方たちの様子を見ていると反対する気にはなれませんでした。いつも飄々としてて人に本心を晒さないあの子が、貴方には甘えて、本当の笑顔を見せていました。兄か、父か……もっと違う存在か。そんな人にするかのように、まるで幼い子供であるかのように笑っていたのです。幾度かのループを見たわたしが、未だに忘れられないくらいには衝撃で、そして認めるしかない姿でした」

「………………」

「ですが、ある時にその幸せは突然引き裂かれました……貴方の死によって」

 柊は、とても言い難そうに、しかしはっきりと言いました。

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