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第20話:タバコをやめる

 夕暮れに溶け込む死屍累々の光景を背に、春瀬が手を払う。


「よし、と。まぁこれでもう懲りたやろ」

「一年生の頃から思ってましたけど、ホントにバイオレンスいいんちょですわね」


 俺の隣で雅坂が頬に手を当ててため息を吐いた。

 獅子堂が痛みに呻く原付コルセットの前に腰を下ろす。


「よぅ、生きてっか?」

「ぐ、ぐぐ……て、テメェら、こんなことしてタダで済むと思うなよ……剣道部だろ? へへ、このことを他の先生たちに言いふらしたら、廃部は免れないよなぁ」


 やっぱり、それを言われるとこちらはどうしようもない──。


「ああ、いいぞ言って」


 は? 何言ってんだ獅子堂。


「でも風紀委員の、しかも長である涼花の名においての執行だ。信頼度からしておまえらに勝ち目はねぇし。それとも──」


 ガシ、と原付コルセットの頬を掴んで引き寄せる。


「恥晒して回るか? 女子二人にボコボコにされましたってよ」


 傍から見てても分かる。少しずつ力が込められていくせいで、男の顎の形が歪んでいく。


「もしそんな噂が流れたら……今度は病院送りじゃ済まなくなるぜ、マジで」


 獅子堂が逆の手で手の骨をバキボキと鳴らしていく。原付コルセットの顔色が一瞬で青褪めた。万力から解放された瞬間、蜘蛛のような動きで逃げていく。


「す、すいませんでしたぁ~~~~~~~~~~!」


 不良たちが逃げ出した。十秒後、この場がそよ風の音も聞こえるほど静かになった。


「……まぁ、これで大丈夫だろ」


 腰に手を当てて「ふぅ」と一息つく獅子堂。どこか気まずそうだった。


「あー、その……悪かったよ、みんな。アタシのせいで──」


 獅子堂が手で髪を弄びながら、気恥ずかしそうに口を開いた瞬間、


「愛奈ちゃん」


 バイオレンスいいんちょ……もとい、春瀬が獅子堂に抱き着いた。


「謝らんとって。愛奈ちゃんは他に言うことあるやろ? ウチやなくて先生に」


 春瀬が獅子堂の背を押して俺に近付ける。


「おう、ほら……あれだよ」


 口を尖らせてどこかもじもじとする獅子堂。心なしか可愛く見える。


「……タバコ吸うの、やめろよな」


 どん、と俺の胸に拳を当て、スタスタと歩き去ってしまう。

 何か声を掛けた方がいいのか──なんて考えてたら、獅子堂が振り向いた。


「そしたら、剣道部に入ってやるからよ」


 犬歯を剥き出しにして、夕暮れにも負けないほど眩しい笑顔を浮かべた。

 だが、それも一瞬。彼女はすぐに踵を返して歩き出した。


 その背に、もう寂しさは滲んでいなかった。


「明日から放課後、剣道場でだ! サボるんじゃねぇぞッ!」


 獅子堂は返事をしない。振り向きもしない。でも分かる。今アイツは笑っているはずだ。


「えへへ、先生。ホンマにありがとうね。これで剣道部も、愛奈ちゃんも──」


 春瀬が俺の腕を取って笑みを浮かべる。


「そうですわね。でもいいんちょさん、まだ第一関門クリア、といった段階ですわよ。これからワタクシたちは部活動を通して実績を残さないと……」


 雅坂もさりげなく俺の腕に絡んでくる。身動きが取れん。

 そうだ。まだ終わったワケじゃない。むしろ始まったばかりだ。


 剣道部の廃部はこれでほぼ解決したかもしれんが、主題である獅子堂の退学はまだ撤廃されたワケじゃない。……明日から、この問題児三人に剣道の指導か。


「ったく、頭痛くなってくるぜ……」


 だけどどうしてだろう。言葉とは裏腹に口元には笑みが浮かんだ。


 ……タバコ、やめるか。やっぱ煙くてソリが合わん。


 俺はポケットに入れていた、まだ十本以上残っているタバコの箱を握り潰した。



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