問題はオーダーだ。柊はどこで出てくる?
決勝前になっても姿を見せないということは、すべては試合で語るつもりなのだろう。剣道人であるならば、言葉も思いもすべて剣に乗せて。そう教えてきたから。
柊が大将の可能性は低いと思う。大将という
なぜなら、先鋒と中堅が負けたらその時点で終わりだから。
もし獅子堂と水瀬が先に二勝したら柊の出る幕もない。そんなことにはしないはずだ。
ならば、先鋒か、中堅か。正直言うと、中堅ではないかと思っている。
二つの要素から考えられる。
一つ、向こうは獅子堂を柊で仕留めることを狙ってくるはずだ。こっちは獅子堂が負けたらほぼ負け確定。実力は向こうが上。ならばその最高の機会を狙わないとは思えない。
二つ、この前の練習試合だ。獅子堂は先鋒で柊に負け、その結果が後続に悪い影響を与えた。そのことは鮮烈な記憶となって脳裏に刻まれている。同じことを繰り返したくないと考えるのは人として当然の思考だろう。
たとえ稽古を積んできたとしても、そう簡単に記憶も恐怖心も消えはしない。
だからこそ、俺は獅子堂を先鋒に出す。
獅子堂からしたら肩透かしかもしれないが、確実に勝たねばならない。ならばわざわざリスクの大きい戦略を取る理由がない。まず確実に一勝を掴ませてもらう。
仮に先鋒で柊が出てくるならば、その時はガチンコ勝負だ。獅子堂も同じシチュエーションでのリベンジとなったらむしろ燃えるだろうしな。アイツはそういうヤツだ。
次に考えるべきは、もしも読み通り柊が中堅で出て来たとして、こっちが雅坂と水瀬のどっちを当てるかだ。
「……話を通しておくか」
気が重い。俺は生徒を捨て駒にしようとしている。
これで剣道を嫌いになったら……そう思うと、苦しい。
「雅坂、決勝は中堅で出てくれないか?」
熱心にスマホで録画した試合を見ていた雅坂に声を掛ける。
「はい。別に構いませんが……中堅は勝負の分かれ目になるところではございませんの?」
「ああ、その通りだ。必ず回ってくるポジションで、先鋒が負けていた場合、絶対に負けられないポジションだ。試合の舵を握っていると言っていい」
「でしたら、ワタクシではなく──」
「相手もそうだと思わないか?」
雅坂の動きが止まった。考えるように瞬きをし、「ああ、なるほど」と呟いた。
「先生は、柊さんが中堅で出てくるとお考えなのですね」
その通りだ。そして、
「であるならば、ワタクシを中堅で出そうとしている理由は……一つしかないですわね」
「ああ。すまない……俺は、チームの勝利のために、おまえを」
犠牲にしようとしている。
しかし、そう告げることは許されなかった。
雅坂が、マシュマロのように柔らかい感触で、項垂れる俺の頭を抱き締めたからだ。
「謝らないでください」
「でも、俺は……せっかく剣道に歩み寄ってくれたおまえを……ッ」
「構いませんわ。むしろ、ワタクシが柊さんと当たることで獅子堂さんの、先生の、チームのお役に立てるのですから、喜んで出場させていただきますわ」
その答えは、俺の予想していなかったものだった。
「な、なんでだ……ッ。なんでそんな風に言える」
「嫌ですわ先生。お忘れですか? ワタクシは先生のことが好きですの。この大会で優勝できなければ先生と獅子堂さんはクビ……つまり、これはお二人を守るための戦いでもありますの。でしたら、この身を捧げることになんのためらいがございましょう?」
まさか死ぬワケじゃございませんし。と雅坂は俺の頭を撫でながら言ってくれる。
「柊さんにコテンパンにされたからと言って、剣道を、あなたを嫌いになることなんてございません。安心してくださいな」
「おまえ……ッ」
たまらず頭を上げる。瞬間、俺は聖母の微笑みを見た。
「だってワタクシ、先生のことが好きですから。先生の一部である剣道を、嫌いになるワケないじゃないですか」
胸が苦しくなった。呼吸が止まり、抑えていなければ倒れてしまいそう。
「先生、ワタクシを柊さんとぶつけてください。それで、チームの役に立ててください」
「……、……ありがとう、ありがとう雅坂。本当に……ありがとう」
心の底から頭を下げる。
オーダーが決まった。先鋒・獅子堂。中堅・雅坂。大将・水瀬。
さぁ──勝負だ柊。