夕暮れに溶け込む死屍累々の光景を背に、春瀬が手を払う。
「よし、と。まぁこれでもう懲りたやろ」
「一年生の頃から思ってましたけど、ホントにバイオレンスいいんちょですわね」
俺の隣で雅坂が頬に手を当ててため息を吐いた。
獅子堂が痛みに呻く原付コルセットの前に腰を下ろす。
「よぅ、生きてっか?」
「ぐ、ぐぐ……て、テメェら、こんなことしてタダで済むと思うなよ……剣道部だろ? へへ、このことを他の先生たちに言いふらしたら、廃部は免れないよなぁ」
やっぱり、それを言われるとこちらはどうしようもない──。
「ああ、いいぞ言って」
は? 何言ってんだ獅子堂。
「でも風紀委員の、しかも長である涼花の名においての執行だ。信頼度からしておまえらに勝ち目はねぇし。それとも──」
ガシ、と原付コルセットの頬を掴んで引き寄せる。
「恥晒して回るか? 女子二人にボコボコにされましたってよ」
傍から見てても分かる。少しずつ力が込められていくせいで、男の顎の形が歪んでいく。
「もしそんな噂が流れたら……今度は病院送りじゃ済まなくなるぜ、マジで」
獅子堂が逆の手で手の骨をバキボキと鳴らしていく。原付コルセットの顔色が一瞬で青褪めた。万力から解放された瞬間、蜘蛛のような動きで逃げていく。
「す、すいませんでしたぁ~~~~~~~~~~!」
不良たちが逃げ出した。十秒後、この場がそよ風の音も聞こえるほど静かになった。
「……まぁ、これで大丈夫だろ」
腰に手を当てて「ふぅ」と一息つく獅子堂。どこか気まずそうだった。
「あー、その……悪かったよ、みんな。アタシのせいで──」
獅子堂が手で髪を弄びながら、気恥ずかしそうに口を開いた瞬間、
「愛奈ちゃん」
バイオレンスいいんちょ……もとい、春瀬が獅子堂に抱き着いた。
「謝らんとって。愛奈ちゃんは他に言うことあるやろ? ウチやなくて先生に」
春瀬が獅子堂の背を押して俺に近付ける。
「おう、ほら……あれだよ」
口を尖らせてどこかもじもじとする獅子堂。心なしか可愛く見える。
「……タバコ吸うの、やめろよな」
どん、と俺の胸に拳を当て、スタスタと歩き去ってしまう。
何か声を掛けた方がいいのか──なんて考えてたら、獅子堂が振り向いた。
「そしたら、剣道部に入ってやるからよ」
犬歯を剥き出しにして、夕暮れにも負けないほど眩しい笑顔を浮かべた。
だが、それも一瞬。彼女はすぐに踵を返して歩き出した。
その背に、もう寂しさは滲んでいなかった。
「明日から放課後、剣道場でだ! サボるんじゃねぇぞッ!」
獅子堂は返事をしない。振り向きもしない。でも分かる。今アイツは笑っているはずだ。
「えへへ、先生。ホンマにありがとうね。これで剣道部も、愛奈ちゃんも──」
春瀬が俺の腕を取って笑みを浮かべる。
「そうですわね。でもいいんちょさん、まだ第一関門クリア、といった段階ですわよ。これからワタクシたちは部活動を通して実績を残さないと……」
雅坂もさりげなく俺の腕に絡んでくる。身動きが取れん。
そうだ。まだ終わったワケじゃない。むしろ始まったばかりだ。
剣道部の廃部はこれでほぼ解決したかもしれんが、主題である獅子堂の退学はまだ撤廃されたワケじゃない。……明日から、この問題児三人に剣道の指導か。
「ったく、頭痛くなってくるぜ……」
だけどどうしてだろう。言葉とは裏腹に口元には笑みが浮かんだ。
……タバコ、やめるか。やっぱ煙くてソリが合わん。
俺はポケットに入れていた、まだ十本以上残っているタバコの箱を握り潰した。