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第9話 Re;

「バルィ、どうかしたのですか」


 コンコンと指でつつかれて、わたしはセンサーに集中していた意識を取り戻しました。

「珍しいですね、お前がこもったままになるとは」

『申し訳ありません、ひいらぎ

「謝るのは、わたしにではないでしょう」

 くすっと穏やかに笑う柊の姿に、わたしはもう一度完全に自分の機能の再起動を行うと、周囲の様子を改めました。

 真っ暗な洞窟の中、唯一中央の焚き火だけが柊の灰褐色の髪に照り返されてゆらゆらと揺らしておりました。

 先ほどまでは無かったこの焚き火は、わたしがセンサーに潜り周囲の探索を行っている間に誰かがつけてくれたものなのでしょう。

 ここは、魔物の巣窟です。

 魔物だけではなくマルヴも住み着いているこの洞窟では、ほんの少しの油断すらも大きな怪我に繋がってしまいそうで、無駄に緊張してしまいます。

 それだというのに、いつの間に眠るように篭りきりになっていたのかと、起動確認を行いながらぼんやりと考えました。

 わたしは勇者の剣です。

 勇者をささやかながらもサポートするために感情や思考のプログラムは組み込まれてこそありますが、夢を見る機能なんかは搭載されていないはず。

 それだというのに、まるで夢でも見ていたかのように思考プログラムが浮ついているような心地がしました。

 夢を見るための器官自体が存在しないのですから、夢なんかは見るはずがないのです。

 それだというのに長い長い夢でも見ていたかのような感覚があって、感情プログラムが混乱をきたしているようでした。

 そう、とてもとても長い夢だったように、思うのです。

 そんなプログラムがないのは分かっておりますし、実際にはセンサーが感知した別の場所での何かを見ただけに過ぎないのは分かっているのです。

 しかし何故かわたしは今、もやもやとしたものを胸に抱えこんでいるようで落ち着きがありませんでした。

「あぁ、戻ってきましたよ、バルィ」

 言われてセンサーをそちらに向けますと、暗闇の中から徐々にこちらに近付いてくる人影が感知出来ました。

 細身で軽装備の若者と、盾持ち輝ける鎧を纏った大柄の男。

 わたしの勇者と、柊の相棒のガーラハドでした。

 ガーラハドは少しばかり疲れたような表情で、勇者はいつも通りの無表情のままこちらに戻って参ります。

 あぁ、そう。そうでした。

 今我々は、この洞窟の奥に居る魔王を退治し、ここに巣食っている魔物を殲滅するためにやって来たのでした。

 この洞窟の奥には恐ろしい魔王が居り、彼の闇の力に惹かれてかマルヴや魔物がここを拠点に動いているという報告があったために、【勇者】の中でも特に実力のある彼等に殲滅指示が下り、早朝からこの洞窟に入っていたのです。

 しかし陽光も届かぬ洞窟に巣食う魔物のあまりの多さに結界を敷いて少しばかりの休憩をし、朝を待って再び行動を開始しようと話をしていたのでした。

 そう、そのはずなのですけれど。

「……もういい……ひとりで行く」

「大丈夫なのか? 朝を待ってはどうだ」

「せめて少しくらい休憩をしては?」

「いらない」

 ガーラハドと柊は、【勇者】の中でも歴戦の猛者で、わたしの勇者が唯一仕事を手伝ってもらう珍しい方々でもありました。

 しかしそれももう不要とばかりにすっぱりと切り捨てた勇者は、わたしを腰のベルトに収めると二人にちらりと視線を投げただけで再び歩き出しました。

 勇者は、表情の乏しい人で感情の起伏もほとんどありません。

 そのために付き合い難いと言われ、彼等のようにチームで行動をする相手も居らず、ほとんどの場合は一人で行動し、そうでなければ今回のように即席のチームに参加をして魔物を殲滅に当たります。

 わたしはもう少しばかり、勇者も愛想をよくすればいいとは思うのですが、流石にそこまでの意見は出来ません。何しろ彼はわたしのただ一人の勇者でありますので。

 ですが、そう、この人はこんなにもぶっきらぼうでありましたでしょうか。

 どんなことにも感情を表さず、棘を突き刺すように人の手を振り払ったりはしたでしょうか。

 引っ掛かりはするものの、徐々に濃くなっていく闇の気配に、わたしは気を引き締め直しました。

 いくら魔物を倒したとて、この奥に居る魔王を倒す事が出来なかったならば何の意味もないのです。

 洞窟は真っ暗で、勇者が魔術でもって生み出している光の球がなければ周囲の様子すらわからなかったかもしれません。しかし結界を抜けて時間にして三十分ばかり歩くと、徐々に徐々に闇の気配は濃くなり、強いプレッシャーを感じるようになりました。

 魔物の姿は今は見えません。己の王を守るために王の間に集結しているのか、それともガーラハドたちを倒すために出撃でもしているのか。

 わかりませんが、邪魔が居ないのは有難いことでした。

 闇の気配がビリビリと身体を叩き、勇者がわたしを抜き放ちます。

 木々のざわめきにも似た何かが、向かう先から聞こえてくるような気がしました。

 そうしてトンネルを突き進んだ先には、マルヴの王様が……魔王が、居ました。

 自らも魔王と名乗ったそいつは燃える盛る炎の髪にわたしの勇者の腰ほどに太い両腕、全身を覆う筋肉はまるで岩のようで、足の裏からは根が生えたようにデンと構えて動きません。

 とんでもない相手でした。

 とても強い男でした。

 戦いは丸一日続きました。

 わたしは疲れ果て輝きを失い、それでも彼は戦う事をやめず、魔王もまた彼との勝負をやめませんでした。

 その戦いを制したのは、やはり勇者でした。

 魔王がズンと地響きをたてて倒れ伏し、疲れてへとへとになっていた彼もまた、地面に膝をつきました。

 そこで、わたしは気付きました。

 魔王が倒れた時に、魔王の額にあった二本の角が、倒れた拍子にぽっきりと両方折れてしまった事に。

 その姿を見て、わたしはまた胸にざわざわとしたものを、感じました。

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