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第35話:想定外

「先生、どういうことですの?」

「……俺も聞きたい」


 決勝の相手、桜井高校のオーダーが発表された。

 結論から言うと、柊はまさかの大将だった。ウソやん。


「ワタクシの発言を返してほしいですわ」

「いやホント、ホントごめんって……」


 格上だからか、練習試合で叩きのめしているからか、王道の戦略で真っ向から潰しにかかって来るらしい。変に思考を巡らせるんじゃなかった。


 いや、でもさ、初心者の雅坂を大将に据えるのはリスクが大きすぎるだろうが。できねぇよそんなこと。


 となれば、獅子堂が勝利、雅坂は……引き分け以上が理想だ。もしも負けたとしても水瀬が柊相手に引き分け持ち込んでくれれば勝機はある。水瀬に声を掛けておくべきか──と視線を向けたら、


「先生、ウチ勝つで。柊さんに」


 俺が発破を掛けようとする前に、水瀬は自ら己を鼓舞していた。

 ……相手が最強の女でも、微塵も怯えてねぇってか。頼もしいぜいいんちょ。


「ああ、各々の役割は分かってるな」


 三人が頷く。


「この二か月──俺はおまえたちを最大限鍛えてきたつもりだ。辛かったろう」


 三人が稽古を思い出したのか、青い顔をした。


「でも、よく誰も弱音を吐かずに乗り越えた。自慢の教え子だ」


 三人の頭を順番に撫でる。誰も拒否しなかった。


「今なら、二か月前の雪辱も晴らせるさ」


 そして、と言葉を続けて親指で三人の視線を誘導する。

 俺と獅子堂を学校から追い出そうとしている──悪の根源へ。


「あのジジイの吠え面、俺たちで眺めようぜ」


「くっは、やるじゃんセンセ」とかつての言葉を奪われて痛快そうに笑う獅子堂。


 自然と俺たちは腰を落とし、上体を屈め、肩を組んで円陣になっていた。


「行くぞおまえら。絶対勝つぞッッ!」

「「「おうッッ!」」」





×××





 先鋒──獅子堂。まずは確実にここで一勝を獲る。そうしなければプランが崩壊する。

 獅子堂が試合場に向かう時、相手側で柊が先鋒に耳打ちしているのが見えた。


 ……なんだかそれが不気味だったので、獅子堂に「気を付けていけ」と声を掛けたが、獅子堂は「だーいじょうぶだって!」と流しやがった。


 まぁいい。アイツは好きにやらせてる方がのびのび剣道できるだろうしな。


 実はと言うと、獅子堂を先鋒に据えたのには柊を避けるためともう一つ理由がある。ハッキリ言ってその理由が活きるのはだいぶ賭けというか保険というか。


 二か月鍛えた現状で、獅子堂が柊に勝つ確率はよくて三割未満だ。

 しかし、この保険が発動すれば五分以上にまでもっていけるはずだ。


 俺は知っている。限りなく万能に近い柊の強さで、唯一つけ込める隙があるのを。

 さすがの柊といえども、右片手上段の獲得と克服の両立はできないだろうということを。


 俺は……知っている。アイツを一番見ていたのは、俺だから。


「──雅坂」


 面を着け終え、深呼吸している雅坂に声を掛ける。「はい」と返事をして近寄ってくれた。


「いいか。おそらく獅子堂は勝利して帰ってくる。だから雅坂は負けとかを考えるな。今まで練習してきた、とっておきの技を繰り出してやれ」

「はい。先生の教え方は上手でしたわ。知ってましたか? 教え上手な人は床上手だと」


「……冗談が言えるのなら心配も必要ないか?」

「いやん。心配してほしいですわ。心細いですわ」


 くねくね、と小手で面越しに頬を挟みながら身を捩じらせる雅坂。

 ったく、こいつぁ……この決勝でいい根性してやがるぜ。


 呆れてため息が出た。

 瞬間、わっと観客から歓声が上がった。


「小手アリィッ!」


 判定が下される。よし、獅子堂が取ったか。


「え……」

「ウソ……」


 俺が意識を向ける前に、水瀬と雅坂が試合場を見て言葉を失っていた。

 なんだ、どうした。まさかアイツが相手の竹刀を落としたか。


 あの馬鹿力め──とほくそ笑みながら判定を見て、


「──な、え?」


 上がっていたのは白三本。

 あれ、俺たち白だっけ? 雅坂の背中を見る。赤だ。赤だった。


 上がっているのは、白旗三本。俺たちではなく、桜井高校の旗の色。

 ウソだろ、獅子堂が取られた?


「おい、どういうことだ! 何があった!」

「ワ、ワタクシにはさっぱり……相手の方が突きを打ったように見えましたが……」


 突きだと? しかし判定は小手だぞ。どういうことだ。


「変化した」


 俺の焦りが伝わったのか、水瀬が唇を震わせて呟いた。


「軌道が、変化した」


 突きと見せかけた小手打ちか。だが、獅子堂がなぜそんな平凡な手にやられる?


「あ……」


 そうか。そうだ。練習試合。アイツは柊の突きで止めを刺された。

 なまじ運動神経が良いせいで、突きに対して敏感になっちまってたんだ。


 なんてこった。そんな盲点があったなんて。柊が先鋒に耳打ちしていたのはそれか。


 二本目が始まる。絶命の危機に瀕した猛獣のような叫び声を上げながら、獅子堂が猛攻を繰り出す。しかし、相手は準決勝の大将のように三所防ぎで徹底した守りを見せる。


 時間が過ぎていく。無情に、どうしようもなく無慈悲に。


「うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」


 獅子堂が最後に上げた叫び声は、もはや断末魔だった。

 試合終了の合図が告げられた。獅子堂の一本負け。


 俺の計画は、崩壊した。



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