「先、生……ウチ……」
面を取った水瀬が、どこか虚ろな表情で口を開く。顔が青褪めていた。酸欠状態になりかけている。雅坂に指示を出して医療バッグから酸素ボンベを持ってこさせる。
「喋るな水瀬、本当によくやってくれた。心から礼を言わせてくれ。……ありがとう」
「ええよ……。だって、ウチは、先生がいなかったら、剣道部は……」
「……ったく、本当におまえは……」
額に手を当てて、戦い終わった剣士を労わる。意識が遠のき始めているのか、水瀬の瞼が重そうに閉じられていく。
「あかん、見な……愛奈ちゃんの、代表、戦……」
「無茶はするな」
「するてぇ……これで、全部決まるん、やから……」
震えている手を握る。こんなボロボロになるまで、コイツは、生徒は。
クソッタレが。つくづく思うぜ、どうして指導者ってのはこんな時に何もしてやれないのか。いつも思うよ。あの白線の内側に飛び込んで、自分の剣で決着をつけられたら。
でも、ダメに決まってる。俺は男で、
だから、託すんだ。託すしかないんだ。
そのために、指導に想いを乗せて。愛情を乗せて、我が子だと思って育てるんだ。
いつかコイツらが大人になった時、俺に教わったということをほんの少しでも思い出してくれたら、それは──……。
「……獅子堂」
試合場に君臨する一頭の黒い獅子。纏う覇気はまさしく百獣の王と表現するに相応しい。
対するは純白に包まれた龍。光沢を放つ紅蓮の胴が鱗を想起させる。
こちらも纏う覇気は洗練されていた。まさしく神話に出てくる龍神のようだった。
「……先ほどの腑抜けた姿かと思いましたが、そうではなさそうですね」
「おう。なんか心配かけたみたいでワリィな」
「誰があなたの心配なんか」
「アタシゃおまえの心配してるぜ?」
「……は?」
「アタシにボロカスにやられて、ぴぃぴぃ泣き喚くおまえの心配をな」
「その言葉、そのままそっくりお返ししましょう」
竹刀を抜く。蹲踞をする──時間が停まった。
「獅子堂さん」
教頭が柵を握り締めながら呟く。
「愛奈……」
獅子堂の母が祈るように手を重ねる。
「獅子堂さん」
雅坂が、未だに整わない呼吸で名前を呼ぶ。
「愛奈、ちゃん」
水瀬が、縋るように手を伸ばした。
「獅子堂 愛奈」
俺たちの想いを──おまえに託す。
だから、勝ってくれ、獅子堂。俺は……おまえたちと共に、未来を歩みたいんだ。
「代表戦、始めッッ!」
行け──獅子堂。俺の剣導を、おまえが体現してくれ。