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第5話:いいんちょさん

「えー……これからこの二年A組の担任になる、霧崎 剣一だ。よろしく頼む」


 朝の一幕の衝撃が抜け切らないまま、俺は教室のボロい教壇に手を置きながら生徒たちに自己紹介をする。


 しかし、全体で二十人ほどの教室は休日昼間のマク〇ナルド並みにざわついており、誰一人として俺の話を聞いちゃいねぇ。


 やはり時代なのか、派手な髪染めとか髪型をしているヤツはあまりいないが、代わりにスマホを弄ったり隣のヤツと話したりしてやがる。


「はぁ……先が思いやられるぜ」


 点呼を取ろうとしても多分無視されるだろうな。そう思いながら名簿に目を落とす。

 一通り名前だけを確認していくと、ある名前に釘付けになった。


 その名前だけは圧倒的な存在感を放ちながら君臨していたからだ。出席番号13 獅子堂 愛奈。


「……爆弾処理班の気分だな」


 パタン、と名簿を閉じる。頭が痛くなってきた。

 視線を巡らせるが──獅子堂の姿は確認できなかった。サボりだろうか。


 ホッとした。いきなりあんなバケモノと鉢合わせとか勘弁してくれって話だからな。

 サボっているのは獅子堂だけのようだ。ならば出席確認は飛ばして先に決めなければならないことをやってしまおう。


「サッサと委員でも決めちまうか──」と生徒たちに背を向けた瞬間だった。


「はいっ! ウチ、学級長に立候補します!」


 元気のいい声が響き渡った。誰だと思って振り向くと、


「今朝ぶりです霧崎先生! 春瀬はるせ 涼花すずかです! 去年は風紀委員に所属してました!」

「春瀬、このクラスだったのか」


 活発そうな瞳をキラキラと輝かせ、まっすぐに俺を見つめてくる春瀬。まっすぐに伸びた手と正しく着用したセーラー服がこの子の清楚さを際立たせている。


「このクラスのまとめ役はウチに任せてや!」


 ててて、と教壇まで走ってきては「ふんすっ」と胸を張ってくる。


「よっ、出たないいんちょ!」


 春瀬を茶化すような言葉が投げかけられるが、その声色に否定的な気持ちは感じられなかった。むしろ、春瀬こそが相応しいと言わんばかりだ。


「おぉい! いいんちょ言うな! それやと威厳なくなるんや! 委・員・長! ちゃんと言い切って! ウチはそんな可愛らしいのは似合わんのや!」


 春瀬が注意するが、周囲はお構いなしに「いいんちょ」と連呼している。


「風紀委員長だったのか?」

「あ、そうです!」


 一年生で? すごいなそりゃ。


「先生、いいんちょすごいんだぜ。一年の入学した時からずっとテスト学年一位だもん」


 マジか? そんな頭良いならどうしてこんな偏差値最低の高校なんぞに入学したのか。


「そそそそんな~、大したことないですよぉ、そんな言わんとってください~っ! そしていいんちょ言うなおまえ~」


 でへへとだらしなく頬を緩め、くねくねと腰をくねらせる春瀬。すごく褒めてほしそうな感じじゃねぇか。


 しかし、これはラッキーだ。どうやら春瀬は学年から慕われていて、なおかつ勉強もできる。

 さらに風紀委員のおまけつき。先生としてこれ以上頼もしい生徒はいない。


 獅子堂というとんでもない暴力女子は置いといて、今朝会ったすごい色香の女生徒と春瀬がいれば、この学校でも案外なんとかやれそうだ──、


「いいんちょがいるなら、獅子堂も怖くねぇわな」


 一人の男子が言った。すると、明らかに春瀬の表情が変わった。


「春瀬……?」


 春瀬は何も答えない。ただ、悔しがるように肩を震わせていた。


「先生は、今年からこの高校やったやんな……なら、獅子堂 愛奈って子を知っとる?」

「ああ、そりゃ。教師たちからは、特級の問題児って……言われてる、らしいな」


 つっかえながら返すと、春瀬は唇を噛んで俯いた。


「ウチは、愛奈ちゃんと幼馴染です」

「え、マジで?」


「今朝も大暴れしたって……あの子のことやから好き勝手暴れたんやないと思うんやけど」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て。頭が追い付かない。春瀬と獅子堂が幼馴染?」


「そうです。中学も一緒でした」

「……じゃあ、勉強のできるおまえがこんな偏差値最低の高校にいるのは」


「はい。愛奈ちゃんのためです。あの子……ちょっと事情が」


 事情? 一体なんだろうか。言葉の続きを待つが、しかし春瀬は「うーん」と唸り、


「……ごめん先生。やっぱナシ。いくら先生と言えど、普通に考えて人の事情を許可なくべらべら喋るのはあかんと思う」

「あ、ああ、まぁそうだな」


 ここで先生の権限を使って聞くこともできないワケじゃないが、それはちょっと人としてどうかと思うので深堀りはしないでおこう。


「さっきの話やけど、きっと身内からなら話は聞けると思います」

「──身内?」


「愛奈ちゃんの担任になるなら、特に剣道をやっとったなら、あの子の事情は知っておいた方がええ。先生はみんな、暴れる愛奈ちゃんを悪く言うけど……あの子には、ああなっちゃうのもしゃーない理由があるんです。どうかそこを汲んであげてな、先生」


 ようやくこっちを見たと思ったら、さっきまで見せていた険しい表情はどこへやら、向日葵が咲くような笑顔を浮かべる春瀬。


 狐島教頭といい、春瀬といい、どうして獅子堂をそこまで擁護するのか──。いったいアイツには何があるのか。担任であるならば、知らねばなるまい。


「……家庭訪問とかできんのかな」



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