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第38話:剣導の体現を

「先、生……ウチ……」


 面を取った水瀬が、どこか虚ろな表情で口を開く。顔が青褪めていた。酸欠状態になりかけている。雅坂に指示を出して医療バッグから酸素ボンベを持ってこさせる。


「喋るな水瀬、本当によくやってくれた。心から礼を言わせてくれ。……ありがとう」

「ええよ……。だって、ウチは、先生がいなかったら、剣道部は……」

「……ったく、本当におまえは……」


 額に手を当てて、戦い終わった剣士を労わる。意識が遠のき始めているのか、水瀬の瞼が重そうに閉じられていく。


「あかん、見な……愛奈ちゃんの、代表、戦……」

「無茶はするな」

「するてぇ……これで、全部決まるん、やから……」


 震えている手を握る。こんなボロボロになるまで、コイツは、生徒は。


 クソッタレが。つくづく思うぜ、どうして指導者ってのはこんな時に何もしてやれないのか。いつも思うよ。あの白線の内側に飛び込んで、自分の剣で決着をつけられたら。


 でも、ダメに決まってる。俺は男で、大人おっさんで、指導者だから。

 だから、託すんだ。託すしかないんだ。


 そのために、指導に想いを乗せて。愛情を乗せて、我が子だと思って育てるんだ。

 いつかコイツらが大人になった時、俺に教わったということをほんの少しでも思い出してくれたら、それは──……。


「……獅子堂」


 試合場に君臨する一頭の黒い獅子。纏う覇気はまさしく百獣の王と表現するに相応しい。

 対するは純白に包まれた龍。光沢を放つ紅蓮の胴が鱗を想起させる。


 こちらも纏う覇気は洗練されていた。まさしく神話に出てくる龍神のようだった。


「……先ほどの腑抜けた姿かと思いましたが、そうではなさそうですね」

「おう。なんか心配かけたみたいでワリィな」


「誰があなたの心配なんか」

「アタシゃおまえの心配してるぜ?」


「……は?」

「アタシにボロカスにやられて、ぴぃぴぃ泣き喚くおまえの心配をな」


「その言葉、そのままそっくりお返ししましょう」


 竹刀を抜く。蹲踞をする──時間が停まった。


「獅子堂さん」


 教頭が柵を握り締めながら呟く。


「愛奈……」


 獅子堂の母が祈るように手を重ねる。


「獅子堂さん」


 雅坂が、未だに整わない呼吸で名前を呼ぶ。


「愛奈、ちゃん」


 水瀬が、縋るように手を伸ばした。


「獅子堂 愛奈」


 俺たちの想いを──おまえに託す。

 だから、勝ってくれ、獅子堂。俺は……おまえたちと共に、未来を歩みたいんだ。


「代表戦、始めッッ!」


 行け──獅子堂。俺の剣導を、おまえが体現してくれ。



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