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第16話:授業

 翌日。第四の作戦を実行する。


「えー、竹刀の各部分の名称を答えよ。これは保健体育の期末テストに出すからな」

「うっげ! 保健体育もテストあんのかよ!」


 あるに決まってんだろ。ブーイングを飛ばしてくるクラスの男子を一蹴する。


「さっさと答えろ。教科書に書いてあんぞ」

「センセー、俺たちスポーツテストの測定だと思ってたから教科書持ってきてないでーす」

「あァ? 雨の日にも備えて毎回持って来いっていつも言ってんだろうが!」


 バシン、と教科書で教卓を叩く。教室に響いた音は窓を叩く雨脚にすぐ上書きされた。


「ったく、しょーがねーな。今日の日付は十日だから……」


 ちら、と生徒の一人を横目で見る。今日は一限からちゃんと出席していた。


「プラス三日して出席番号13番、獅子堂、ほら答えろ。分かるだろ」

「な、なんでアタシなんだよ! 十日なら出席番号10番でいいだろうがッ!」


「三日プラスしたい気分だった」

「んな理屈通るかよ!」


「ってかおまえは昨日のスポーツテストの測定サボってんだろ? ここで答えればちょっとは目をつぶってやってもいいんだぞ? 成績不良で留年とか笑えねぇなぁ」


「……チッ」と獅子堂が露骨に舌を打ち、


「ほれ、まずは竹刀の真ん中より先端側に括られている白い紐だ。これの名称は?」

中結なかゆいだろ」


「正解だ。じゃあ中結がある意味は?」

「切っ先三寸を表すため! 竹刀で一本の有効判定は中結から先の部分だけだから!」


 獅子堂が自棄になって答えた。うんうん。よく言ってくれた。


「素晴らしい! 今のもテストに出すぞ。刀は根元じゃ斬れねぇ。先端付近の方が、遠心力が掛かって斬りやすくなるんだな。そういう意味でも剣道は間合いを測ることが大事だ」


「ってか先生~、授業の分野のチョイスに思い切り私情挟み込んでね?」

「先生の得意な分野から教えて何が悪い」


 ぶっちゃけ、保健体育に限った話かもしれないが、指導要領に書かれている内容さえキチンと網羅すれば、順番なんかハッキリ言ってどうでもいいのだ。


 これが第四の作戦、『剣道の知識を思い出してまた剣道したいなぁ作戦』である。


「剣道はいいぞ? 相手との駆け引き! 相手の得意技はなんだ? クセはあるか? 仕掛けて仕掛けて、瞬きも追いつかないほどの速度でパパッと仕留める。剣道は三本勝負。先に二本取った方の勝ちだがな、先生が知ってる中で最速なのは五秒だ」


「一本取るのに?」と男子が欠伸混じりで質問をする。


「いいや、試合の決着が、だ」

「え?」


「びっくりだろ? でもマジだぞ。二発で終わってた。あんな試合は一度しか見たことがねぇ。剣道ってのは強ければ強いほど瞬殺! 一瞬で決着がつく。世界最速の太刀は0,10秒以下の速度で振られるんだ。一瞬の油断が本当の意味で命取り。これほどシビれる競技はねぇ。あと相面だな! お互いが面打ちを繰り出してどっちが先に当てたかの勝負だ。なんとこの時間差はスローカメラでも捉えられん。そんな世界で打ち合ってるのさ。何度打たれても最後に逆転の目があるボクシングとかとは違う緊張感だぜ」


 拳を握って語るが、気付いた時にはクラス中がドン引きしていた。唯一前のめりになって話を聞いてくれているのは春瀬だけだった。クラスの男子がぼそりと言った。


「先生がオタクになってる。キモ」

「ぬ……」


 熱くなり過ぎたかと自省した瞬間、予想外の人物が反論した。


「おぉい! 先生をキモいって言うなぁ! カッコいいやろがぁ!」

「あれぇ!? いいんちょがキレた!」


 そういえば、春瀬に言われたっけな。道場に足を運ぶのはまだ剣道を好きでいてくれている証拠、と。俺自身、剣道をまだ好きでいるかは自信がなかったが……。


「先生を悪く言うヤツはお仕置きやでぇ!」

「やべぇ、解散だ解散ッ!」


 解散すんな馬鹿ども。制止させようとしたらチャイムが鳴った。

 獅子堂が席を立つ。俺の横を通り過ぎようとしたら、「キモ」と小さく漏らしていった。



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